走駆 4
遅くなりすみません。戦闘シーン、気味の悪い表現等があります。ご注意ください。
構えを解いた次の瞬間、ブンッ、と空気を切り裂き、何かうっすら緑がかった透明な……球体のようなものが上から降り落ちてきた。
ブンッブンッ ベシャベシャッ
…………残念ながら、戦闘終了という訳にいかないようだった。
当たらないように避け、時には風の結界で振り飛ばしたそれは、木の幹や地面にぶつかり弾け、またもとの形に戻って跳ねていたかと思うと、一本の腕になった。
腕、腕、足、胴体、また足、そして最後に頭が出現し、見覚えのある……というか先ほどまで戦っていた男、ジェリコの姿が現れた。
「し、侵入者、は、滅ぼす」
思わず例の地面の染みを見た。近くに真っ二つにされた紐状のナナゼロも転がっている。
「おや、侵入者か」
しかし、ガサガサと茂みから音をさせ、そこから再び(?)、茶尽くしのナナゼロが姿を現した。もちろん斬られた紐状死体もまだある。
「俺たちは捕獲用だからな。数は多い方がいい。そうだろ?」
次々空から半透明な物体が飛来し、人の形、ジェリコの姿をとっていく。
今むやみに動くのは危険だ。そう考え、アルとリッツの方を向けば、彼らは目の前のナナゼロではなく、微妙に斜めに逸れた木々の茂みを気にしている。
ひそかに風を操り、音を拾えないかどうか探ってみた――――――すると、ドシャドシャと巨大な水音に混じり、
(おい、出なくていいのか?)
(待て。よく見ろ。一人ひらきにされちまってんだろが。ここは作戦を練った方がいい)
(しかしなあ……気の短い俺がもう出ちまったぜ)
あああ、とばかりに髪をかきむしったらしい音が届く。
(あのー、俺、侵入者とかどうでもいいんで、捕縛の方にまわるわー)
(そういって逃げる気か!)
5人ばかりだろうか。皆一様にナナゼロ――――――目の前の男と同じ声をしている。こちらを見据えている彼は、不敵に笑ってはいるもののものの、額には青筋が浮かび、苛々と足先を下に打ち付けていた。
ドシャッ。ドシャッ。
続々と姿を現すジェリコはといえば、ゆらゆらと揺れながら、
「侵入者……」
「喰う……」
「お、お腹減った……」
まったく自分に正直としかいいようがない言葉を口走っていた。
(待った。どうやら気づかれてるぞ)
隠れていた奴らのうち一人がやっと我に返ったらしく、やがてガサガサと茂みが揺れ、4人のナナゼロがそこに現れた。
ちなみに、驚くべき速さで真逆の方向へ小さくなっていく後姿も見えたが、それはまあ、気にしなくていいだろう。
魔物をここまで人間くさく造る必要はあったのだろうか……とシャロンは素朴な疑問を心に抱きながら、油断なく剣を構え、風を練った。
「おまえらいい加減にしろよ……」
「そんなこといったってな」
「なあ」
「何分急なことだったし」
「例のヤツらの捕獲もあったし」
アルフレッドは油断なく彼らを睨みつけ、アイリッツはまったく同じ顔を突き合わせている5人を生温かい目で見ている。降ってきたジェリコは、4体。
「ううううあ、あう」
さすがに待ちきれなかったのか、ジェリコが動いた。その体を勢いよく弾けさせ、弾雨のようにこちらを狙う。
「……話は後だ。ひとまず侵入者らを倒す」
「了解」
「右に同じ」
「右に同じ」
「りょっかい」
一人が真っ二つにされた紐状死体の元へ走り、一人が残り、三人が細い紐となってばらけた。木々のあいだを結ぶように細い線を張り、動きを阻害する作戦に出る。
シャロンは風を呼び結界を張って鞠のように跳ね回るジェリコの体にぶち当て、その攻撃を防ぎ、アルフレッドが留まったナナゼロへ、アイリッツが剣を手に死体に駆け寄るもう一人へ動き、斬り捨てようとするが、ナナゼロは体を緩ませて隙間を作り、避けた。
返す剣でまた狙うが、動きに合わせて布のように柔らかくなったナナゼロの体は、その剣を受け止め、同時に背後へ跳び退る。
「資源と情報回収終了。そこのアイリッツには触れない方がいい」
ビョンビョンと紐に乗り跳びながら、冷静にそう仲間へと告げ、木々のあいだからこちらへと伸びていた網の動きが止まり、アイリッツを左に避けた。
「うわすげーなこれ。おもしれー」
とかなんとか言いながら余裕の表情を崩さず、ベルトから戦輪を外し、指に引っ掛けて回転させ、張り巡らされた強靭な糸目掛けて飛ばす。
糸に触れた瞬間、切れるかと思いきや、糸は緩み、粘性を持って絡みつき、円月刃の勢いを殺しつつ糸の塊にすると、ぼとりと自然に下へ落としていく。
いくつかは跳ね回るジェリコの体へとぶつかるが、ゴム皮にも似た強度をしているのか、軌道を逸らされ円を描いて再びアイリッツの元へ戻っていく。
人の形のナナゼロに斬りかかったアルフレッドの剣も同様に張り付き、身動きできない状態のところへ球体となり跳ね回っているジェリコが嬉々として口を開き、貪りつこうとしているところへ、
「ふ、ん。ま、少しはやるようになったかな」
アイリッツは冷めた顔で戦輪を操作し、糸を斬り裂きアルフレッドを解放した。
大口を開けて迫る半透明軟体生物に、体を捻りざまアルフレッドは剣を突き刺すが、ジェリコは人型になり、歯を食いしばりつつ手でもってそれを受け流した。
シャロンはシャロンで、紐状触手に結界を張り、降り落ち揺れる球体を必死で避けつつ戦っていた。空気を小さく圧縮し、解放してジェリコを吹き飛ばす。
ぶよぶよした破片が手首から甲の上に落ち、慌ててそれを振り払う。しかしナナゼロに絡まれ咄嗟に剣を抱き込み、防ぐが、粘性であったはずの紐が硬質の鉄線へ変わる。
「うッ……くっ」
シャロンの体が輪切りになる前に、すぐさま近くにいたアルフレッドが距離を詰め、シャロンの剣と体との隙間に自らの剣を差し込んで外側に、斬った。
「アイリッツ、」
こいつら吸収できないのか、と口パクと目線で告げれば、
「えーやっぱ耐性つけてると思うぜ。オレ、こいつらにドヤ顔はされたくないなー」
まあやり方はいくらでもあるしぃ、と言いざま、双剣を抜き放った。
「復活できないほど切り刻めばいい」
「……そうだな」
その手でいこう、とアルフレッドが頷いた。
「そう上手くいくかな?」
人型に巻いて揺れるナナゼロが挑発的にそう投げかける。
「まあ、」
「だいたいは、な」
アイリッツとアルフレッドが双方に分かれ、跳んだ。アイリッツは間を置かずナナゼロに迫り、捉えにくいほどの速さで言葉通りナナゼロを斬り刻んでいく。
アルフレッドはその強靭さで薙ぎ払うらしい。
「…………!!」
別のナナゼロにも動揺が走った。即座にアイリッツの周辺の覆いはほどけ、アイリッツ以外へ体を向けていく。
アルフレッドの剣を受けている側は柔軟性を増し、その力を殺ぐ方へと集中している。
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ
妙な音を立てながら、跳ね回っていたジェリコが丸めていた体を空へ打ち上げ手を広げ、天蓋を作り始める。
そのまま押し潰す気か…………!!
ジェリコの核を狙おうにも、奴も学んでいるのか、核らしき塊が半透明の体に数多く散らばり、さらに内部で分裂してその数を増やしている。
ご丁寧にも、逃げ出さないようナナゼロがその体を張り巡らせ、囲いの役割を果たし、そのままゆっくりと半透明の巨大天蓋が、下へ降りてきた。
ジェリコ………ジェリーか。
あれはスが立つと不味い。
シャロンは気合を入れ、広く風を編んだ。ちょうど、天蓋を下から支えるように。
「はは、重みに耐え切れるかな!?」
切り刻まれて地に崩れたナナゼロ以外の声が、横から高く響く。
アルフレッドが、上からの攻撃に備えるため、剣に力を籠める。
ズシリ、と重みがかかってきた。力をめいっぱい籠めているシャロンから汗が後から後から流れ落ち、髪の先を塗らしていく。
アイリッツが、囲むナナゼロの一角を空けようと動く。しかしナナゼロもそれは想定済みだったのか、離れ、絡み合う絶妙な動きを繰り返して被害を最小限に抑えようとする。
ミシ、ミシリと頭上が軋みを立てた。
死ぬ。これは死ぬほど、キツい。
シャロンは風を送り続けた。次第に下側からジェリコが乾き、ひび割れていく。さらに風を送れば、ぎぃいいと嫌な悲鳴が響く。
「…………!!」
おそらくナナゼロが驚愕しているのだろうが、もう遅い。隙間から風を送り、乾燥させ……脆くなったその体をさらに包み込んだ。よく使う技の、逆バージョン…………。包まれたジェリコの体が圧力に悲鳴を上げる。
ギシギシと軋み、音を立てブチュ、と嫌な音が上から響き…………核ごとすべてを潰され粘体質の何かになったジェリコが、上から落ちてくる。
そしてそのまま、下のナナゼロに絡みつき……シャロンが渾身の力を籠めてそれを風で乾かし、双剣でアイリッツが、力を籠めた剣でアルフレッドが、塊ごとナナゼロを粉砕した。
スが立つ……豆腐やゼリーに、加熱のし過ぎで表面や内部に気泡が入ること。
〈備考〉
ナナゼロ……70、つまり、7(な)0(わ)。短気、穏健、分析、任務遂行優先などに分かれる。
ジェリコ……某喫茶店のメニュー、、、ではなく、ネーミングはジェリー(ゼリー)から。