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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
288/369

番外 ひらりひらりと舞う 21

 高熱に苦しむナスターシャを抱えながら屋敷に入ったクローディアたち、命を賭してドライアードと戦ったメンバーを迎えたのは、大きな歓声だった。


 皆一様に安堵と喜びの涙を流しながら笑い、肩を叩き彼らをねぎらうが、その腕に抱えるグリエルを見て表情が曇る。


 それに対しレブレンスが、

「こいつは充分思うさまに務めを果たした。同情や憐みは嫌がるだろうよ」

と首を振り、ヘイグとともに静かに屋敷の奥へと運んでいった。


 セリエとグローリアは抱えていたナスターシャを、大広間の奥の控えの間、いくつかの衝立で仕切られた即席救護室の一角の布の上に寝かせると、すぐさま屋敷内世話係兼救護班の女性が急ぎ来て、手で熱を測り、水を絞った布を額に乗せると、身体に着いた血と汗を丁寧に拭い始めた。


「大丈夫ですよ。冷やしたら呼吸も落ち着きましたから。おそらく、これまでの疲れが一気に出たんだと思います」

 手伝いの女性がそう笑みを浮かべ、

「お嬢様方も、ゆっくり休憩なさってください。きっと心身ともに大分お疲れでしょうから」

別の者を呼び、薬湯を用意させにやり、それを貰った二人はようやくほっとしたように表情を緩め、ずっと入りっぱなしだった肩の力をゆっくりと抜いた。


 ロッドやバスケスは人だかりにもまれ、その半数以上がドリアードの精霊が昇華する姿を目にしていたため、戦いのさなかにいったい何があったのかを聞きたがったが、

「すみませんが、僕は急ぎ先に村長に報告をしなければ――――――。…………そこと、そこの彼も詳しいことを知ってますから」

ロッドは薬湯と濡らした厚手の布を貰っていたゼルネウスと、もはや立ち上がるのも難しいと言ったように腰を下ろしているツェーロを指して、誰もがそちらに気を取られわずかにできた隙間をかいくぐり、その場を後にした。


「…………しまった」

 出遅れたバスケスが、後悔を顔に滲ませる。


「バスケス。おまえもそこにいたんだろ?どんな戦いだった。あの精霊はどうなった」

「そうだ。あの光はいったい…………」


 わかったから落ち着け、順に説明する、と人々を宥めるバスケスの向こうで、やはりゼルネウスとツェーロも、囲まれ質問攻めにあい、同じように苦い表情をしているのが目に入った。



 おそらく外からの圧力が加わったせいだろうか。どこかわずかに歪んだ印象は受けるものの、屋敷の奥はいつもと変わりない。


 静寂の落ちる廊下を、村長が坐する場所まで、ロッドは静かに進んでいく。


 そして、その部屋の前まで来ると、気配も、音もほぼさせず側付きが扉横に現れ、黙って濡らした手拭いと、服の替えを渡してきた。

「……拭け。汚れた姿で御前に出るつもりか」

「あ。すみません」

 そういえば、と内心で呟いてロッドは受け取り、脇の小部屋に入って着替え、再び扉の前に立つ。


 胸元の傷は跡形もなく癒えている。それを確認した彼は、もう一度心の中で樹木の精霊の長に深く感謝を捧げた。


 こちらの訪れは既知のものとはいえ、礼儀のためノックを二回して、扉を開く。少し歩いた正面に、村長はいつものように、軽く横たわるような姿勢で、入ってきたこちらへゆっくり首を巡らせた。


「……此度のこと、ご苦労であった」

 苦しい息とともに吐き出される言葉はねぎらい。

「ありがとうございます」

 一言言って待つロッドに、村長は頷いて見せた。


「……そ、れ、は悲願よ…………。これまでの者とて、確証が、あったわけではない」

 そう、と続けて、

「この地は精霊とともにあり、精霊とともに滅ぶべし。ここで終わらせ、ともに逝くもそれが運命さだめならば、と思うていたが……しかし、今を限りなく生きんとする者に、それを求めるのも、酷なこと……」

かすれ声で告げられた本意に、ロッドは黙って頭を下げた。


 あれだけ強大な精霊をもし滅ぼせば、そこに必ず呪いを生む。この村一帯に張られた結界は、そのままその呪いを封じるためのものと変わっただろう。……中の者すべてを人柱として。


 そう、すべてがうまくいくと確証があったわけではない。それは、最後の手段として、残されていた。



「…………誇るがいい。先は不透明とはいえ、まだ続く明日を掴んだのだから。そして、儂からも、感謝を伝える。おまえ、は、最善を導いた」

「………恐れ入ります。そして、これは私からの心からの願いですが……御身を大切にしてください。これからも、長くに。彼女もそれを望んでいます」

 ロッドはそう言ってもう一度深く頭を下げた。それから長い沈黙が横たわり、辞する旨をロッドが告げ、後ろを振り向きかけた時、

「ロッドよ………クローディアには、自らの口で告げるがよい」

そう村長の言葉が投げかけられた。彼の肩がわずかに震え、それから一礼して退出する。


「そう、不機嫌そうに、するな………」

 しばらくして、村長の宥めるような声が、部屋に小さく落ちる。渋々、といったようにそれまで気配を消して佇んでいたもう一人の側付きが首を振った。

「ずっと、その幸せを願い成長を見守ってきたお嬢様のことですから……あの功績を得たとて、あんなへたれにそう簡単に任せたくはないですね」

きっちり務めを果たせるよういっそう扱かなくては……と呟く男に、

「………あやつの、先の苦労が、目に浮かぶようだな……舅がこれだけおっては…………」

ふ、と呆れたような村長のため息が、その場にゆっくりと落ちていった。



 村長の許可を受けたロッドは、邪魔されては適わない、他の者が別のことで手一杯なうちに、と目立たないよう壁が倒壊して外と繋がった中庭の一角にクローディアを呼び出していた。


「で。用事ってなに?」

 特に何かを感じとった様子もなく、アーシャが気になるから早くしてねと言うクローディアに、ロッドはぐっ、と詰まりながら、しまった、手に花でも用意するべきだったかな、と今さらながらに気づいた。


 まったく何も用意していない。


「……………」

 あまりのことに見かねたのか、中庭にある花々の蕾が、少しずつ綻び始め、次々に開いていく。


「え……、と」

 なんで急に、と目を瞠るクローディアの前で、ロッドは言葉を詰まらせつつも、なんとか、

「クローディア…………その、君さえよければ………僕は、君と、一緒に、この村を守っていきたい。君を傍でずっと支えさせてくれないか」

好きだったんだ、昔からずっと…………と告げるロッドにクローディアはただただ、驚きに目を丸くし、

「馬鹿ね………」

と呟いた。

「あたしは、ずっと……そう言ってくれるのを待ってたのに」




 ナスターシャが目を覚ますと、そこはどこかの部屋の中で、屋敷でよく見かけるお手伝いさんの心配そうな顔に笑みが浮かぶのが飛び込んできた。彼女はいったん人を呼ぶため離れていくと、再び戻ってくる。


「お加減はいかがですか。具合の悪いところは」

 真剣に聞かれ、ナスターシャが首を振ると、ああよかった、と手をしっかり握られる。

「貴方は、二日間も寝ていたんですよ」

 え、と口をぽかんと開け、えええ、そんな!と叫び寝台から身を起こそうとしてくたくたと横になった。


「お、お腹すいた…………あとなんか力が出ない……」


 食事の準備が整うあいだ身綺麗にして着替え、ようやく食べ物にありつけたナスターシャは、ぺろりとひととおり平らげると、ああおいしかった、と満足げにため息を吐いた。


「……それは、ようございました」

 食器を片づけに来たメイドが、洗い立てかと思うぐらい綺麗に片付いた皿に目を丸くしながら片付けると、すぐにノックの音とともに、セリエと、続いてクローディアが現れる。


「アーシャ……!!」

 二人に抱き締められんばかりに近寄られ、ぎょっとしつつも、ナスターシャは、

「その……心配してくれたようでゴメン。まさかあたしもこれだけ寝るとは……」

なんてもごもごと呟いた。


「だいぶ景気よく精霊力ちからを使っていたようだから……反動も大きかったんだろう」

「ロッド……!そうかな、そうかも知れないけど……ってあれ?他のメンバーは?」

 ゼルとかバスケスとか……と首を傾げるナスターシャに、

「ああそれはね……労働の真っ最中だったから」

クローディアが言葉をにごし、その後をセリエが継ぐ。

「アーシャが寝ているあいだにね……行方不明の村人をあちこちから探して……少しずつ葬儀の準備を進めているから。一部先に終わったのもあるけど」

「あ……そっか……」

 ナスターシャがそれに、沈んだ様子で呟いた。


「でも、暗い話ばかりでもないから。ね、アーシャ。あたし……やっと祝言を上げられるのよ!」

「え、ロッドとだよね!おめでとう!!」

 長かったねーと言えば、ふふっとクローディアが笑い、本当よ、とそれに答えた。

「もう…………いっそのこと、押し倒しちゃおうか、なんて考えてもいたんだけどね」

 クローディアがいたずらっぽくいうその隣で、ロッドが、別にそうしてくれてもよかったのに、なんて呟いて肘鉄を貰っていた。


「そっかー……」

「ま、といっても実際に式を挙げるのは準備とかで大分先になりそうだけどね。一応報告を、と思って」

 それでね、と続けて、

「慰霊も大部分は終わったということで………アーシャが起きるのを待って、一度祝宴も開くことになっているから」

「え……あ、そうなんだ」

「これから忙しくなりそうね。アーシャも、早く回復してね!」

と言うなり、立ち上がり笑顔で、手伝うためだろうか、ロッドとともに部屋を出ていった。


「なんだか慌ただしいですよね……クローディアさん幸せそうで……あてられることがほとんどなんですが」

 はぁ……とため息を吐き、

「それじゃ私も手伝いに行きますね。人出は全然足りていないようですから」

そう挨拶をしてセリエも外へ出ていった。


 再び静かになったナスターシャは、寝台に倒れ……あー、なんだかあたしだけ暇になったみたい……と呟いた。


 夜には父親であるザックが、続いてゼルネウスとバスケスが、どうやらずっと建物の修繕、ごみ処理、穴掘りなどで使われていたらしくバスケスは見舞いとともに愚痴も言ってまた去っていった。


 そして、ナスターシャが回復すると、それを待っていたかのように――――――実際待っていたのだとは思う――――――祝宴会の開催の伝達があり、それに伴い、慌ただしくも楽しそうな雰囲気が村長の屋敷周辺へと広がっていった。



 体が回復して、無理ない程度に屋敷の復旧作業なんかを眺めていたナスターシャは、喧騒の中で、静かになった風に、静かに耳をすませてみる。……もう、精霊の声は聞こえない。小さく、頼みを口で呟いて、花びらを手の平に乗せて上に向けると、くるくると風が巻き起こり宙に消えた。


 それを確認して、それでもぽっかりと心に空いたような穴を持て余す。


「なんであいつ、あんなとこにいるんだろ……………」

 率先して土木仕事を手伝っているゼルネウスを見て、思わず呟いた。なんともなしにその姿を見ているナスターシャは胸の内で、ぼんやりとしていたものが、はっきり確固たる形を取るのを感じていた。


 村長への許可を先に取り、夕方、人目につかないようゼルネウスを呼び出す。その前にはセリエに声をかけて、様子を覗かれないよう結界も張ってもらっている。セリエが微妙な表情をしながら作ってくれた結界の中へ入り、ナスターシャは呼び出されて来たゼルネウスに、

「ゼル…………あたし、決めた。あんたと一緒に、ここを出て、精霊が教えてくれた、手がかりを探しに行く」

「そういうだろうとは、思っていた」

 彼は、打てば響くように返ってきた言葉に、

「うん。あたしは、精霊が教えてくれた、あの手がかりを探しにいく。やっぱそのためにはさー、力強い戦力と一緒に行くのが正解だよねー」

ナスターシャは笑顔を見せ、

「それに。ゼルって、どこか人の機微に疎いところがあるから……心配だし」

そう彼女に言われたゼルネウスは、なんとも形容しがたい表情をした。


「アーシャ……私とともに行くには、危険が伴う。それに、村長の許可は」

「もっちろん、先に取ってきたに決まってるじゃない!」

まったく、いい笑顔だった。そして、ゼルネウスはその笑顔に、もはや何を言っても無駄だ、と悟り、潔く説得を諦めた。



 祝宴の日。朝からバタバタとしている人たちに、ナスターシャも手伝いを申し出たものの、持ち前の不器用さを知っている者が多いためか、ゆっくりしていてください、との返事ばかりが返ってきて、彼女はせいぜいが邪魔にならないよう離れたところにいるぐらいしか、やることがなかった。


 やがて辺りが次第に夕暮れに染まり、いよいよ本格的に祝宴が始まろうか、という直前、ナスターシャは、屋敷から少しだけ離れた場所へ来るようにと、キーツから呼び出されていた。


 はて、何の用事だろ、と思いながら、彼を待っていると、息を切らせ、手には何かの包みを持ったキーツが、果たしてそこに現れた。


「あ、キーツ。どうしたの?こんなところにわざわざ呼び出して」

「あ、あの、これを、おまえに」


 渡された包を開くと、そこには守り石が結ばれたペンダントが入っていた。


「え、これどうして……」

「ずっと、渡したいと思っていた。誕生日、おめでとう」


 あ、そういえば。…………いろいろあって、すっかり忘れてた!


「ひょっとしたら、ここを出ていくかも知れないんだろ。だから言いたくて。おまえのことが、好きなんだ」

 真剣な表情に、ナスターシャも頷き、ペンダントを握り締めた。

「ありがとう……あたしも、皆が好き。ずっとこれまで、村の皆に支えられていた……あたし、そのことを、まだ伝えてない!」

 ちょっと、行ってくる!もうすぐ宴会始まるし、キーツも急いでね!と言うが早いが、彼女はまさに始まろうとしている宴会の場へ、ひとっ跳びに行ってしまった。


 取り残され呆然とするキーツの肩を、ブレナンが宥めるように叩き、

「その……残念だったな。おまえは多分悪くない。ただ……ちょっとばかし、相手が悪かった」



 宵闇の中。布を敷いて外で行われた祝宴で、感謝の気持ちを伝え、もみくちゃにされる大切な娘を見ながら、ザックが隣で表情も変えず強い酒を飲むゼルネウスに告げる。

「あいつほど縛られるのが似合わない奴もいないと、俺は思う。アーシャを、頼む」

 その言葉に、彼は静かに頷いた。


「それはそれとして……この酒は高いんだぞ。ぐいぐい飲みやがって……もったいない」

 ザックは憮然としてその脇から酒瓶を取り上げた。




ナスターシャが旅に出る時、村人のほぼ全員が見送りに出て、彼女の門出を祝った。セルマと抱き合い射、それからクローディア、セリエと手を握り合って別れの言葉を告げる。



「半年後の、式には絶対、とはいえないけど、なるべく出るから!じゃなかったら何か送るから!!」

 そう宣言するナスターシャに、クローディアも笑いながら涙を零し頷いた。ザックが、彼女に告げる。

「いつでも、帰ってこいよ。そのための家は俺が守っておくからな」

 渋く言ったがなぜか噴き出され、拳を頭に落とすことになった。



 ゼルネウスにもう一度、娘を頼むとザックが目線で伝え、彼はしっかりと頷いた。



 ――――――これが、彼と彼女の旅の始まり。彼らは、ここから、長い長い苦難の道のりを、同じ志を持つ仲間を増やしながら歩んでいく。



 年月を経れば、人は歳を取り、それを取り巻く環境も変わる。ナスターシャは、あの流行病で命は落とさなかったものの、後遺症が残りぎりぎり日常生活が送るのがやっと、という状況で、故郷で静かに暮らしていた。


 城が堕ちた、との知らせを聞いた時、彼女は思うように動かぬ体と、果たせなかった約束を悔い、静かに涙を流したという。



 だが、彼女は常に前を向き、その後悔もひっくるめて受入れ納得して人生を歩み続けた、という。その最後は孫たちに囲まれながらの、幸せなものであった、とも。




 約束は、彼女だけのものではなかった。もし彼女がもっと若いままでいたなら。流行病に罹らず、五体満足のままでいたのなら。彼女はきっと、約束を守り、あの、最後の時にも、必ず来て、共にいてくれたに違いない。


 と、そう、城で彼女を知る誰もが――――――王でさえもが、それを信じて疑うことはなかった。

 ちなみに、祝宴は慰霊も兼ねて前半が外で、後半は屋敷内へと場所を変えて行われた。

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