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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
297/369

走駆

H28年5月12日0時過ぎに改稿しました。

 すでにいない作り主に、翻弄されるとは……くそっ。


 シャロンがそんな感想を抱くうちにも、さほど広くはない部屋の中。ギュイイイイと嫌な音を立て刃を繰り出す球体は、回転しながら外周を人が歩く速度よりは速く、動き続けている。ぐるりと部屋を一周し、バタンと自然と開いた扉を通り、時折互いにぶつかりながら通路へ動いていく。


「予想はできたことだが……なんとか、なんとか部屋をあまり開けずにすめばこんな状況には………」

「ま、そこは仕方ない。運だからな」

アイリッツがそう慰めを口にし、シャロンの悔しそうな頭をポンポンと叩こうとして、咄嗟に手を上に挙げてごまかした。


「……これぐらい大目に見ろよおまえはよ」

 アルフレッドはその台詞を無視して、

「シャロン、気にしなくていい。やれることをやろう」

とシャロンの頭を撫でた。

「う、うんそうだな」


 動揺して少し身動きした拍子に、肘がアルフレッドの脇腹をかすめ、あ、ごめんと思わず謝った。


 けっ、とアイリッツのやさぐれる声が届く。


 動き回る球体を避けるためとはいえ、狭いテーブルと椅子に三人も立つのはさすがにきつかった。……足元でカップとソーサーがカチャカチャ鳴っている。


 食べ物を置く所を土足で踏みつけるのは非常に抵抗があるが………部屋の壁に沿ってガガガガガと音を立てながら移動する球体を見て、諦めた。


 まだ訪ねていない部屋を開くか、それとも……。


 高い天井を仰ぐ。吹き抜けの高い位置にあるギャラリー。といっても小さな張り出しに伸ばされた腕の一部が見えている蛇女?の彫刻や、格調高そうな紳士、貴婦人の肖像画がわずかに見えているだけだが、ひょっとしたら何か仕掛けがあるのかも知れない。


 シャロンはもう一度、さらに高い天井の回転羽〈シーファン〉を眺めて目を細めた。だいたい想像はつく……。


「先に部屋を確認しようか」

「りょっかい。今度はオレが行こうか」

 アイリッツが手をピッと挙げる。さっさと下りて、まだ扉を開いていなかった最後の部屋の方へと向かう。


 そして、リズムよくひょいひょいっと球体を跨いだかと思うと、ダンダンダン!と床と壁を蹴り、見事に部屋の扉を蹴り開けた。


 そして結論から言えば、どうやらトラップだったらしい。その扉が開いた瞬間、白い霧が現れ、視界をみるみる覆いつくしていった。


 床を転げまわる球体が見え辛くなったことは間違いないが、どうもはっきりしない。部屋の視界を奪う雲を風で一時吹き飛ばし、

「じゃあ、あの上へ行くか……フォローを頼んだ」

「あ、あっさり行くんだ」

 アイリッツの感心しているのか呆れたのか分からない声を後ろに、風を自らに使い、高く高く跳躍する。


 ダン、ダン、ダン!


 動く通路の時にも感じたが、魔封じにより乱される風は、自分自身にかける時は影響がなく、また、壁や床の反射の角度さえ気をつければ、どうということはない。


 シャロンはうまく風を使い、煽られながらも壁を蹴り方向を変えて高く上がり、張り出しにうまく腕をひっかけることができた。


 途端に、ガチャン!と仕掛けの鳴る音がしてギュいィイイイン、と先ほどより激しく回転しながら、上の羽根が大きさからすれば意外なほどの速さで下降してきた。


 ぎりぎり絵画には当たらない位置だが、彫刻の肘や頭の一部と、それから、私には確実に当たる。


 まあ、予想どおり、としか言いようがない。


「任せろ!」


 アイリッツが鉤縄を取り出し、アルフレッドがその縄を受け取り手早く器用に手近な椅子や壁掛け棚に巻く。

 それとほぼ同時に、壁を蹴ったアイリッツが思いっきり高く跳び、回転羽根の芯棒へ鉤と紐を上手に絡ませた。


 瞬くまに椅子や簡易棚は巻き上げられ、羽根に絡み付いて動きを阻害する。ぐ、ぐ、ぐ、と今にも壊しそうな勢いだが。


 その隙にとシャロンは張り出しの上で、備え付けの絵画と彫刻をじっと見つめた。


 矢が発射されるとか、突然張り出しが崩れ落ちるとかも考えたが、どうやらここでの罠はないらしい。


 一番ぱっと人目を引くのは黒髪と明るい水色と灰色が交じり合ったような鋭い眼光で、軍服のような正装の出で立ちの男。それから、その隣に並ぶ穏やかで優しそうな顔立ちで微笑する、ふわふわした淡い琥珀色の髪と、ドレス姿の女性。どちらも三十代ぐらいだろうか……。


 絵は備え付けで取り外しが効かず、彫刻も調べたが、特に仕掛けがあるような様子は見られない。これは、手詰まりか……そう考えたところで、下から声が飛ぶ。


「シャロン!何か攻略のヒントはありそうか!?」

「ああ、なんだか、高貴というか、相当位が高そうな男性と、女性の絵がある!」

「高貴な男の絵…………わかったぞ、シャロン!ひょっとしたら、だ。そっちに、思いっきり剣を突き立てろ!」


「え゛」


「いいから早く!」


 ぎ、ぎ、ぎ、とまわる羽根に軋む椅子の断末魔を聞きながら、シャロンはこんな状況ですら、ついつい、なんてもったいない、なんて思ったものの、何か意味があるのだろう、と、シャロンは思いきってその男の肖像画に、ぶすりと剣を突き立てた。


 驚いたことに、この絵は魔法では保護されていなかったらしい。

 

 ザシュ、と顔を縦に斬り裂いたところで、何か、黒い球体が向こう側の壁に用意された穴から落ち、ドス、と重い音が、床に響く。


 同時に羽根の回転が止まり、上へと戻っていく。



『よくぞこの仕掛けを見破り、魔王である、“陛下の肖像画”を破壊した!君たちには、最後で最大の敵が待っている!』

 人を食ったような声が部屋中に響いた。というか、不敬じゃないのか……?


 わざわざおそらく国王であろう肖像画に、剣を突き立てないといけない仕組みにしたその感性はよくわからない。



「くそッ、オレがもっと早く気づいていれば………ッて、こんなのわかるかよ畜生」

 珍しくアイリッツが毒づいた。


 ブィイイイン、という音に気づき、シャロンは慌てて雲を風で吹き飛ばし、床をまわる球体を確認した。アルフレッドが何かを察知したのか、黒い球体に剣を向け飛び掛かる。そして、ガキィン!と硬質な音が、そこから響き。ジ、ジジジジ、という音とともに、ゆっくり、その黒く丸い物体が浮かび上がり始めた。




 シャロンたちが黒き物体に悪戦苦闘している時、エルズは広い演習場に差し掛かり、ひたすら城内目指し走っていた。その足に、突然何かが絡みつき、エルズは転倒し、ずるずるぐいぐいと後方へ引きずられていく。


「くそッたれ」


 足に絡みつくのは半透明のゼリーのような気味の悪い触手であり、長い長いそれのその根元では、ぐにょぐにょと軟体静物のように動き、形を変えながら人型を取ろうとする魔物の姿があった。


 かろうじて足と手を二本ずつ、目が上と体の真ん中についた、人の形を粘土か何かで作ろうとしてできた失敗作のようなものが現れ、その真ん中が裂けて巨大な口が牙を剥く。


「散れ!」

 無意識に腕輪の手をかざし、叫んでいた。その奇妙な魔物は、ギリギリと締め上げていた足を離し、おののいたように縮こまり、次第に遠ざかっていく。


「……ッ。ああ、ちくしょう」

 掴まれた足は紫色に腫れ上がり、ずきずきと痛む。だが、ここでのんびりするわけにはいかない。


 エルズは足を引きずりながら立ち上がり、また、もと来た道を、じりじりと戻り始めた。

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