VS 守護龍 8
お待たせしました。グロい描写、戦闘シーンありです。
シャロンの元にアイリッツが寄り、
「すごいな。いつ、奴の耐性、魔法防御が弱まっていると気づいたんだ」
「……そういえば、そうだったな」
風効きにくいんだったか……と首を傾げるシャロンに、絶句する。
「考えてなかった。これを試して駄目なら違う手を考えればいいと思って」
無意識下での思いつきが怖ぇよ、まあなんとなくで感じ取ってはいたんだろうが、と嘆息しつつ、
「おそらく鱗に耐性があったか、落されて防御の結界を作る余裕が無くなったかのどちらかだな。シャロンの技の精度も上がってるし」
そう、冷静な意見を述べた。
その間にも、アルフレッドがかなり攻撃を受け一時的に鈍い動きになった龍へと、めいっぱい“力”を籠め、重く強烈な追い討ちをかける。
身体の崩れかけた蒼龍が、軋むような咆哮を上げた。
瞬時に張った風の膜は、破壊の振動を防ぎ、一時的に突風が三人の髪を揺らす。
「“倍加”」
呟きとともにシャロンの体が風を纏い、龍の胸元へと剣を構え突き込んでいく。突きから薙ぎ払い、風をぶつけ自身を吹き飛ばす。
Hit&Aweyの戦略通りに、動き、体液を被るのを最小限で抑え、次の一撃を窺い、繰り出していく。
「はは、シャロン、すげえなあ」
アイリッツが破顔した。貴重な、得がたいものを見、奮い立つ。短期間でここまでの成長振りなどなかなか見られるものではない。キレのある技もイイ。
トントン、と地面を蹴り、首を振り立て、紫炎を撒き散らし、長い死の吐息を吐こうとする龍の顎に突っ込み、鼻つらを叩き牽制する。吐息をまともに浴びても構うものか、どうせ効きはしない。
「ったくあいつは…………」
誰のために必死になっていると思ってるんだ。飛び込んでどうする。
シャロンは楽しそうに死地に突っ込み剣戟を放つアイリッツを見やり、溜め息を吐いた。
「らしいといえばらしいか……」
シャロンは一度アイリッツと龍のあいだに風を溜め、奴を突き飛ばした。冷静になれ、との思いを込めて。
すぐに戻ってきた。瞳が、きらきら……というかぎらぎらしている。本気で楽しくてたまらないという表情だ。
様子を窺っていたのか、駄目だなコイツは、と肩をすくめてこちらを見やるアルフレッドと目線を交わし、頷いた。
それならそれで、合わせよう。……無理をするんじゃないか、という不安はあるものの、また止めればいい。
彼は、その素早さにより、敵を翻弄する。伸ばされる複数の触手も、その速さを捉えられはしない。そうして一撃二撃と重ね、一つ一つの重さはさほどなくても確実に相手の体力を奪っていく。
斬り裂かれ切り離された欠片を、なるべく多く捉え、包んで押し潰す。ぷちッぴじゅッとなんとも言えない音が、そこかしこに響く。もちろんアイリッツも結界により、構成物質の集合を遮断し、昇華させていく。シュウシュウと気化され、確実に減らされていく体に、龍が怒りの唸り声を立て、身を縮込ませた。
来る!
地を蹴り、かなりの素早さで龍がこちらへ跳躍してきた。よく見れば、半ばで胴体が千切れている。顎を開き噛み千切ろうとしたその攻撃を、シャロンは避けつつも、ギリギリで引きつけた。
それまで“力”を溜めていたアルフレッドが背後から龍の、ちょうど肺辺りだろうか……そこへシャロンと挟むようにして跳び込み、叫ぶ声とともに、剣を突き入れ、跳ね上げた。バラバラにされた体内組織が細く絡む縄のように結集し、アルフレッドを捕らえようとする。
細く、細く、針を突き通すように。
シャロンは風を一点のみに絞り、龍の大口開けた喉元から突き刺し、反対側へ抜く。
ブシャア、と体液とともにアルフレッドへ風が届く。そのまま押し、ついでにアイリッツの頭部へ軽く風で一撃を食らわしておく。
結構大変なんだぞ、この芸当………。
誰にかも分からない愚痴を零し、シャロンは迫り来る龍の頭を剣で押さえ、硬質な手応えとともに大きく撥ねて距離を取る。
龍の後部胴体と熱心に戦っていたアイリッツは、うわ、だか、痛、だかを叫んだアイリッツは、自分に近い位置へ吹き飛ばされてきたアルフレッドに気づき、慌てて、絡む龍の体内組織を燃やし、彼の腐りかけ始めた体に治癒をかけた。
まったく、楽しみを追求ばっかりしてないで、働け。せめて半々には。
シャロンは舌打ちをしつつ、再び暗い眼窩から青黒い体液を溢れさせる龍へと剣を向け、その龍の首が、急に引っ込んだ。
戻る先には、アルフレッドとアイリッツがいる。
シャロンの放つ風が、容赦なく二人を遠くへ吹き飛ばし、同時に首と胴体を繋げた龍が、ギチギチギチと体を振るわせ、一瞬ののちに、細く鋭く長い骨の刃が体を突き破り、生えた。
だが、すでに二人は届く距離から逃れ、地面に激突し、勢いを上手く殺せなかったのか、ごろごろと転がっている状態である。
龍から生えた細い刃はすぐに引っ込み、傷を塞ぎ、蒼龍は幾分か体積の減った体を振り潰れへばりついていた羽根を起こし、受けた衝撃を確かめるようにはばたいた。
しぶとい……。
シャロンはやっと頭を振りつつ身を起こす二人を視界に入れつつ、風を使いいち早く龍へと接近し、刀身へと風を纏わせ、切れ味を鋭くして、その体表へ斬りつけた。
ガキィン、と返る硬質な手応えに、舌打ちし、二人の元へ合流する。
「シャロン……容赦ねえな」
「必要なことだったから、だろう」
やっと回復したらしいアルフレッドが、フォローを入れる。
「ええと……大丈夫か?一応、二人ならなんとかなる、と思って吹き飛ばしたんだが」
まあ、急だったし多少力は入ったかもしれないな、などというシャロンに、アイリッツは生温かい笑みを向けた。
「しかしなあ……さすがは龍、といったところか。コイツを倒せば、ドラゴンスレイヤーが名乗れるぜ」
それで熱意が籠もってるのか、とシャロンとアルフレッドは、テンションの高いアイリッツに、ひそかに納得した。うん、まあ、別にいいが。
大分、小さくなった龍は、小柄になった分、機動力が上がっていそうな姿をしている。
ぼこり、と音を立て、空いた眼窩に黒く塗り潰された目のようなものが、目の代わりなのかぐるりと動き嵌っている。そこからたらり、と透明な液体が糸を引いて零れ落ちた。
試しに風の刃を放てば、咆哮とともに口から、水流の吐息が噴射され、風を散らし辺りを薙いだ。
「厄介だな……」
体を直し、再び風が効きにくくされている。眉間にしわを寄せて見据えるシャロンに、アイリッツが、
「シャロン。おそらく風が効きにくいのは鱗と繋がる部分のみだ。細分化し本体と切り離せば、斬るなり潰すなりはお望みのままと考えていい」
「……断っておくが、好きでやってるわけじゃないからな」
苦い顔のままで、シャロンが剣の柄を握り締めた。
「アルフレッド……また負担をかける。でも、私も、頑張って守るから……」
「わかってる。シャロンならできるよ」
頓着なく頷くアルフレッドに、シャロンは目元と喉元が熱くなるのを堪えた。
アイリッツは、からかいの言葉を投げかけたいのを、涙を呑んで我慢し、口を閉じた。
今のスイッチが入っちゃってるシャロンとアルフレッドにちゃちゃを入れると、そこはかとなく命がヤバい。
蒼龍はこちらを睥睨し、動きを確かめるかのように再び羽ばたき、前足で地面を掻いた。
守護龍……本来なら、気高く美しきもの。
全力で、この魔物に勝利する。
畏敬の念を持って、小柄だが優美な姿を取り戻した蒼龍に対峙したシャロンの頬にかかる髪を、穏やかな風が払っていった。