遼天を仰ぐ 2
戦闘シーンあります。今回キリがいいため、短めにしてます。
彼らを見ていると、思い出す。小さな希望の灯を胸に宿し、ただひたすら少しでも明るい未来を、と必死で駆けていたあの日々を。
手ひどい奇襲や裏切り、ささいな手がかりを得るため駈けずりまわり、正しいのか、本当に有効なのか、それすらももわからない可能性に、命を賭ける。
ドリアードからの助言を元に、探し続けた荒地の聖域。そこにも、仄暗い影は迫っていた。
『……やっと、辿りついた、か。ここから先は、龍の棲まうとされる、禁忌の領域。帰っても、構わない』
『何を言っているんですか!貴方に救ってもらったこの命、最後の最後まで、私は決してお傍を離れません!』
『……………………そうか』
何か言いたげだったものの、言葉を呑み込み黙って頷くゼルネウス。その隣で呆れた表情をしつつ、
『ハロルド準男爵。いっとくけど、あんたはあたしの“快癒”で治ったんだからね。そこんところ間違えないよーに』
じと目で睨むナスターシャにもめげず、彼は朗らかに笑う。
『我らが勇者の気高き意思があってこそ、だと。そして、もう準男爵でもないです。爵位なんてあんなもの、未練なんてない!』
『……あっそう、もう好きにして』
爵位を盾に、刺客となった男は、駒として切り捨てられたのちあっさりこちら側についた。
黒髪って、熱を吸収しやすいはずなのに、なんで無駄に元気なんだろ…………。そんなことを考えながら、ひたすら歩いていた。荒涼とした大地。日差しは刺すように暑いのに、熱苦しい奴がお供かぁ、とぼやきながら。
そう、厳しい状況だったけれど。癖はあるが頼れる仲間がいる限り、困難な旅も、苦にはならなかった。あの頃は。
ああもし、ここに彼らがいたのなら。いったいどういう戦いになっていただろうか。
ナスターシャは、後衛でしかない、自分の能力の限界と向き合い、目を閉じてかつての日々を思い出し、一瞬空を振り仰いだ。そして、光と風よ、と囁くように呼びかけていく。
風は自由の象徴。疾く大地を駆るもの。光は照らすもの。
彼女の服がはためく。力が、場に籠められる。
「本当に、本当に話し合いの余地はないのか!」
シャロンが、思わず叫ぶ。その可能性を、捨てきれず。
「あたしは力の続く限り戦う。もう、わかっているはず」
そして、光と、見えぬ刃が開放された。
辺りを真っ白に、光が覆った。不可視の風の刃が幾度も放たれ、駆け巡り、シャロンたちを襲う。
光の中、音と空気の乱れを頼りに、シャロンはそれぞれの位置を捉え、アルフレッドたちに風の守りをかける。シャロンも同時に風を剣に籠め、振り払うようにしてナスターシャに迫り、アルフレッドが剣に“気”を籠め、高く跳躍し、薙ぎ払う。
鋼鉄をも斬り裂くそれは、難なく避けられ。
「気をつけろ!」
アイリッツが飛来したいくつかの塊を手ではたき落とす。それをきっかけに、小さく小さく、粒状に籠められた空気が、あちこちで爆発し、爆風を生んだ。
「アル!」
シャロンは自身も余波を受け、舌打ちしながら、爆発に皮膚を裂かれ、傷を負ったアルフレッドの元へ跳ぶ。
「〈すべてを焦がす炎よ〉」
そう呟いた瞬間、炎がナスターシャを、蔦状の生き物のように、あるいは鞭のようにしなやかに動き、方々へ走り抜けた。
「こんなもん大したことねえ!シャロン、頼んだぞ!」
「人任せなら大口叩くんじゃないッ!」
文句を言いながらも律儀に風で防御するシャロンだったが、やはり攻めあぐね、アルフレッドをちらりと見た。アイリッツが彼らの中間に立ち、いつでもフォローできるよう準備をする。
炎の獣が牙を剥き、襲いかかる。シャロンはそれを、剣に風の力を籠め、爆風で弾き飛ばし、あるいは、完全に無風状態にすることで萎ませ、封じ込める。
アルフレッドも容赦なく剣で、蠢く炎の生き物を薙ぎ、切り捨てた。
こりゃオレの出る幕ないなーと嬉しげにアイリッツが呟く。
「〈癒えぬ嘆き、よ。女神の《・》涙星〉」
さほど間を置かず、凍てつく光を伴う硬質の矢が、上から降ってきた。その光はたやすく結界を突き破り、なんとか再び張りなおす前に、アルフレッド、シャロンの体……肩やや太ももの一部を貫通し、光りながら地面へ落ち、あるいは空中で消えていくかに見えたが、消えゆく瞬間、ゆるやかに波紋が浮かび上がる。
消えなかった矢はアイリッツの足元に落ち、細く絡み合いその周りを包囲する。
波紋は共鳴し交差しあい、ゆるやかでそれでいて纏わりつくような重みを増し、シャロンたちの足を止めた。
ナスターシャは骨削りの小剣を抜き、シャロンたちの下まで跳躍する。
「くそったれ!」
迫る剣を前に、シャロンは風の壁を、自分とアルフレッドの後ろに作り、ナスターシャへ向けて、弾き飛ばした。
「なッ………せいッ」
剣を構えていたナスターシャは虚を突かれたものの、アルフレッドの突進から来る、その身への剣撃をあるいは髪一重で避け、あるいは受け流し、小剣で弾き返す。
「くそ……」
いったん身近に迫ったものの、また手の届かないところへとすり抜けていった彼女に歯噛みしつつ、ずっしりと重い体を起こして次の策を練る。
「なかなかシャロンの無茶振りも堂に入ってきたじゃないか」
アイリッツがシャロンたちの脇に並び、その傷を回復させる。礼を言うべきなのだとは思うが、とシャロンが、気遣わしげというよりは訝しむように、
「おい、リッツ。……いいのか?」
「あいつは強力だからな。出し惜しみしてる場合じゃない」
そう、アイリッツが答え、
「自分の首を絞めるのが好きなんだろ」
冷たくアルフレッドが言い、再びナスターシャに剣を構えた。
実際のところ、アイリッツには余裕があった。
城という強固に完成された力場、そこからエネルギーを引き出した(もしくは与えられた)相手が身の内で変換して使用する際、彼はその余波を吸収し、溜められるものは溜め、それができない雑多なものには手を加えて都合よく変質させ、回復の力へと変えることのできる能力。
さらに、これまでの、シャロンやアルフレッドの活躍で、ほぼ力を使うことなく温存できている。
アイリッツのその力に、ナスターシャも気づいていて、時折こちらを見ては顔をしかめ如実に反応を返してきている。
今これほどまで余裕ぶる、その彼の目的はどこにあるのか。……それは、きっと。
ナスターシャは彼のやろうとしていることを予想し、叩き出されたその結論に、ちらりと考えただけでもおぞましさが募り、キモっ、とか、無理無理、なんて言いつつ、すぐさま樹を跳び移り距離を取って遠くから三人を窺いつつ、鳥肌の立つ腕をこすり、あーやだやだ、と呟きながら気持ちを落ち着かせた。