番外 晴天、波浪につき 3
大分遅くなりすみません。あと、11月12日に本編 VS 守護龍 9を付け足し改稿しております。
なんとなしに部屋の入り口の前をぶらぶらするアイリッツとヒューイックの二人には、
「おい見ろよ。黒ん坊担いでった奴らだぞ!」
「シッ、これから儀式を行うんだろ。刺激しちゃまずい」
なんて甲板で煙草をふかし、ニヤニヤ笑う水夫だけではなく、乗客たちからもちらりちらりと興味深々の眼差しが寄越されるが、問いかけの前に再び内側から声がかけられた。
非常に気まずい思いで中に入れば、真昼間なのに締め切られたカーテン、ぽつんと置かれたランプに照らされている、怪しげな器具たち。
「待たせたな。……そこに座ってくれ」
黒フードのまま寝台に腰掛けたレイノルドの前には三脚の台と、荷物入れの箱と衣装箱がそれぞれ用意されていたので、ヒューイックとアイリッツはそれぞれそこに腰掛ける。低いし、ガタガタ揺れるが、仕方がない。アイリッツは特に気にせず行儀悪くどっかと座り込んだ。少しは遠慮しろと睨むも、どこ吹く風だ。
「それじゃあ、詳しい話をしよう。護衛は、ここからテスカナータまで。長い旅になるが、よろしく頼む」
「もちろんだ。……それで?」
爽やかにアイリッツが先を促し、レイノルドの顔に動揺が走る。
「それだけじゃないんだろ?どうすればいい?」
真面目な表情で尋ねるアイリッツ。いや、ただ純粋にそれだけだろ。他に何がある?
「そのとおり、だ。…………それだけじゃ、ない」
苦々しく弱りきった表情でガシガシと頭を掻くレイノルド。当たりかよ、おい!
「もっと後に話そうと思っていた。俺がこの船……だけじゃない。他の船にもだ。乗り込む理由はただ一つ。ここの航海士と話すきっかけが欲しい」
「?」
なんだかよくわからない話になってきた。
「それで……どうするんだ?」
ヒューイックが尋ねると、レイノルドはそうだな、と頷き、
「いろいろな話を聞きたい。これまで、船をどう走らせてきたのか、技術、経験……本当になんでもいいんだ。その知識が得られるならば」
「??」
ヒューイックが首を傾げていると、
「おい鈍いぞヒュー。見ろよこれ。この測量器具に羅針盤。おまけにあそこには、さほど大きくはないが、緻密に描かれた地図もある。レイが、何を目指しているかなんて一目瞭然だろ?」
「……まさか、航海士か?」
この身体で、とか、この器具はまともな道具だったのか、とか、さまざまな思いが心に浮かぶ。
「ああ。……わかってるさ。こんな体じゃあ、な。笑えよ、諦めきれないんだ……ずっと、何か方法はないか、探ってる。航海士に……でなければ、船に携わる職業に。医療の勉強もしたし、火薬の扱いも調べた。だがな、どうにもならないんだ。船では腕っぷしの強い奴しか雇わないし、船医だって出鱈目な奴が多い。……知ってるか?船で病気になれば、だいたいが血を大量に抜くか、悪くなった患部を鋸で切り落とす。知識なんて必要じゃない。ただ思い切りと、口先さえうまければそれで済んでいく」
激昂したままの口調で一気にしゃべり、ふぅと溜め息を吐いた。
「とりあえず、きっかけを作ってくれればそれでいい。そうじゃなくても、テスカナータまで護衛をしてくれれば、依頼料は払う」
ああ、陽が翳ってくれないかなあ、そうすれば少しは出られるのに、と悲しそうに呟いた。
かける言葉もなく、アイリッツとヒューイックはじっとレイノルドを見る。
「まあ、そんな事情はいい。それよりもっと現実的な……依頼料の話でもしよう。基本は、そうだな。二人合わせて日当銀貨2枚半ってとこか」
レイノルドの呟きに、それまでの同情的雰囲気がまるでなかったかのように、ヒューイックがすぐさま反論した。
「おい……相場があるだろ。一人頭にしても安すぎるな。銀貨8枚が妥当じゃねえのか」
「悪いが、こっちもギリギリなんだ……帰る旅のついで、ということもあるだろう。3、いや色をつけて4枚で」
「そんなんじゃ食費にしかならねえだろが。せめて最低7は貰う」
「じゃあ、4でいこう。二倍だ」
「二倍だ、じゃねえ!最初のが低すぎんだ。わかった、7枚半」
「自分の首を絞めるわけにはいかない。銀貨5までなら出せる」
「おいおい、こっちも大分切り詰めてんだろが。他に護衛の成り手なんていないんだろ?……銀貨6半。これが限度だ。あくまで基本、だぞ」
「こんなところでいがみ合っていても仕方ない。銀貨6でいこう。これでどうだ」
「どうだ、とかいわれてもな……ああわかった。ただし、追加料は銅貨一枚たりとも負けねえからな」
畜生、かなりギリギリじゃねえか、とヒューイックがぼやく
「すげえな、ヒュー。オレには違いがよくわからねえ」
「わかれ。というか、おまえは面白いからって後先考えず引き受けるのまずやめろ。尻拭いは誰がすると思ってる」
「何の話かよくわからないが、あれだな、もうちょっと落ち着け。あんまり苛々すると禿げるぞ将来」
「………もういい」
嘆息したヒューイックとアイリッツのやりとりを見ていたレイノルドが、
「驚くほど仲がいいんだな」
と感心したように呟くと、
「なんなら立ち位置変わってやるよ。遠慮しなくていい」
とヒューイックに言われ、いや、それはちょっとな、と笑顔でバッサリ切り捨てた。
それから、幾日かが何事もなく穏やかに過ぎていった。
夕日が沈み、次第に濃さを増す海。藍から黒に染まる波が、凪いでいるうちはまだいいが、揺れが大きくなれば、こうして過ごすことはできなくなる。
レイノルドの部屋を背後にした船の縁から、そんなことを考えつつ黙って海を眺めるヒューイックの右側、からは、異様な熱気と歓声が伝わってきて……彼はひそかに肩をすくめた。
ダンッ
「おらおら!次は誰だ!?」
「チッ、調子に乗ってやがる」
水夫の一人、バートの悪態をものともせず、アイリッツが得意満面の笑みを浮かべグイッと自らを差す手慣れた仕草の指が相手を挑発する。
「おい、かかれ!構うものか、やっちまえ!」
一人が叫ぶと、すでに酒の入った男たちがてんでに酒瓶や角材、自分にふさわしいと思う得物を取る。
「は、焼きがまわったなあ、おい!」
アイリッツも足元の角材を足で蹴って上げ、手に取ると、多数相手に余裕の笑みで構えを取った。
「あーまじぃ。甘く見たわー」
「おら、きっちりよこせよ。三人……四人……大穴だぞ大穴!」
「誰か全部に賭けた奴いるのか!?」
少しばかり離れた場所で賭けに興じていた者たちが、それぞれ一喜一憂を見せ、そのうち一人が、ヒューイックのいる端まで、わざわざ来て、皮袋を取り出すと、
「くそッたれめ。あんたの取り分だ。ちきしょうが」
と悔しそうに告げ、また輪の中へ戻っていく。
「ああ、どうも…………最初に言ったろうが」
もちろんアイリッツの全勝に賭けたヒューイックは、かなりの額になった配当金を懐に仕舞い入れた。
目的の航海士は、部屋に籠もるでもなく、仲間とともに酒を飲み交わし、笑いながら軽く野次を飛ばしたりしている。
話しかけるには絶好の機会だろうが、ヒューイックはただぼんやりと日焼けで少しばかり色褪せた金髪垂れ目の気取り男にちらりと目をやり、再び海へと目をやった。
何かいい切っ掛けがあればいいのだが………。
ヒューイックは嘆息し、あのリベロとかいう航海士との、これまでの関わりについて考えてみた。
通りすがりに軽く挨拶をすれば、『は?ああ、じゃあな』と渋い顔つきで返事を返したかと思えば足早に去られ。
『ちょっと、話があるんだが……』
と声をかければ、
『むさい男に用はない』
と、きっぱりと宣言され。
航海士リベロは、他の水夫ともつかず離れずの距離を保ち、そつなく日々をこなしているが……。
正直言って、様子を窺う際に聞こえてくる話が、町の女が××××で――――がどうとかこうとか、まず声をかける際に成功する秘訣がどうとかこうとかで……どうしようもない。
いったい、何を話せというんだ…………。
ヒューイックは自分の苦手分野でしかない話についていけず、というか無理についていきたくもなく、目を閉じしわの寄った眉間を揉んだ。
彼は清純派とかおっとり系がどちらかというと好み。