VS ドリアード
お待たせしました。戦闘シーン、虫表現ちょこっとだけあります。
――――――比類なき強き者ゼルネウスが、救国の英雄と呼ばれるようになるまでには、まず三つの苦しき試練を乗り越えねばならなかった、とされている。
瑞々しい緑に、数々の蕾が花開く。濃厚な草木の香りが立ち込めている。
シャロンが油断なく剣を構え、いつでも風を放てるよう力を溜める。
「草木や樹木の女王……か。アイリッツ、どう思う?」
「あいつは、あの王が創り出した魔物だが……見てのとおりだな。ただ、樹精ということは……搦め手で来る場合が多い。気をつけろ」
「叩き斬るだけじゃ、駄目そうか」
アルフレッドが静かに睨みつけながら問う。
「まだわからん。まあ、まずは慎重に様子を見つつちょこっとずつ削ってくしかないだろうが……」
アイリッツも双剣を構えた。三人のその敵意に反応したのか、ふぁさ……っと地面から新芽が生え、みるみるうちに成長すると、瞬く間に、目の前の美しき樹木の精とまったく同じ姿になった。
二、三、四、五体。ザシュッ、と地面から生えた自らの根を引き切り、その腕を鋭利な刃と貸してシャロンたちへと迫り来る。
速い。
シャロンはそのスピードに舌打ちしながら、風を展開し、同時に剣で相手を迎え打った。
ガキ、ガキィ……ッ
硬質な音を立てギリギリと防がれる黄緑の鎌のような腕、何度か打ち合えばそれはぐんにゃりと歪み、茨の鞭へと変わる。
「茶番だな」
数合の打ち合いの末の変化に合わせ、一旦手を引いたアルフレッドが剣に力を籠め、手元の一人を一撃で斬り捨てた。美しき乙女は斬られた瞬間、薄紅色の薔薇の花びらとなり、辺りに舞い散っていく。
シャロンも負けてはいない。体の周辺に念じた風の刃でドリアードを斬り裂き斬り払い、手近な一人を破砕すると、すぐに次のに向かう。
らーるるー……ららー
ドリアードの一人が笑い、体を揺らし歌う。揺らしながら数を増やす。楽しそうに……嬉しそうに。耳朶が振るえ、頭に忍び込んでくるようなその音色に、耳鳴りが、した。
「くッ」
風を発生させ、シャロンは再び‘彼女ら’を破壊する。
「うわー超うぜぇ。何この繁殖力」
まるで剣舞のように二三人を相手取り破砕したアイリッツが呟き、一時離れた。
ららら……るーるるるらら……
ドリアードを斬り裂く傍から、花びらが舞う。くるくると風に遊ばれ、舞い散り、また集まり踊る。
噎せ返る濃密な花の香りに、息が苦しくなり、ズキズキと頭が痛む。
「シャロン、気をつけろ!これは…………」
アイリッツの声が薄くなり、ふと気がつけば、シャロンは多くのドリアードに囲まれていた。
「くそ!きりがないな」
アルフレッドが剣を振るい、囲むその一角を崩し、隣にくる。
くすくす、くすくす…………
小さな笑い声が響く。耳障りな声だ。
「シャロン。一気に叩く」
「わかった」
アルフレッドが剣を構えるのに合わせてこちらも剣を構え、風に力を籠める。
バシュバシュバシュッ
牽制も効いた様子がなく、余裕の笑みで立ち、迫ろうとするドリアードに、じり、と腰を低くした。
「行くぞ。いまだ」
「ああ」
頷いて、風で加速し、剣を強く大きく振り被った次の瞬間。
ゴス、と側頭部に衝撃が走り、
「ッだあああ、何やってんだおまえら!」
アイリッツの慌てたような声がすぐ前の、ドリアードの一人から発せられた。
「え……」
驚愕し目を凝らせば、すぐ傍で構えていたはずのアルフレッドがみるみるうちに花びらの集合体に変わり、風に吹かれて散っていった。
眼前にはアイリッツが、
「感謝しろよおまえら、、、今のはマジでやばかったって」
自分とアルのあいだに挟まり、手をクロスさせ双剣でそれぞれ振りかぶられたの一撃を受け止めつつ、冷や汗を流し立っていた。
ザザシュッ
足元から細く黒く鋭い‘根’が、固まった三人を襲う。
「ッそ、このッ」
「舐めんなよ」
「………ち」
アイリッツが地面から突き出した根を。シャロンが絡みつくような花びらを。アルフレッドが鋭い鎌を持ち迫り来るドリアードを、それぞれの武器で斬り裂いた。
なんてことを、とでもいいたげな、憂いに満ちた表情で、ドリアードは怯えたように身を竦ませ、首を振る。
「はッ、そんな演技には騙されないぜ、この性悪が」
アイリッツが吐き捨て、
「シャロン、さっきのは幻覚だ。おそらくこの香りと声が作用してる。結界を張れ」
そう指示を出し、
「わかっ、た」
頷いて即座に結界を張ろうとするシャロンの、体内で、何かがもぞり、と動いた。
「……ぁ、く」
内側から何かが、一斉に喰い破ろうと蠢き始めた。
「ほぼ視認できない菌糸とかないわーオレ大活躍だなこりゃ」
言うが早いが、突然シャロンの口に、アイリッツが指を突っ込んだ。
「……む、むぐッ」
思いっきり、か、か、噛んでしまった……!!鉄錆にも似た味が口の中に広がっていく。次の瞬間、シュウシュウと音を立て、蠢いていた何かが萎れ、消えていくのを感じ、シャロンはほっと息を吐いたが、忘れず風の結界を自分と仲間の周囲に張った。
アルフレッドは胸と腕を押さえ、掻き毟らんばかりにして膝をついている。
「で、アルは」
「…………!!」
どんよりとした目が、アイリッツを睨んだ。死んだ方がマシ、とまではいかないだろうが……寄るな触るなと何よりも目が雄弁に語っている。
「はいはい、じゃあこっち」
「!?」
ぐいっと襟元を掴まれたシャロンと、アルフレッドの顔が迫り、ぶつかった。
口が、だ、唾液が………!!
恥ずかしすぎて死ぬ。
アルフレッドは回復したものの、かなりショックを受けたようなシャロンだったが、すぐに呆けている場合じゃない、と、緑の豊かな髪をなびかせ、無邪気で無慈悲な笑みを浮かべて立っているドリアードをキッと、睨みつけた。腹の底から、どこに向ければいいのかもわからない、理不尽なことに対する怒りが湧いてきた。
「わ、めっちゃ顔赤ッ」とかからかい混じりの声が後ろから聞こえた。
「話は後で、だ。リッツ……!!」
「いや、そんな時間ないない」
羞恥と怒り。それらを叩きつけるようなシャロンの言葉にも、はははと笑ってアイリッツは軽くいなす。
ふーっ、とドリアードが息を吐いた。風が巻き起こり、下から巻き上げられた細かな花びらは、高く高く上がると、綿毛と変化し、ふわりふわりと上から降り落ち始めた。
とてつもなく幻想的な光景だが…………見た目に反してえげつない攻撃を仕掛けてくる魔物だと、シャロンたちはもう学んでいる。
相手は植物、ならば本体は。
ちらっとアルフレッドと目線を交わし、ひとまず上から落ちるものを防ごうと、風で鋭く綿毛を狙い撃つ。しかしその綿毛に攻撃が当たる直前、種が膨らみ、スモモほどの艶光りする甲虫へと変化しブゥンと羽を広げ飛んで結界へとぶち当たり弾けた。
一度ならともかく、二度三度と連続で来られてはまずい。
アルフレッドが器用に飛んで来る虫七、八匹を一振り両断しているが、さすがに数が多すぎる。
「リッツ!上は任せた!」
「おう、了解!」
アイリッツが戦輪を取り出し、自身も少しばかり離れて、より多くを斬り捨てられるように勢いをつけて跳躍した。
ボシュッ、バシュッという破裂音とともに、甲虫の死骸が降ってくるも、それらはすべて花びらへと姿を変えて、地面に振り落ち、草に紛れ消えていった。
シャロンはできるだけ強く風を練り、大地に手を当てて、潜らせ、一気に土ごと、ドリアードの根元に風を叩きつけた。土くれと草の一部が強風によりまくれ上がり、細く黒く醜悪な根が、姿を現す。
ふふふ、とドリアードに笑みが浮かぶ。細くしなやかな根は、棘を生やし、容赦なくシャロンたちへと襲い掛かってきた。