VS ドリアード 2
今回短めです。戦闘シーンあり。
シャロンたちがドリアードと対峙していた頃、ナスターシャは一人、ひたすら赤茶けた灼熱の大地を、馬で西へ走っていた。
傾いてもなお、威力を失わず照りつける太陽に目を細め、遠くの砂トカゲに弓を引く。今夜はトカゲの丸焼きかあ、なんて小さくひとりごちる。
地平線に陽が沈む。食事を終え、夕方急速に冷える大気に、毛布に身をくるませ、カップに入れた酒、そして香辛料を小鍋で沸かしたお湯で溶かし込み、両手で包んですすりながら、迫り来る濃紺と、うっすらと黄色く残る光の残滓を眺めていた。
じきにゼルネウスと挑戦者たちの本格的な戦いが始まれば、ここもすべてが変わる。宇宙にも似た空間へ。やがて幾千幾万と隠されていた命の輝きが、瞬き出すだろう。――――――至福の夢を見たままで。
「エルズもいっちゃったんだろうなあ……」
その才能さえ開花できれば、名宰相として後世に名を残したであろう彼は、自分が甘い夢におぼれることを良しとしなかった。
何もできず、選ばず。ただ世界に顔をそむけて空虚な思いを抱えたまま、最後の最後の時を待つ。
もし間に合うのなら。やり直しさえできたのなら。――――――でも、もしそれが。本当に取り返しがつかないこと、だったのなら。
――――――そんなことは、たまにある。
ナスターシャは、徐々に暗くなる地平線を眺めながら一人、通り過ぎて過去になるはずだった世界のために、祈りを捧げた。
ザザザザザ、と音を立て、草地から茨の鞭がしなる。蔓薔薇のように絡みつきそうになったかと思えば、こちらを串刺しにしようと隙を見てその棘を長く伸ばし、しなる反動を利用してこちらを飛ばしてくる。
シャロンは風を操り、アルフレッド、アイリッツのまわりに結界よろしく張り巡らせながら、棘の軌道を逸らさせ自身も触手にも似たそれらの合間を縫って跳び、時に剣に力を籠めその枝を斬り落とす。
ガチリ、と斬り落とされたものが枝分かれし、手近な幹を掴み、ぐるりと一周し反動をつけて四叉となり飛び掛ってくる。
短く息を吐きながらアルフレッドが地を蹴り跳躍し、巨大な手の平のように広がったそれを一刀両断する。
「食らえ!」
アイリッツも負けじと円月刃を使い、枝を切り刻み、地へと落としていく。攻勢の手が止まる一瞬を逃さず、シャロンが風を圧縮した刃で、美しき樹精を抉り、穿った。
彼女は、まるで可憐な花のように、その身を散らし、花の咲く大地へと倒れこんでいく。
やったか。
シャロンの体から力が緩み。そして即座に身を翻したその空間を、しなやかな棘たちが薙ぎ払っていった。
「やっぱりか……」
まあ、そんな簡単にいくわけないと思った。
風を操り、攻めの手をゆるめない茨たちを避けながら、シャロンはふぅ、と肩を落とすが気を取り直し。
「アイリッツ!このドリアードに本体か弱点はないのか、探れ!」
叫んだ。同じように言いかけたアルフレッドが頷いて、口を閉ざす。
「へいへい」
奴が軽く返して、目を閉じ、探る様子を見せる。
ふふ、くすくすくす、と小さくざわめくその笑い声が重なり、美しき女神ドリアードの姿がまた二点三点と現れた。
彼女がすっ、と手を挙げれば、恵みの光とともに、抉れた大地に草が生え、白や黄、桃色の花が咲き乱れていく。もはや純粋に美しいとは思えず、肩をすくめるシャロンから左の、少しばかり離れた場所で、アイリッツの足元から集中を乱そうと蔦が絡まりあい、大きな“鳥籠”を作り持ち上げようとする。そこへ走り寄るアルフレッドを助け、自分自身にも風で加速を掛け、高く跳躍して檻を壊し、
「あっれ~?」
と困惑気味に、しきりと首をひねるアイリッツに、首尾を問いかけた。
「アイリッツ、何かわかったか!?」
「ええとぉ、なんというか非常に言いにくい結果なんだけどさぁ」
「もったいぶらず早く言え!」
「彼女の力は、この大地に、まんべんなくバラまかれているんだよねえ」
ぽりぽりと頭を掻く。
「つまりどういうことだ!?」
「この広々とした草の絨毯、これ、全部彼女の体ってわけ」
乙女らの笑みが深くなり、ドリアードは歌う。蔦が天に届くように高く高く伸び、サコサコと互いに互いを編みながら、ゆっくりこちらへと包囲網を狭め始めた。
「ああ、カットカット」
気持ち悪さに顔を歪めながらアイリッツが剣の片割れ、穀潰しをブン投げた。それは編まれかけていた極太の蔦のあいだに突き刺さり隙間を作り、シャロンとアルフレッドがめいっぱいの速さで剣を捻じ込み、こじ開ける。
蔦の“籠”のなかに、シャロンは風を圧縮し、放り込み、閉じかけたのを見計らって一気に力を解放した。
ずたずたに引き裂かれた蔦が宙を舞い、草地に落ちたと思いきや、自然にほどけて下へ飲み込まれていく。
「……これぞ、究極の再利用、ってヤツだな」
アイリッツがくだらないことをぽつりと呟いた。
警戒しながらもシャロン、アルフレッドが下へ降り立つと、パシャ、と水が跳ねた。
「う…………!?」
地面に水が張り、辺り一面が湿地帯と変わり始めた。細く鋭い草が伸び、根茎が足元の地を覆っていく。
ふわ、ふわ、と何が楽しいのか、にこにこしながら樹木の女神は、くるくるとステップを踏み始めた。衣替えか、白いドレスはうっすらと淡い水色がかかり、爽やかで涼しげな印象を醸し出している。
のんびり見ている場合ではなかった。ゆるゆると根茎から新芽が伸び、足元に絡みつこうとして来たため、シャロンは風ですっぱりと斬り、同時に跳ね除けた。アルフレッドが地面へ剣を叩きつける。
シュルシュルと音を立てながら新芽が、巻いていたその首をもたげ、次々と、濡れたその枝(?)を遠くまで伸ばしていく。
その雫がポチャン、ポチャンと垂れ落ち、辺りはまた、これまでとは違い、むわっとするような湿気に覆われた、不可思議な場所と化していた。




