天翔る、風を起こすもの
大分、お待たせしてすみません。つたない文章ですが、閲覧、登録、評価など、ありがとうございます。
戦闘シーンが少しあります。ご注意ください。
乾いた風が頬を撫でて過ぎ去っていった。
「……やったな」
「ああ、大勝利!」
やたらいい笑顔のアイリッツが快哉を叫び、シャロンも勝利の実感を噛み締め、やたら嬉しそうにちょいちょいと合図したアイリッツ、何が楽しいのかわからないが、ここは合わせておくかという表情がわりとまるわかりのアルフレッドと、ハイタッチで讃え合う。
「……派手にやったな」
変わらぬ表情でアルフレッドが指摘すれば、
「まあな。ここで出し惜しみするわけにもいかないだろ。大丈夫、大丈夫。きちんと綿密なる計算の上に成り立ってる」
アルフレッドが口で何事か呟き、アイリッツのすねを足で狙い、彼がそれをすっと避ける。
「は、そう食らうとでも、」
……アルフレッドの踵がアイリッツの足首を引っ掛け、体勢を崩したのをシャロンが確認できた、その間を待たず、拳が唸りを立てる。
「おい、て、あっぶねえええ!」
かろうじてのけぞり気味に避けたアイリッツの顔の真上を通り過ぎた拳を戻して短く多少残念そうに息を吐き、
「あまり、過ぎることはない方がいい」
とアルフレッドは告げる。
「どうしていつもオマケがつくんだよおまえの忠告はよ!」
やんのか、この、とシュッシュッと拳を左右に突く真似をしてアイリッツ。
「まったく元気だな……おまえたちは」
先ほどの戦闘で相当気力体力を奪われたシャロンは呆れと感心が半々になった声で呟いた。
風が、荒地をビュウ、と音を立てて渡っていく。
「おっと、そうだ。今のうちに、“ヒーリング”。体力回復できるときにしておかないとな」
「あ、ありがとう」
「シャロンはまっすぐでいいよな~。この素直さを見習って欲しいもんだね誰かさんにも」
「…………わかった。礼を言う」
「ッ、うっ」
剣と剣を触れ合わせ、お互いを讃え合う……アルフレッドは超高速で、まだ抜きもしていないアイリッツの剣を目掛け、鞘のままそれを行った。
鞘のついたベルトというかほぼ脇腹に衝撃を受け、アイリッツがうずくまる。
「~~~~ッ、これだもんなぁ・・・。まあ素直になったらなったで、気持ち悪いけど」
うずくまってぷるぷるしていたわりには、すぐに立ち直ったかと思いきや、ふとアイリッツが手を翳し空を仰いだ。
雲ひとつない青く晴れた空の遠くを見やれば、見えるか見えないかぐらいにぽつんと何かの影が浮かび、ヒュウウウウウ、と風が強く髪を揺らした。
「あれは………何かくる。巨大なのが」
「ああ。かなりの速さじゃないか?あれ」
アイリッツに続き、アルフレッドも向こうを見やって呟き、空を仰ぐ三人に、吹きつける風は止まず、次第に強くなってきた。
なんでそんなに冷静なんだ…………。
シャロンはのんびり空を眺めているようにも取れる二人の態度に悪態を吐き、立ってられなくなる前にと、慌てて結界を張った。
一点の、羽虫よりもまだ小さかった影は、みるみるうちに広がって、蝙蝠のような羽と、蒼い体躯にすらりとした首、四足を持つ獣の輪郭を伴い、近づいてくる。
鋭い咆哮が、遠くから雷鳴のように響いてきた。
………まさか、あれは。
緊張で硬直し、汗の浮かんだ顔を引きつらせるシャロンの隣で、
「なんだ、あのでかい、奇妙な生き物は」
アルフレッドが顔をしかめ、そう呟いた。
そうか、アルフレッドは知らないのか!……いやちょっと待て、知らないからといってその台詞はないだろ!
内心で突っ込みを入れるシャロンの横で、くくくっとアイリッツが笑いながら、
「アル、知らないのかあの、超有名なやつを。これぞ、数多くある冒険譚の骨頂!英雄の乗り越えるべき最大の苦難であり、最強の敵、すなわち、ドラゴンだ!」
「なるほど。どらごんか。羽根が生えてる分、厄介だな」
「アル、ドラゴンっていうのは、龍のことだからな」
「………………そうなのか?」
白くてやたら長いのや、蜥蜴が変形して大きくなったような奴の他にもいたんだな、と、天上から凄まじい勢いで近づきつつある獣の正体を聞いても彼は、特別驚愕もなく、通常走行だった。
……いや、私も本で読んだだけで、初めて見たし、ものすごく強いってことと、何か衝撃波みたいのを吐く、ってことぐらいしか知らないんだが。
しかし、白くて長いの……?ひょっとして、ターミルのあれか……?
シャロンがそういった考えを巡らせているあいだにも、巨大な体躯は近づきつつあった。もはや遠くの轟きではなく、劈くような叫びとなって咆哮は聞こえてくる。
近づくにつれて、その大きさ、深い海の底を眺めるかのような蒼の雄大さが鮮明に視覚情報となって目に飛び込んできた。ざらざらと流れ、それでいて滑らかな光沢の鱗があり、その羽ばたきが強風を生む。
バサ、バサと羽根を器用に使い、思うほどの衝撃は少なく、巨大な、それこそ豪邸一件分ほどもある、蒼龍は、シャロンたちの目の前、赤茶け、荒れ果てた大地に降り立った。
雷鳴か地鳴りのような、ゴロゴロとした音が、辺り一帯に響き渡る。
『我、は、この地を守護するもの。なんびと足りとて、ここを踏み荒らさせは、せぬ』
その言葉は威厳に満ち、その黄緑に輝く縦長の瞳には、高い知性が宿っているのが垣間見えた。
「、待った、私たちは、」
「シャロン、無駄だ。この優美なる神獣に想念などはなく、在りし日の残像に過ぎない。ただ、戦って勝つのみ」
「……そうか」
シャロンはアイリッツのその言葉を受け、改めて闘志を目に宿してドラゴンを見つめ、剣の柄を握り締めた。
「相手にとって不足はないな」
アルフレッドが珍しく不敵な笑みを浮かべた。
…………蜥蜴と同質のものと、捉えてやしないだろうか。
珍しくやる気を見せているアルフレッドに、わずかに不安になったものの、さすがにそれを口にするようなことはせず、二人と目線を交わし、頷きあう。
「おそらく、一番厄介なのは吐息攻撃だ。気をつけろ」
アイリッツが厳かに言う。
闘気を失わない三人を、威嚇するかのように、その蒼龍はずらりと牙の生えた口を大きく開き、蒼き炎とともに、こちら目掛け、咆哮した。
ゴオオオオォ、と低い唸りとともに炎がシャロンたちを襲い、咄嗟に風の結界を膨らませ、後方へと飛び退るが、その体躯に似合わぬ素早さで龍は羽ばたき、風に乗って一度上昇した。
それから手足を寄せ、空気を切り裂き一気に上空から滑空し、シャロンたちを口で引き裂くかもしくは押し潰さんと、突撃してくる。
風を操り、体当たりは逃れたものの、尻尾で横薙ぎにされ、その風圧に耐えた三人はいったん分かれ、それぞれに距離を取る。
そして、手強そうな相手に対し、気迫を籠めて剣を構え、怖れず勝利への取っ掛かりがないかどうかを、静かに窺っていた。