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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
303/369

mement・mori

表題注意。あと、6月27日改稿しました。

 シャロンは肩で息をしながら、呟いた。


「だいぶ時間を取った。獣の丸焼パーティは無しだな」

「まあ、そうだろうな」

 というかやる気だったのか?と気が抜けたようにアイリッツ。


あ、ひょっとしたら、冗談のつもりで、とも思い、シャロンの表情を窺うが、


 わ、わからねぇ……!!


 もう彼女は真剣に、ベショリとなった塊が再び動き出さないかどうか見ている。


 少しばかり離れたところにいたアルフレッドは、

「…………あまり、美味くはないな」

拾った何かを口に放り込んでもぎゅもぎゅと咀嚼していた。


「さ、さあいくか」

 それを見たシャロンは今は何よりも先を急がなくては。あれがゼリー男の核っぽかったとか、食べても平気なのかとかは、突っ込まない方向で行こう、と心中呟いた。


「食うなよそんなもん。生きてたら腹から裂かれて終わりだぞ」

「もう死んでる」


 後ろで二人がいろいろ言っていたが、私は突っ込まないと堅く心に誓っている。


 急ぎ歩みを進めれば、あちこちに食い散らかされた魔物の残骸が残っている他は、何事もなく静かだった。


 無事演習場を抜けて戸口に辿りつき、建物の中に再び潜入する。


 静寂の支配する廊下は前と変わらず、それでもなぜだか、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。

「……急ごう」

 疲れた体を意識しないように敢えて言って、歩みを速めていく。


 城内の廊下から、階段へ行く途中、アイリッツが、

「相変わらず気配が掴みにくいな……」と零した。


 それならと、シャロンは大丈夫なように風の結界を張り、こちらの物音や気配をできるだけ薄くしておく。


 慎重を期しながら執務室前の談話室まで来て、アイリッツが足を止める


 ここでにやりと笑い、

「あの執務室には細工した。ついでに、爆発に伴う空間の歪みに乗じて、いろいろ弄くったから、別のルートでもいけるはずだ。その空間の切れ目を探す」

そう言って、談話室の壁を叩いたり撫でたりして調べていく。


 談話室にある飾り棚。遊戯ボードなどが置かれたそれの横の、象牙色の壁に当たり、拳でゴンゴンとあちこち叩くと、親指でクイっと示し、

「あったぞ。ここはあれだ。おいアル、ここをドカンと頼む」

ちょっとばかり不遜にも見える得意げな態度で言った。


「………わかった」

「ッちょッ」

 アルフレッドは例のごとく挨拶代わりにアイリッツの足を軽く蹴ってから、剣に力を溜め、壁を文字通り、“ドカンと”叩き壊した。


「なんだよ。たまにはいいだろ。格好つけても」

ぶつぶつ言うアイリッツの隣の壁は、漆喰や木片ではなく、ぽっかりと何もない黒い空間が広がり、あちこちに罅割れの明かりと、横や、ずっと下がった場所に長四角形の白い出入口(?)のようなものが見えている。


「それで、選ぶのは下だからな。行くぞ。さん、に、いち」

さっさと立ち直ったらしいアイリッツ中を一通り見つめ、迷うことなく、壁の穴を蹴り、飛び込んでいく。


「躊躇ないな……」

 彼の背中は遠ざかり、斜め下側の白い長四角の切り口に辿りつくとこちらを見上げ、ひらひらと手を振って中に入った。


「……じゃあ、行く、か」

 念のため、風を意識したが、まるで何かに吸い込まれるかのように、ふいっと手応えなく消えてしまう。


シャロンは思いきってぐいっとアルフレッドの手をしっかり握り頷きあって、アイリッツの入った場所を目指し、飛び込んでいく。


「うわっ」

 足が入り口で滑ったが、アルフレッドが見事に体をひねり腕を引っ掛け、シャロンを引っ張って中に入る。


 簡易ベットと椅子と一人用テーブル――――呼び鈴の札が下がっていることからして、使用人の待機部屋、に繋がっていたらしい。


 降り立った瞬間にぐにゃりと足元が歪む。

「安定してないのか……」


 結界をしっかり張ってろよとアイリッツが床下に手を当てる。そのまま先を促したので、シャロンは頷いて、風の結界とともにドアに手をかけた。



 それより少し前の時間。エルセヴィルが宰相執務室へと、戻ってきた。それまでの不安を体から振るい落とし、汗を拭って顔を上げる。

「……………」

 宰相執務室を出れば、ここから国王陛下の執務室までは、目と鼻の先。


 出口と覚しき空間に呑み込まれた後、しばらく、先の見えない暗闇を歩かされた。


 何もない、ひたすら歩くだけの時間。エルセヴィルは、その永遠にも感じられる時間の中で、まざまざと蘇ってきた過去の自分に舌打ちしながらも、重い体と足を引きずり、猩々緋の絨毯の敷かれた廊下を、国王に嘆願するため歩いていく。


 くすぶっていた。ただ、時間を無駄に過ごしていた。焦りや、不安、羨望からくる嫉みに身を窶し、ただひたすらに視界を、広く物事を捉える力を、奪われていた。


 父のようになりたかった。せめて敵に一矢報いることさえ、できていれば。……最後の瞬間ですらそれは叶わず、抵抗らしい抵抗もできないまま、役立たずの野良犬のようにぶち殺された。


 やり直したい。それが叶うことならば。



 気力の限界か、それとも疲れのせいか、エルセヴィルの歩みは次第にさらに遅れて、這うのと変わらないほとんど這っているのと変わらない速度にまで落ちた。汗が目に入り、視界が悪い。


 いったいどこまで来てる……?俺はどれだけ時間をかけた。あれだけの魔物だ。突破してくるのはそう簡単にも思えないが……。


 もうとっくに、追い抜かされたのかもしれない。そんな不安に駆られながらも、彼は足を動かし、進み続けていく。


 そして――――――。



 廊下にある、使用人部屋。何の前触れもなく、いきなりその扉が開いた。


「なッ」

「ッ」


 ここにいるのは自分以外は敵でしかない。コンマ数秒にも満たないうちに、エルセヴィルは腕輪の自爆装置を発動した。


 魔道具である腕輪の効果で、結界が解かれ、無防備になる。シャロンもすぐに状況を判断した。一瞬が何倍にも引き延ばされて感じられる時間の中、無音だが身の毛もよだつような熱が、触れそうなほど近くの男から染み出すのが見えた。――――――この距離では。


 シャロンは、ありったけの力を籠めて、結界を自分の外、特に後ろ側を守るように展開する。


 音はなかった。すべてが白い光に包まれる。


 パキッ、と小さな音を立て、シャロンの腕輪の石が砕け散ると、彼女は、床と正面の壁がぽっかりと無くなり、後ろの部屋と、かろうじて下が枠のように残っているところに、絶妙なバランスで下り立っていた。


「シャロン……」

 アルフレッドが責めるような、嘆くような複雑な声で声をかけ、

「まさかあの風が無効化されるとは……」

アイリッツが悔しさが滲む声で呟く。


「とにかく、そっちが無事でよかった」

 結界内で一欠けらも残さず焼却されたシャロンは、強烈な白い死の衝撃を呑み込んで、振り返り、笑みを浮かべてみせた。



「シャロン、シャロン……心配した」

 かける言葉が見つからなかったのか、何度かためらいののち、そうアルが声をかける。

「さっきのが最後の住民だったらしいな……城が、薄くなり始めている」

アイリッツが顎で示すまでもなく、左側に続く廊下だけが鮮明なままで、右の無事だった壁の一部も、その向こうも、次第に光る粉を吹き始め、白く、薄くなっていく。


「どんな、奴だったんだ?」

 アイリッツが問いかけてきたが、

「わからない、が。ただ…………」

「どうした」

「最後に、笑って、いたような――――――」 

「まあそりゃそうだろうな。敵であるシャロンを確実に巻き込めたんだから」

 アイリッツがそう呟き、長く息を吐く。アルフレッドはどんよりした雰囲気を引き締め意識を切り替えたらしく、目線をキッと引き上げた。


 アイリッツもまた首を振って、調子を取り戻し、

「行こう。奴がお待ちかねだ」

「ああ」

「うん」

 シャロンは頷き、怪我の光明か、一度死んでリセットされ、軽くなった体をもう一度確認する。


 それから三人は絨毯を、しっかりした足取りで進んでいく。次第に濃くなる魔力と気配が、すべてを束ねる国王ゼルネウスの元へと、導き、指し示してくれていた。

〈エルセヴィル・ハディール・ストルーヴェ〉

 その資質は高いが、宰相として誉れ高い父親の影で、七光りと常に揶揄されてきたため、やさぐれてしまった。四人(彼とシルウェリス、ラスキ、ジゼル)の中でもっとも“城”という存在に執着を持つ。


 彼が策を講じ、他の者が団結し実践していれば、また別の結果になったかも知れない。あくまで可能性の話。

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