VS 守護龍 4
お待たせしました。戦闘描写、若干グロい描写があります。ご注意ください。
長い尾が、アイリッツを薙ぎ払おうとするが、それを避け、鱗の裂け目を狙い剣を突き立てる。アルフレッドが、蒼龍の胴体を斬りつけた瞬間、辺りに赤黒い血が飛び散った。
風の結界が、周辺を覆う。
アイリッツは目を覚ましたシャロンが、こちらへ向けて走ってくるのを確認し、
「勝負あったな」
と一度は目を細めた、が、
(いや……まてよ)
と思い直した。
苦しみに濁る龍の眼差し。傷は深くまできている。内臓に達するのも、後少し――――――。
念のため自分とアルフレッドの結界を再び強化した。
舞踊のように軽いが、鋭く速い身のこなしで、撫で斬り、アルフレッドは龍の強固な体をたやすく貫く。守護龍の終焉は、間近にある。
アイリッツは、龍を戦輪で撹乱しながら、油断なく、様子を窺い、かなり鱗の剥がれた体躯に、剣を突き立て、再び引き抜いた。
――――――案外、やわらかい体をしている。
アルフレッドが血が噴出すのにも躊躇せず、剣に“力”を籠め、深々と抉り、その手を跳ね上げれば、血飛沫とともに、龍の肉片が舞う。
「思い過ごし……か?」
壮絶なその様を観察するように睨むアイリッツの横に、シャロンが並び、すぐさまアルフレッドに寄った。
「……腐臭」
アルフレッドが手を休めず顔をしかめた。シャロンは血臭が感覚を妨げないよう風で覆いながらだったため、わずかなそれを感じることは叶わない。
シャロンは気を抜かぬまま“風”を凝縮させ、龍の体内で小さな爆発を起こし、アルフレッドを助け、彼は、身を這うざらついた違和感を感じつつ、奥深くに剣を潜り込ませ、一気に“力”を解放し、その身体の重用器官と思しき場所に剣を渾身の力を籠め突き立てた。
ずぶり、と難なく剣が沈む。手応えが、なさすぎた。
「!?」
風の結界でさえも防ぎきれないほど、濃密な腐臭。腐って原型を留めていない内臓が、嫌な色をした体液とともに溢れ出す。
結界は脆く吹き飛び、ずるり、と冷たい悪寒が体に上っていく――――――。
シャロンは風を使う前に、アルフレッドの手により、より離れた場所へ振り飛ばされた。
「おい!」
感覚の無くなりかけた体に、アイリッツが治癒をかける。
龍の腹が、ぐにょりと蠢き、アルフレッドを引きずり込み、彼はどぷりと呑まれた。シャロンは悲鳴を噛み殺し風を練り、黒くどろりとしたその腹を斬り裂き、彼だけを狙い、外へ弾く。
「……!!」
崩壊は早かった。アルフレッドの体は、もはや半分溶けかけており……一気に腐り落ちた。……腕輪の能力で、その死は代替され、一瞬の幻だったかのように何事もない彼の体が戻る。
「くそが!」
「ッッこの!!」
アイリッツとシャロンがほぼ同時に叫び、シャロンはアルフレッドへ、アイリッツは龍と自分たち三人のあいだに結界を使い、双方跳ね飛ばして距離を作る。
最初は腹。続いて首。もはや、龍の体はとどまらず腐り続け、悶えながらもそれでもまだその力を失わず、こちらを鋭く睥睨し――――――苦悶を湛えるその目も、急速に濁ったかと思えば、ぼこりと内から溶け、体液を伴い大地に転げ落ちていった。
あまりの衝撃的な光景に、シャロンたちはその身を震撼させる。
『この地を守るはずの守護龍が、内から腐っていた、なんて――――――』
聞き覚えのある、誰かの震える声が耳に届いた気がした。――――――先ほどといい、幻聴だろうか、それとも。
「外側は元のままで、中身が腐っていた……そういうことは、たまにある」
緊迫した状況に、抑揚のないアイリッツの声が響く。
龍の、凄まじい腐臭と、沸騰するような奇怪な音とともに、ところどころ腐り落ちて、肉と、骨が剥き出しになった。それから、断続的に口から発せられていた咆哮が止み……むくりと半ば取れかけた首をもたげ、ぽっかりと穴の空いた眼窩でこちらを見据え、羽根を羽ばたかせた。
「腐蝕龍か……」
アイリッツが呟き、一度戦輪を引き寄せ、ベルトへと嵌め直した。
グギャラルル、という気味の悪い音とともに、大量の血塊を、吐き出し、その牙を剥く。
バサリ、と羽根が広がり――――――その巨体が、地を蹴ってこちらへ飛ぶ。
肉が削がれた分だけ軽く、速い。牙の切っ先が、ガチガチと音を立てる。シャロンたちは、髪一重で避け、その側面に剣を立てようとし、ずらり、と生え、急速に伸びた白い……牙、のようなものに抵抗され、撥ねられる。
シャロンが風を使う。その体から距離を取りつつ、風を操り、一気に後方へ放出して龍に近づき、剣を突き立て、斬り裂いた。
先ほどと違い、紙でも剥くような手応えがあり、ずぷりと剣が沈む。とろりと紫黒の液体が、傷口から零れた。パン、と撥ねる音とともに、シャロンの体がそこから引き剥がされた。
「ヒット&アウェイ方式で行くぜ!」
アイリッツが叫びながら、自身の剣を抜き、構えて龍に斬りつけすぐに離脱する。アルフレッドも頷き、同じように剣に“力”を籠める。
これまでと違い、やすやすと皮膚が裂かれ、奇妙な直線の切り口をいくつも残す。うっすら紫がかる黒の血飛沫が大量に舞い……それらは龍の体内に戻っていった。いくつか地面に落ちれば、岩と土を溶かし、シュウシュウと煙と音を立てる。
「酸だな」
アイリッツがそう断じ、シャロンは、ふっ、と息を吐いて、それらがかかることのないようにと神経を研ぎ澄ます。
アイリッツ、アルフレッド、シャロンが剣を突き入れ、裂き、離れる。その度に体液が散り、戻るを繰り返すが、何度目かで、また再び斬りつけようとして……ぱくりと傷口が広がった。
どばりと洪水のごとく紫黒の液体が噴出し、襲いかかってくる。シャロンは風で逸れるよう努め、離れようとして……ジュッ、と肩に強力な一撃を負った。
「………!!」
焼けつくような痛みを歯を食いしばり堪え、風で自らの体を引き離し、槍のごとく皮膚より突き出した牙(?)をアイリッツが剣で折り、同時にアルフレッドが、風で飛ぶシャロンを抱え、遠ざける。
「おいリッツ!」
「わかってるって!!」
龍を牽制し、すぐさまアイリッツが彼らの元へ戻ろうとし、何か、に襲われそれを剣で力いっぱいはたき落とした。ボトリと落ちたかと思いきや、それは跳ねて動き回り、龍の体へと寄っていく。
(肉片……?)
「さっさと来い」
だんだん低くなるアルフレッドの声に、気味の悪さを頭から叩き出し、急ぎシャロンのところへ向かう。
「ぐっ……っぅ」
肩口から爛れて膿みが広がるその傷口に、アイリッツはすぐさま治癒をほどこした。
蒼龍が、蒼龍だった存在が、腐臭漂い、ぼとぼとと血を零す体躯を震わせれば、ぱかりと数十もの傷口が開き……深い闇色をしたそこからぎょろりと、血走った目玉がぐりっと動き、筋からその身を覗かせた。
「…………」
あの美しかった姿の、あまりのおぞましさと変化に、嫌悪よりもむしろ悲しみが湧き上がる。
「終わらせよう。……あまりにも、気の毒だ」
この龍が、ここで、進行を阻み、力を削ぐためだけに創られたものだとはわかっているが……それでもシャロンはそう告げずにはいられない。
…………あるいは、それは、遠い昔に、誰かが感じたその記憶を追従しているのかも知れなかった。