VS 守護龍 1
すみません、大変お待たせしました。戦闘シーンありです。最初は時系列が違うのでご注意ください。
熱く大地を焙る太陽に照らされ、荒地を当てどもなく、それでもしっかりした足取りで、ゼルネウスたち一行は歩み続けていた。
風の動きを確かめるように前を歩いていたナスターシャが、ふいに立ち止まり、
『あっち』
と今度は西側を指し示す。
『先ほどとは逆の方向……ゼルネウス様、彼女は本当に信のおける案内者なのですか?』
『はいはい、別に無理についてこなくていいよ、ハロルド。行きたい方向へ行けばぁ』
辛辣な言葉に憮然として黙り込んだフェズゲルトに、鼻を鳴らすナスターシャの横から、ゼルネウスが声をかける。
『ハロルド。彼女は精霊の加護を受けている。任せておけ』
胸を張り得意げなナスターシャ。だが、その彼女にも厳しい視線が向けられ、
『無駄に煽るは、品格を疑われる。もう少し余裕を持っていろ』
そう告げられる声に、途端にぶすくれながらも、はーい、と間延びした返事が返る。彼女はまた再びじっくりと探るように周辺に目を配り、
『ここにも瘴気の渦が……気を、』
ヒュバッ
言い終えるか終えないかのうちに突然枯れた草の茂みから出てきた角持つ小さな獣をフェズが剣で薙ぎ払うと、辺りに腐臭が漂い始めた。
『うう、うさぎっぽいけどなんなんだが……本当にここに、主がいるのかな……』
『守護龍……か?』
『いる可能性は高いと思うんだけど……こう、まったく気配が読めないし』
そう呟くナスターシャを、何かが引き止めた。ふと斜め後ろを振り返ってみても、ごつごつとした岩が転がっているだけで、何もない。
『どうした?また同じような岩だな。どうにも、ぐるぐると回っているような気がする』
『いやそれは気のせい…………でもない、のかな。この傷は……』
ナスターシャが表面の罅を撫でれば、その岩は、細かく振るえ、やがて自らビシビシと音を立てて罅割れていった。
それを見たハロルドは目を見開き、心底驚いた、という表情で、
『そなた……かなりの怪力だったのだな』
『あんたわざと言ってない?いい加減怒るよ』
『いや、軽い冗談のつもりだったのだが』
眉根を寄せなぜそこまで怒るのかわからない、という様のハロルドに、このタイミングで言うかふつー、と呟いて脱力し、ナスターシャは砕け落ちた石を足先で蹴りながら、
『人避けの結界だよ、これ。精霊術と質が同じ』
と告げると、その瞬間ピシリと赤茶けた地面に亀裂が走り、目の前が陥没し、奥へと続く道にも似た溝が現れた。
さらに驚き、目を見開いたハロルドが、ナスターシャへ向き直り、ガバリと頭を下げる。
『これまでの失礼な物言いを、謝罪する。何もなしでゼルネウス様が同行を許すと、考えていたわけではなったのだが。そなたが主張するほぼ唯一の取り柄……私はこれまで、胡散臭いと正直疑っていた。だが、そんなことはなかったのだな。尊大な物言いをするだけのことはあったのだと、今初めて、ナスターシャ、そなたの存在が得難いものだと実感できた』
『ちょっと!喧嘩売ってんなら買うけど』
ピシリと青筋を立てんばかりのナスターシャに、こちらも理解できないといった様子でフェズが叫ぶ。
『なぜだ。心の底から謝罪しているというのに!』
『……笑劇はそこまでにしろ。日が暮れ、冷気が来る前に探索しなくては』
ゼルネウスが呆れているのかそれとも特に感じていないのか定かでない表情でそう告げ、はっとその言葉に真顔になったハロルドは、
『そうですね。こんなことをしている場合じゃない』
と頷いた。
こいつ、後で絶対殴る…………!!隙を見て後頭部にキツいのお見舞いしてやる……!!
と拳を握り締め決意を固めたナスターシャを余所に、二人はその溝へと足を踏み入れ、ぷるぷると震えていた少女も慌てて後を追った。
慎重にゴツゴツとした褐色の岩肌を下りれば、そこには峡谷が聳え、さらに深い割れ目へと三人を誘い、飲み込んだ。
足音の他に、水が落ち、チョロチョロと流れる音、カラ、カランと石の転がる乾いた音が反響する。
『……ランタンをつけるか』
陽は高くとも広がる闇は深く、ゼルネウスが荷物からランタンと火打石を散り出し、歩きながら器用に火を点けた。
薄暗い洞窟の、二人がぎりぎり通れるぐらいの幅しかない道を下へゆっくり進んでいくと、ここが清められた場所である、とナスターシャでなくとも感じさせられる清廉な空気が身を包み、ふわりと身を軽くする。
同時に、時折頭からぐっと押さえつけられたかのような妙な圧迫感が漂い、奥へ進むに従って、重厚な気配がずしりと足取りを重くしていくも、やがて、地下とは思えないほど広い空間が広がった、とても大きなドームのような場所へ出た。
三人が足を踏み入れた瞬間、離れた場所にあった、黒っぽい壁の一部が、むくりと身をもたげ、轟くような唸り声を立てた。
咄嗟に反響で鼓膜がやられないよう、ナスターシャが音を制限する。
蒼黒い岩と見えたのは体。蒼の鱗に包まれた優美な獣の首がずるりと動き、鋭く射抜くような黄緑の瞳に縦筋の瞳孔がこちらを睨みつけ、眇められる。
まず、ナスターシャがゆっくりと前に進み出て、膝を折り、手を組んで頭を下げた。
『この地を収める守護のお方とお見受けします。貴方様の領域に侵入したこと、まず深くお詫び申し上げます。今、この地は呪われ、悪しき場所へと移ろいつつある。貴方様の知恵をお貸し願いたいのです』
目線で動くなと合図し、そこまで言い切って、ナスターシャは大地に膝をつけ、平伏しもう一度頭を下げた。
すぐ傍まで龍の顎が、少し伸ばされれば簡単に咬み砕かれそうな位置まで迫り、それを窺うゼルネウスたちの柄に掛ける手にも汗が滲んだ。
『ふむ……遅きに失したな、高慢な人間よ……厄災の種が育ちきった後に訪れ、見苦しく足掻くは、愚かなこと。去ね』
我は、関与せぬ、と告げ、再び元のように首を動かすも、ナスターシャが待ってください!とそれを止める。
『神聖なものが穢れ、滅びの影が押し寄せるのを、看過するとおっしゃるのですか!』
轟音が洞窟内に響き渡った。吹き飛ばされんばかりのそれは長く響き、かろうじて、哂っているのだ、ということが分かる。
『愚かな、愚かに過ぎるものよ。人の子よ。そなたらが絶望に呑まれる前にと、最後の最後まで足掻くのは止めはせぬ。乗るのもまた一興。あやつの加護持ちなれば……その力を我に示せ』
むくりと身をもたげ、四肢を伸ばせば、バサリと羽根が動き、強大な姿がそこに現れた。
凄まじい咆哮と衝撃が襲い、気がつけばそこには、巨大な穴が空き、陽の傾く空が真上に広がっている。
バサ、バサと羽ばたきとともに龍が、飛ぶ。
『私たちも、行こう。これから、彼の、試練が始まる』
ナスターシャはそう告げて、後ろの仲間に手を伸ばした。
シャロンたち三人は、蒼龍と対峙していた。滑らかな鱗は、剣を弾き、風を打つも、相手に効きにくいのか鈍い応えが返ってくる。
それならば、とシャロンはアルフレッドとアイリッツに風の加護をかけ、動きを加速させた。
「気をつけろ!何か使うかもしれない!」
風が効きにくいから、ひょっとしたら、という思いはあった。警告の言葉を待っていたかのように、辺りの空気が冷え、すぐに身を切るような寒さが襲う。
地面を蹴り、後方から後ろ足のすね辺りを斬りつけようと跳躍したアルフレッドの目の前で氷の刃が生え、風を彼にぶつけるようにして引き離す。
優美なる生き物がうっとうしげに羽ばたき、恐るべき速さで尻尾を降り、その勢いのまま、体をひねり、下で腹に剣を突き立てようとしたアイリッツを踏みつけようとするので、こちらも風でフォローすれば、慌てて這い出し、懲りずに前足を狙う。
その眼差しから見て取れるのは、深遠なる思考か、それとも……。意外にも穏やかに凪いでいるその瞳をちらりと見やり、シャロンはもう一度考えを組み立て直す。
龍といえど、相手は相手だ。少しの油断が、直に死へと繋がることになる。
……お腹が柔らかいわけでもなく、狙うならば関節、鼻先、眼などの硬くはない場所か。
シャロンはふっと、息を吐き、彼らが最大限の動きができるよう風を微調整しながら、もっとも危険な東部へ移り始めた。