VS 守護龍 3
戦闘シーン、流血描写ありです。
蒼龍が、咆哮をあげる。アルフレッドが、風に乗り、高く跳躍し、その見事な体躯を斬りつけるたびに、鱗の花びらが舞う。
鱗はやがて蘇生されるが、その隙をアイリッツは逃しはせず、剣を突き立て、赤い血飛沫が撥ねた。龍がその体を捻り、蒼炎を吐き出すが彼はそれを危なげなく避け、反対側へまわる。
………ちょっと、辛くなってきた。
風の結界と、動きに合わせ、彼らのフォローを。凄まじい集中力を維持しながら、龍の動向を探り、自らも剣を取り、立ち向かう。
前の戦いの疲れが出始め、シャロンの動きが鈍っていく。
少し、休みたいが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。
気がつけば、蒼龍の顎が、こちらを向いていた。慌てて風の結界を作るのと同時に、蒼炎が吐き出され、シャロンを覆い尽くした。
風が解けた刹那、アルフレッドが龍の脇腹を蹴り、その巨大な頭の横っ面に、体重を乗せ剣とともに体当たりを食らわす。
シャロンは何とか防ぎきったが、その足元はふらついている。
彼らと、目が合った。
もろに、限界を悟られてしまった。アイリッツがアルフレッドに何事か声をかけ、彼が不機嫌そうに首肯する。
ひょいと龍の攻撃を躱し、アイリッツが傍に来た。
「あー、シャロン、少し休みなよ」
頭を掻きつつそんなことを言うアイリッツに、シャロンは逡巡し、
ゴッ
答えようとして、首筋に手刀を食らい、できなかった。倒れるほんのわずかの合間に考えたのは、
確かに、話す時間も取りにくいこの状況では、合理的な手段――――――だと思うが、もっと他に、やりようはなかったのか。
だった。
アルフレッドが龍に牽制のため重い攻撃を放ち、逸れた衝撃波が大きく地面をへこませたのでアイリッツはさっさとシャロンを担ぎ上げ、へこんだ地面へと横たえる。
「結界で覆うぞ!おおよそ一刻半もあればいいだろ!」
叫び、龍の意識を引きつける為、すぐさま別の方向へ向かう。
「ま、手間だがしょうがないな。それがシャロンだから、さー」
「無駄口は叩かず、体を動かせ」
「ちぇーいいじゃん別にー。あ、一応結界は張るけど、防御とか基本自己責任で」
ふっと笑い、アイリッツが戦輪を取り出し、放り投げた。
「鱗剥ぐのはお手のもんだぜ!」
やっぱ、魚は一手間が大事だよな、とイイ笑顔で宣言した。その、不遜としかいいようのない台詞にか、龍が怒気を纏わせ、低く長く咆哮する。
ビリビリと鼓膜を震わせる音に、アルフレッドは耳を押さえ動きを止め、アイリッツは特に気にした様子もなく、へらりと笑う。
「やっぱ、こういった攻撃には風の操作って大切だよな。シャロンのありがたみがわかるぜ」
しゃべりながら、双剣を構え、龍の首元へ斬りつけた。その攻撃自体のダメージは軽微だが、四方から追撃をするように戦輪が龍の皮膚を削ごうと襲いかかる。
羽根を動かし、小蝿を追い払うよりは憎々しげに、龍はそれを打ち落とし、バサッバサリと体を浮かび上がらせ、ガチ、ガチと牙を鳴らし威嚇した。
すぐに首をめぐらせシャロンが突っ伏して眠る辺りに長い首をもたげ、追い落としたはずの戦輪を受ける。
ちゃんと合わせろよ、てめえ、とでも言いたげに、アルフレッドがアイリッツにぎらついた視線を投げかける。うわ、こわ、と首をすくめながら、アイリッツは龍が奴を狙うため、体を捻るタイミングをしばし待ち、アルフレッドの跳躍の速度が落ちた瞬間に合わせて、結界の足場を作り、跳ね上げた。
アルフレッドが空中で体をひねる龍に追いつき、鱗の剥がれた場所へ剣を立てる。ガリ、と爪をざらついた皮膚、鱗と鱗の隙間に埋め、鱗の剥がれた場所が前足のやや上辺り、そして右横だと確認すると、背に乗ってじりじりと動き出す。龍が上昇し、体をきりもみさせ異物であるアルフレッドを振り落とそうとする。
アイリッツは戦輪を使い、鼻先、羽根など装甲の薄そうな場所を狙い、龍の速度を抑えていく。体に叩きつけられる強風に煽られながら、それでもアルフレッドはじりじりと上がる。
「た、ぁああああッ」
蒼炎を吐くより先に、アルフレッドの剣が無防備な龍の皮膚へと突き刺され、血潮が舞う。刺したまま“力”を籠め、アルフレッドは引き斬った。
ギャルグァアアッ
悶え苦しむ龍が、暴れ、空から墜落し始めた。
「おいおい。ちょい派手じゃねえか?」
そう呟きながら、下に結界を張るが……うまく龍の体をクッションにしなければ、逆にアルフレッドがミンチになってしまう可能性に気づき、急速に接近してくる龍の巨体を注視する。
やはり敵もさるもので、アルフレッドを叩きつけられるようにと体勢を変え、その長い尾を振り、半回転して彼を振り落とした。
結界の質を変えるのは面倒だな。
そう考えたアイリッツの意思に沿い、戦輪が振り飛ばされたアルフレッドの片足を捉え、そのままUターンして戻ってくる。
「よし、成功だ!」
逆さ釣りのアルフレッドを手前に運ばせて、怪我の有無を見れば、さすがに少しばかり血の気の失せた顔で、目を閉じている。
戦輪での宙吊り状態を解く瞬間、アルフレッドは縦に綺麗に半回転して、蹴りを見事アイリッツの頭、からやや逸れて肩に命中させた。
「今のダメージは大きかったはずだ」
怒りに牙を噛み締め、こちらを睥睨する蒼龍を見据え、アルフレッドが告げる。
「オレの、ダメージも、大きかったんですけどー」
「落ちたのが、シャロンと離れた場所でよかった。詰めるぞ」
一息に言って、アルフレッドが龍との間合いを詰めるため駆け出した。
倒れていたアイリッツも、髪や体についた土を払うのと同時に、龍の巨体へと向かう。
蒼龍は、自ら飛び込む獲物をじっと睨みつけ、息を吸い、強力な炎を吐き、同時に意外なほどの素早さでそちらへ足を動かし、炎の上から二人へと突撃し、その長い尾を振り回し、彼らを跳ね飛ばす。
もともと、シャロンを気絶させた時点で、アイリッツは自身とアルフレッドに薄く結界を張っている。攻撃を受けた瞬間、その結界が分厚くなり、衝撃を吸収した。
アルフレッドが剣を構える。その剣は彼の覇気の高ぶりに合わせ、闘気を纏わせて刀身を何倍にも大きく見せていく。
「……」
ザバッ
アルフレッドは無言だが、龍の身を斬り裂くその剣の風切る叫びが、彼の意志を物語っていた。
「剣が……もうあの剣、龍殺しの剣、でいいんじゃないかな」
龍の鱗を飛び散らせ、斬って返して血飛沫をあげさせるその鬼神のような姿に、思わずぼやきながらも、龍のずらりと並んだ牙や長くすらりとしてスピードのある尾による強力な一撃を逸らすため、撹乱しながらのちまちました攻撃にまわる。そろそろ一刻半か、なんて冷静に考えながら。
シャロンは夢を見ていた。何かはわからない。胸を締めつけられるような、夢だ。
夢の中で、厳かで、それでいて達観したような誰かの声が、響いた。
『……遅きに失したな、人間よ』
心臓を掴まれるような言葉は、ずしりと重かった。その音に、はっと気がつき、ガバリと身を起こす。
大分離れた場所で、アイリッツとアルフレッドが剣を振るう。龍は血を流し、怒り狂って反撃しているが、傍目には、もう勝負は着きかけているかのように見える。
シャロンはその光景を見つめ、先ほど、頭の中に響いた声を反芻し、ぶるりと体を震わせた。
――――――まずい。このままでは、手遅れになる。
どうしてそう思うのかもわからないまま、シャロンは龍と仲間が接戦を繰り広げる場所へ、急ぎ走り出した。