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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
320/369

番外 晴天、波浪につき 2

今回きりがいいので、短めです。更新が遅くなり、すみません。

 外は、出航の準備でばたばたと忙しく、部屋の窓にかけられた布越しに薄明るくなっている室内には海水と血の、濃厚な匂いが混ざり合っている。


 そんな中投げかけられたヒューイックの台詞に、傷だらけの青年は、乱暴に袖で顔を拭ったかと思えば、冷めた視線をよこしてきた。


「……で?それを話してなんになる」


 いや、まったくだ。


 ヒューイックは、心底同感してしまった。こちとらただの行きずりに過ぎない。別に関わる必要もないんじゃないだろうか。手当ても済んだことだし。


 しかし、ヒューイックが回れ右をしかける前に、

「そりゃ何ができるとはいえねーよ。ただな、手当てした礼ぐらいは貰っておきたいな。オレはアイリッツ。んで、そこの人相の悪りぃーのがヒューイック。二人で、倒れて大注目のおまえをわざわざここまで運んだんだから」

 小指で耳の穴を掃除しながら言うアイリッツに、その男は呆れたような顔で嘆息した。

「ものずき、ということか。俺は、レイノルド・ウィーヴァーだ、が。おまえらは……どうやら冒険者か」

「ああ。ちょうど、依頼を終えてテスカナータまで帰るところだったんだ。親切な依頼人が帰りの口を利いてくれたからな」

 ふぅん、と特に興味もなさそうに呟いてから、傷の上に巻かれた布に手を当て、

「……そんな珍しいことでもないさ。俺は、見てのとおり皮膚がイカレててね。日光の下には出れない上に、雇った護衛二人にも裏切られ、暴行の挙句、金を取られて放り出された。さあ、これで満足したか?」

そう言って苦痛を堪えつつフードを被り、部屋の外へ出ようとしたレイノルドに、

「ひょっとして、ざんばらで色褪せた金髪に、顎に縫い跡のある中背の男と、赤茶の髪で眉毛が繋がってる男の二人連れじゃないのか?そいつらなら、乗り換えてついさっき出航してったぞ」

アイリッツが躊躇なく事実、という名の強烈パンチを繰り出した。


「……もう出た?」

 愕然と呟くレイノルドに、アイリッツがさらに何か言い募ろうとするのを制して……、聞こえたのは、低い低い、声。

「出ていけ……ひとりにしてくれ」

俯き、拳を白くなるほど握り締め、彼は扉を指差した。


 それにもアイリッツはあくまで普通の態度を崩さず、

「災難だったな。まあ、なんかあったら声かけろよ。同じ船にいっから」

他にかける言葉もない。二人して外へ出ると、帆が張られ、ゆっくりと船が港から滑り出していく。


「さぁて、どうしたもんかなぁ?」

 アイリッツが遠くを眺め、ぽつりと呟いた。

「仕方ないだろう。行っちまったんじゃ、どうにもできない」

「いやさあ……これ、なんだと思う?」

懐からじゃらり、と中身の詰まった布袋を取り出し、アイリッツは持ち上げてみせる。


 ……流れからして、リッツの財布ではないだろう。というか金の管理はほぼ俺がしている。


「…………!!?」

 衝撃で咄嗟に言葉が出ず、そのまま近場の、なるべく人目のない船べりへと引きずっていく。いやぁーあいつらからスッたんだけどさー、と呑気にアイリッツが言う。


「代わりにオレの小銭ばっかの入れといたから、そんなすぐに気づかねぇぜ?船賃払うときが見ものだなあ。ああ、見れないのが残念だ」

 掴まれていた襟首を放されてからもにやにや笑いながら、で、とヒューイックに、

「これどうする?オレらのもんにしちまうか?」

「胸糞悪ぃこと言うんじゃねえよ。それじゃ馬鹿連中と同類じゃねえか」

「だよな。そんじゃ、ほい、頼んだ」

「うっ………」

いとも簡単に詰まった財布を放り投げた。あれだ、丸投げ、という奴だ。


 しっかりと受け取ったヒューイックは、一度瞼を閉じ深く息を吸い、ブン、とアイリッツの頭目掛けて拳を繰り出した。


「あぶねーな、何すんだよ。オレが行ってもいいのか?」

「…………」

 眉根を揉みつつ悩むヒューイックの脳裏に、ヤツらからスった、などと、馬鹿正直に話すアイリッツの姿が浮かんだ。こいつに任せるわけにはいかない。だがしかし、だがしかしだ!


 これを返すのにちょうどいい、自然にみえるような説明など、もちろん思いつくわけもなく。


 しかし、早い方がいいだろう。と、ヒューイックは緊張で強張った動きになりながらも、再度レイノルドのいる部屋の扉を叩き、入るぞ、と声をかけ、ややおいて、返事を待たず乗り込んだ。


「何しにきた」

 鋭く射るような眼差しの、目元はやはり赤い。ヒューイックは、だらだらと冷や汗を流しながらも、できるだけ、自然な表情、仕草を心掛け、

「あ~、あ~実は、おまえの部屋の入り口で、こんなものが引っかかってるのを見つけた。ひょっとしたらおまえのかも知れんから、渡しておく」

なんだよこの、こってこてベッタベタの演技は、などと生温かい目で見守るアイリッツを気にするほどヒューイックには余裕がない。


 渡したもん勝ちとばかりに、ぽかんとしたままのレイノルドの手にブツを乗せ、ダッシュで逃走を、と行きかけたその背中に、本当に、酔狂な奴らだな、と噛み締めるような呟きが聞こえたかと思えば、

「……待て」

とレイノルドが待ったをかける。


「依頼を終えて、帰る最中だと言っていたな。ちょうどいい。俺も護衛を必要としている。君たちを雇う」

「……は?」

 どこをどうしたらそんなことに、と置いてきぼりのヒューイックを余所に、

「ああそりゃよかった。ちょうどすることなくて暇でさ。テスカナータまでなら全然オッケー」

「行き先が確定の旅、というわけでもない。そこでいい」

「……だってよ!よかったじゃねえか、ヒュー!」

 詳しいことは後で話そう、ひとまずここを先に片付ける、とのレイノルドの言葉に、笑顔でアイリッツは頷き、再びその部屋を後にする。


「いやー、両得の話でよかったよかった。向こうも護衛が必要だし、こっちの儲けにもなるしで」

「まさか…………狙ってたのか?」

 うまくしてやられた感が滲む表情でヒューイックが問えば、

「いんや。ただ、そうなるといいな、とは考えてた」

自然体で答えるアイリッツ。



 その涼しげな顔を………無性にぶん殴りたくなった俺は、多分悪くない。

〈おまけ・アイリッツ内心の呟き〉


(ヤツらからスッたの……あれじゃねえけど……まいっかこっちはオレので。そう多くもないし)

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