VSドリアード 3
戦闘シーン有です。……お待たせしました。
空気がじっとりと重く、服が張り付いてうっとうしい。
あどけないとさえ思える笑みを浮かべ、美しい乙女はこちらへゆっくりと手を差し伸べる。
それに応えるかのように奇怪な植物が渦を作りながらゆっくりとその体を伸ばし、上へ上へと進んでいく。その動きは非常に遅々としており、愚鈍な印象をこちらに与えてくる。
どこからともなく、忍び寄るような甘い香りが漂ってきたので、届く前にとシャロンは風で結界を張る。
「チッ……面倒だな」
アルフレッドが言いそうな台詞をアイリッツが口にしたので、おやとシャロンは目を瞬かせた。
「……どうする?」
「すべて叩き潰せばいい」
「うん、まあ、アルならそう答えるかなとは思った」
シャロンは苦笑し、アイリッツを窺う。
「こうなっちまったら……それしかないだろうなあ」
彼も苦い顔でそう呟いた。
「乾燥してるなら、やりようもあったんだが……」
「それは例えば?」
ゆっくりこちらに体を伸ばしてくる繊毛に覆われた薇を風で斬り飛ばし、シャロンは問う。
「オレが結界を張ってシャロンが、そこに雷を落とす。乾燥してると火が点きやすいからな」
「なるほど」
「………あんまり、のんびりしない方がいい。こんなもの、少しずつ潰していくしかない。隔離できないのか」
珍しくアルフレッドが、長い意見を述べた。
「あああ……そうか。その手か……つまり、ローラー作戦だな」
「ろーらー……?」
「いや、気にするな。シャロンはできるだけ大きく奴らを斬り飛ばせ。それから、包めるか」
シャロンはそれを聞き、その作戦をすぐさま理解した。
「ほんとに少しずつ潰すのか……」
「再生といっても限度はあるはずだろ?そこを突くしかない」
突然、まわりをくねくねと動いていた黒っぽく繊毛に覆われた触手が、こちらに伸びてきた。ので、即座に避ければ、また再び緩い動きになり、何かを求めるように体を捻っていく。
ザシュッ、とアルフレッドが触手の一部を斬り落とした。
「!?」
そこからたくさん汁が飛び散り、彼の体にかかるが、風の結界に阻まれ、滑り落ちていく。
「キモいなー。触手とねばねばプレイか」
アイリッツがおかしなことを言いながら、とりわけ大きな樹木に向かっていく。
湿気のせいか、霧が出てきている。
ぬかるみに嵌らないよう慎重に行動しながら、シャロンは剣を固く握り締めた。なんとはなしに、蛭がいそうだとシャロンはぶるりと身を震わせ、思わず足元を確認した。薄く張った水面は、いくつか波紋が浮かぶものの、その気配は今のところない。
いくらかほっとして、アルたちの方へ行くためパシャ、と踏み込んだ場所から、泥が跳ねた。
キキキィ
軋む音を立てながら、葉なのか百足なのかわからない生き物が数ヶ所から飛び出し、シャロンを襲う。
「ッく」
焦らず力を籠め斬り刻むが、魔物は後から後から飛び出し、それを斬り捨てながら、駆けた。
アイリッツはうまく伸びた植物を利用しながら跳びまわっていたが、急にその触手から透明な粘り気のある液体が出てきたので、触るのを止め、距離を取る。高く伸びた触手がシダ系の葉を伸ばし、そこから、ぼとり、ぼとりと滴が垂れてきた。
辺りを窺いながら、その雨を躱すが、わずかに触れたのか今度は手近な薇の一部が急に絡めとろうと丸まってきた。
難なく斬り飛ばし、その飛び散る液を避けながらアイリッツは、うげえと周辺に枝を伸ばし続けている巨大な植物群を見上げ、
「オレたちは虫か……」
げんなりしつつも突っ込みを入れた。
うねる葉を避けながら、パシャパシャと悪い足場を駆けていたシャロンは、反撃の体勢を取るため盛り上がる地面へと辿りつき、そこでくるりと反転する。
しかし、そこで足場が動いた。醜悪な花びらの形にガバリと身を起こし、シャロンを中心に閉じていく。
「ッそったれ」
悪態をつきながら、内側から風の刃で、その肉厚の花びらを薙ぎ払った。雌蕊がシャロンに絡みつく。
「しつこい!」
あやうく触手に内側へ引きずり込まれるところだったシャロンは、剣を内部に突き立て斬り裂いてそこを抜け出した。それを再び、葉虫が後を追い狙う。
作戦を実行するにも、こう視界が悪くては、とシャロンは風を使い、白く覆う辺り一帯の霧を、一掃した。
上に、シダがくるくると回転しながら枝葉を伸ばし、そこかしこに温帯性湿地植物が聳え立つ。離れた場所でアルフレッドが、粘液にもめげず木々を斬り裂き、アイリッツがそれをフォローするため傍へと跳びつつ移動している。
その方角を見極めシャロンも、バシャリとなるべくぬかるみの少ない地面を蹴った。
細く柔軟な植物の動きは、緩く、そして素早い。こちらが近づくと同時に、あちこちから急に体の一部を振り回して来たのをすぐさま避けると、シャロンは風でそれを一気に細切れにした。
「よお。やっと来たか」
上手に風を使い、なんとか近づいたシャロンに、アイリッツが手を上げ、アルフレッドもいったん触手との戦いを中断してこちらに来た。
水溜まりで、服に纏わりついた粘性の液体を取ろうと苦労しつつ、こちらを見た。うっ、私にはどうにもできない、と考えた瞬間、アイリッツが水をしこたま巻き上げ、アルフレッドに勢いよくかけた。
何か言いたげだが、変な液が取れたことには変わりないので、黙って傍に立つアルフレッドに、アイリッツもちょっかいを出したいが止めとこうとだだ漏れな表情で、惜しそうにこちらに向き直った。
「状況が厄介だが、さっきの作戦で行くのは変わらない。シャロンは風を、オレは自身の結界を使う。アルは細かく斬り裂け。包みやすくなるように」
そう言われ、アルフレッドはむっつりと頷いた。
「包み潰すのは、相当疲れるんだが……やるしかない、か」
小さくぼやけば、リッツが頷き、にやりと笑ってよろしく、とビッと片手を額に上げ、離れていく。
じゃあ、とアルフレッドも肩をトン、と叩き、離れていった。
彼らが近づくにつれ、ゆっくりとした動きをしていた木々は、急にその動きを変える。
シャロンはうんざりしながら、風を練り、それを斬り裂くため、解き放った。
息をひとつ大きく吐き、気合を呼吸とともに体に取り入れる。
肩から、体から余分な力を抜き、風、もしくは彼らの攻撃によって落ちゆくその枝を捉えた。額から汗が滲む。
水面が波打ち、ザバリ、と細く長い蔦が出現し、シャロンの足へと絡みつくも、跳躍しそれらを避けつつシャロンは風を制御する。
しんどい、きつい。
イメージするのはいくつも浮かぶシャボン玉。ともすれば、逸れそうになる意識を集中させ、相手の欠片たちを制御できうる数だけ包み、キュキュッと小さく縮めていく。
触手の攻撃を避けつつ、頭が痛くなるほど集中するシャロンの前で、風の膜が縮み、中の欠片ごと、プチュンと潰れて弾けた。
続けて、どっと疲れが襲い、体がふらついた。
「上出来!」
即座に取って返したらしいアイリッツが、肩で息をするシャロンのフォローにまわり、細い蔦の群れを薙ぎ払い、アルフレッドが囲もうと体を伸ばす木々を斬り落とす。
「これで、いいのか……」
シャロンも、うまくいったことにほっと笑顔を見せ、やがて再び意識を引き締めた。