VS 守護龍 7
引き続き戦闘シーン、グロめのシーンあります。
ぱっくりと背中を割れさせ、龍は大地に叩きつけられた。本来なら、勝負あった、と断じるところだ、が。
龍の割れた背中から、深く蠢く紅の深遠が覗く。その傷は自ら限界まで開き、ビッシリと牙が生やしながら、追撃をと剣を向けるアルフレッドを中へ迎え入れようとした。その龍の身を風の刃で刎ねる。
刻まれ、無数の切れ端となり飛び散ったはずの腐肉が反転した。そのいくつかの肉塊がひとりでに真横に裂け、ひゅうひゅうと風を切り、唾液……のようなにごった別の何かを垂らしながら牙を剥き出し手近な獲物へ見境なく貪りつこうとする。
ググググッ ゲゲゲゲゲッ
「うわキモッ」
心底嫌そうにアイリッツが叫び、手を振った。
働いた何がしかの“力”は、発生と同じくして見えない抵抗にあったかのようにパシッと跳ね退けられる。
「まだ無理か……」
目を細めアイリッツが呟くあいだにも、ぐにぐにと龍の身体は蠢き、膨らみ、突然はぜた。
黒紫の毒液が爆散し広がり大地に染み込んでいく。 アイリッツが寄り来た肉塊を叩き落とす。
奇妙な鳴き声を上げ飛び交う口の塊のような魔物。開かれた背から、太く長い蛇のような触手が飛び出し、ガチガチと牙を立て食らいつこうとしていた。それらはあるいは首を伸ばし窺う仕草を見せ、あるいは限界まで伸ばそうとし伸ばしきれずドロリと崩れ落ちまた吸収されていく。紫の毒の汚泥、数多く生まれようとしている触手の群れ。
その無数の手がこちらへ一斉に襲う前にと、シャロンは手を上げ咄嗟に風を使い、自分と二人を吹き飛ばすように腐蝕龍から引き離す。
「ぅわッ」
「!!」
強烈な風が三人を運び、傷つかないよう離れた場所で停止をかける。
「あ……大丈夫か?」
「まあ、ちょいと強烈だったかな」
「…………」
アルが眉根を寄せているので、かなりきつかったに違いない。
離れた場所に叩きつけられた龍、と呼んでいいのかどうかもわからない魔物は、潰れた四肢を再生させようと試みている。
シャロンはしっかりとアルフレッド、アイリッツの顔を見、真剣な表情で、
「二人とも…………私は一度、風の結界を解きたい」
と告げた。
「攻撃の緩衝、そして、加速。それらをすべて止め、その分を攻めにまわしたい。アイリッツに頼りすぎてもいけない。私は、自分のやれることを、試してみたいと、そう思う……」
「いや、オレは別に構わないけど。そっちは?」
「……それで構わない」
アルフレッドも何か思うところがあるらしく、その方がいいいいと頷いた。
シャロンはほっとして、安堵の笑みを見せる。
意識を失っていた時の動きからして、おそらくいける。解除するのは不安だが、それでも、やらなければと思う。
「ありがとう」
きっと彼らなら、大丈夫だと、信頼を言葉に乗せた。
「それと、アル………死なないで。お願いする」
強さは充分にわかっている……が、彼が使えるのは残り二つ。これ以上減らすわけにはいかない。
シャロンの心に、あの、エッヘ・ウーシュカとの戦いの後、雨の中感じた自分の無力さが、蘇ってくる。
……あんな思いは、できる限り、したくない。もう沢山だと、そう感じるのに、周りの状況は過酷で。せめて、これだけは。
切なる思いを述べたシャロンに、
「お、シャロンがデレた。アルのことが心配のあまりのけなげな可愛い台詞!」
「うるさい」
シャロンが剣の柄をみぞおちに叩き込む前に、アルフレッドの膝が的確にアイリッツの腰骨を打った。
「ッてッ…………」
「とにかく、それで、だ。一応、臭気対策として、これを」
シャロンは気を取り直し、自分が嗜みとして残しておいた、わずかな薄荷油を手渡した。
「これを鼻やその付近に塗れば、ある程度はごまかせるはずだ」
「こいつ、かなりきっついよな?」
こういうところはシャロンだよなあ、とアイリッツは呆れ顔で呟いた。
薄荷油は目や鼻の粘膜に少しでも入れば、ツーンと来て涙と鼻水が止まらなくなる。アルフレッドには、かなりの拷問に近いだろうが……彼は頷くと、量を加減しつつ、さっさと使っていた。
「こういうところはちょい詰めが甘いよなー。‘無理させるけど、大丈夫?’くらいの声かけがあってもいいんじゃないか?」
「……何を言っているのかわからないな」
シャロンは、遠目で、腐蝕龍の身体の変化も視界に入れつつ、さっさとアイリッツのからかい含みの冗談をスルーした。
「……じゃあ、解くぞ」
シャロンは自分の身に纏わせている最低限の風を残し、彼らの守りを、解除した。
うっすらと臭気が感じられるが、アルフレッドはそれ以上に感じ取っているに違いない。やはり思いっきり顔をしかめていて、そのあまりの予想どおりの反応に、ふと笑みが浮かんだ。
頭と四肢を真っ先に蘇らせ、咆哮を上げる龍へ相殺の風をぶつけ、睨みつける。
「……ちゃんと、フォローはするんだな」
アイリッツが器用にひょいと片眉を上げ、
「当たり前だ。……できる限りは」
とシャロンはそれに短く強く答えた。
「じゃあ、先に」
風の力を自分に使い、龍へ向けて、一気に加速する。アイリッツもそれに続き…………置いていかれたアルフレッドは、ふ、と息を吐き、その後を追った。
今まで、守護にまわしていた風を、収束し、強固な守り、そして攻めにまわして刃と化す。龍の紫と蒼のまだらになった躯に一撃を与え、取り囲まれる前に、離脱する。
ぱじゅん、と腐肉が潰される音が聞こえた。
アイリッツはシャロンが最も動きやすいよう、触手と跳び回る肉片を相手にしていた。龍の身体を基盤に跳ね、中へ戻る奇妙な動きのタイミングを図り、双剣で逃さず狙っていく。
ぱじゅん、とまた音が響いた。
結界で包もうとしたアイリッツの目が見開く。
シャロンは今まさに首を巡らす龍の胸元へ回り込み、剣を突き立てるところだった。その顔からは、極度の集中のためか、表情が失せている。
結界があってもなお、蝕む毒によって、動きが少しずつ鈍っていく。
「アイリッツ!」
「はいはい、わーってるよ!」
アイリッツが毒液を浴びせかけられたシャロンを、治癒した。止まる動きに、龍の頭が口を開けて狙い、アルフレッドが、横面を“力”を飛ばし強打し、続けて剣で首元に叩き入れ、その動きを阻害した。
ふう、とシャロンが息を吐く。両の手の平を見つめ、ほんの一瞬、瞼を閉じる。
この世界で最も肝心なのは、意志の力と想像力。これで、何ができるだろう。どれだけのものが、この手に掬えて、どれだけのものが残らない…………。
浮かぶのは泡。シャボン、と言い換えててもいい。誰かの、技にあった。
シャロンは再び剣を取り、空を舞う。その身に風を纏わせ、最速を作り出し、剣を突き立て、蒼龍であったもの、を斬り裂き、体液と肉片を散らし、吹き飛ばす。
アイリッツが結界でそれを捕らえ遮断しようと、意識する、その前に……風が優しく包み込み、情け容赦なく再生もできないほどに、押し潰して滅ぼした。
この力で、何ができるだろう。