番外 ひらりひらりと舞う 18
初っ端からやや暗めです。ご注意ください。
胸に痛みが走り、花びらと少女の群れを攻めあぐねていたクローディアは、はっと息を呑んだ。
ロッドに何かあった…………?
しかし今、この状況の中で、彼の元へ行くのは許されない。近くにはセリエが、向こうにはオッファ、バスケス、そして老衆の三人と守役たちが頑張ってくれている。
魔力塊を真っ先に破壊すれば、と考えていたけど、とクローディアはすっ、と大きく息を吸った。
「この際、手段は選ばない。目の前の敵を殲滅する。私たちなら、それは可能なはず!」
私たちって……その中に俺も入ってんのかよ。やめてほしいね、と気取られぬようかすかに呟いてオッファが、手近な少女の頭を掴み、首を刎ねる。少女は崩れ、花びらが舞う。すぐさま背後に別の一体が現れ、オッファの死角から、迫り、バスケスの風の刃に跳ね飛ばされた。
「トカゲの尻尾切りかよ……」
げんなりしながら、ステップを踏み次へ向かう。
「鉄の剣、か……剣技は落ちていないのだな。おまえは、能力がありながら、なぜ我が元を去った」
グリエルが困惑しながらも、棘に変化し、飛来した元・花びらを払う。
「飼い殺しはごめんなんで。おれの夢を奪っといてそれはないんじゃないんですかね」
皮肉げな笑みを閃かせながら、また再び別の個体へと向かう。
険しい表情で黙り込んだグリエルは、クローディアを見、
「奴に、なんぞ、条件を出したのか」
そう問いかけた。
「ええ。グリエル。この戦いがすべて終われば、ここを見張り続ける意味もなくなる。能力のある者を、無理に留める必要も、なくなるのです」
クローディアはそう微笑み、朱の炎でまわりを明るく激しく焼き尽くした。
黒光りするムカデは、顎をもたげたかと思うと、あっというまに長い体をくねらせ洞穴いっぱいに広がろうとしてきた。足元には倒れたロッドがいる。
「ゼル!」
叫んで同時に動き、ゼルネウスがその魔物の足を受け止め、ナスターシャがロッドを庇い、細心の注意を払い引きずりながらなるべく遠くへと移動する。
「ど、どうしよう、ゼル!ロッドが……!」
「落ち着け。そいつはそんなことで死ぬタマじゃあない。何か、手があるはずだ!勝算無しにやったわけじゃないだろう。おそらく、こいつの中で何かがずっと引っかかっていて、それで動いた」
無茶ぶりもいいとこだが、と手を休めず毒づき、ムカデの足を払う。
「何って、なにが…………」
慌てながらもいつのまにか鉤裂き跡が目立つ上着を急いで脱ぎ、包帯代わりに使う。
「埒が明かない……あ!」
未だじわじわと止まらぬ出血に、ナスターシャは、クローディアから渡され、ロッドが仕様を変えた、耳飾りの存在を思い出した。守り石でできたあれならなんとか……!!
守り石に力を籠めれば、もともとロッドのものであったそれは、すぐに馴染み、止血し傷を癒す。予断は許さない状況だけれど、これなら少しはもつはず。
守護のための簡易結界を張り、ロッドを脇に寄せる。それからナスターシャはぐねぐねと動くムカデの化け物を睨んだ。
ロッドはいったい何を感じたのか、とこれまでを思い描いてみるが、まったく見当もつかなかった。一度目を閉じ、あの時感じた映像、人の行いと、それに対する精霊の憎悪を細部に至るまでまざまざと思い出す。これを、知らないでいた村人にも伝えるべきだったのか――――――。
そして首を振って振り払った。……あの荒ぶる精霊を前にした状況では、例え真実を告げたとしても混乱を招く元にしかならなかった。もし、精霊と人とを天秤にかけるというのなら、あたしは人を選ぶ。何度でも、何度でも――――――。
「行くよ、ゼル!」
足を一本、また一本と関節から地道に斬り飛ばしている男に声を掛け、風を練り、くねるムカデに斬りつけるも、その硬質な体は、その刃をあっさり弾いた。
「うわっ硬ッ」
驚くナスターシャを余所にゼルネウスは腹へもぐりこみ、下から突き上げるようにその巨体に剣をめり込ませた。
ムカデが体をくねらしゼルネウスを跳ね飛ばす。二回深呼吸をして息を整え、ゼルネウスがいったん戻ってくる。
「まさかまったく精霊術が効かないなんて……」
焦りを滲ませたナスターシャの横で、
「……おまえは何のために弓を持ってきたんだ。飾りか」
不機嫌そうなゼルネウスが冷静に突っ込んだ。
「いやだって、多分矢も貫通しな……あ、そうか!精霊術を武器に纏わせればいけるかも!いいこと言ったねゼル!」
「…………」
それまで、弓の存在すら忘れていたであろうナスターシャに、ひそかにため息を吐き、ゼルネウスは再びムカデの動きを止めるためそちらに向かう。
「炎よ……破邪の刃となりて敵を打ち砕け」
炎の精霊にお願いするための言霊を口に乗せ、矢をつがいぎりぎりまで弦を引き、戦うムカデとゼルネウスの動きを読みながら、狙いを定め、後方、尻尾の辺りを射た。
赤く燃える矢が、ムカデの腹を捉え、炎とともに貫き、そこを逃さずその傷からゼルネウスが腹を斬り捌いた。
「やった!」
もう一度、と矢をつがえ、再び放つ。二度三度、と矢が体に突き刺さるも、ムカデは怯んだ様子もなく、激しく体をくねらせ、さらに攻撃性を増したように見える。
「しぶとい……」
「ムカデとはそうしたものだ。知っているだろうに」
と余裕のあるコメントを返しながら毒を持つ上顎をかいくぐり、ゼルネウスは矢の突き刺さる場所を的確に目指す。
ナスターシャはむっとしつつも無言で矢を構え、なるべく同じ場所に、と狙いを定め、ムカデの体を狙い撃った。
地上では、レブレンスとクローディアがそれぞれ異なる軌跡を描きながら、いくつも炎を操り、送り出していた。
波のように絶え間なく、美しく幻想的な炎舞のように広がり、花びらと少女の体を白煙と煙と変えていく。
セリエは彼らの補助をするため、めいっぱい水の精霊に呼びかけていた。寄せるのではなく、この場から引き離してより炎が起きやすいようにと乾燥させていく。
じわり、と陶器のような、無表情だった少女の顔に、焦燥が浮かんで消える。先ほどから厳しい表情でしゃがみ込み、腰を下ろしたまま動かないヘイグの元に一人が低く沈み走り寄るが、術を受け茶色く変色し、立ち枯れとなって消え去った。
花びらと、蔦と少女たちを阻むように、破砕するように、精霊術の波が、いくつも起こり、彼女たちを薙ぎ払い、消え去ってはまた生まれるを繰り返す。まるで、永久機関のように。
だが、術を繰り返すに連れて、老人たちの呼吸は荒くなり、クローディアの額にも汗が浮かぶ。人である以上、体力精神力には限りがあり、そして、相手の底は見えない。
そんな中でも、ただ、オッファとバスケスは勢いを殺すことがなかった。オッファは楽しくて楽しくてたまらない、というようにずっと笑いながら、少女の破壊の手を止めなかった。切り裂き、滅ぼし、また次へ向かう。
「おい、腕落ちたんじゃねの?精霊術に頼りすぎだろ。だいたいなんだよ、風破斬て。ガキの頃からネーミングセンス変わってねえじゃねえか!」
「うるさい。黙ってやれないのかおまえは!」
年のためかペースダウンし、離れたグリエルを尻目に、二人は動き、走り、斬り裂いていく。戦うことが本望だと言わんばかりに。
『…………』
さすがに危機感を覚えたのだろうか。少女たちの動きが変化した。バスケスとオッファの動きに合わせ、その数を増やし、じわじわと二人を取り囲む。
同時に、それを見ていたレブレンス、助けに向かおうとしたヘイグの足元から、蔦が噴き出した。急速に太く堅くなった枝は老人の体に絡みつき、下へ引きずり込もうとするもヘイグは蔦を枯らし、再び芽を出し始めた枝を斬り払うが、きつく甘い香りを強く吸い込み、ぐらりと揺らぎ急ぎ結界を張って遮断する。
レブレンスの傍にいたセリエは、彼を助けるため瞬時に水を集め、凍らせてその蔦を斬り裂いた。次の瞬間氷は水へ変わり、セリエの目を狙い貫こうとする。それをレブレンスが一気に熱を以って蒸発させ、二人は一度呼吸と体勢を整えるためその場から距離を取って離れ、結界を張った。
少女たちが傍で窺うも、ひとまずはいいだろうと、クローディアはそれを見、囲まれつつあるバスケスたちを見、疲れを訴える体に喝を入れ直そちらのフォローへと向かうことにした。
「ったく、しっつこいんだよ!」
這い寄る少女を蹴り飛ばし、バスケスが風で斬り裂くのを確認しオッファは次へと向かう。さすがに昔の名残りか、息が合うじゃねえか、なんてひとりごちながら少女を斬り捨て、踵を返そうとしたが、不吉な予感に慌てて跳び退る。しかし時すでに遅く、囲まれ、少女の一人に抱きつかれたかと思いきや、その体は太く堅くオッファを繋ぎ止め、その体は茨へと変化を遂げる。
ギリギリと縛られた腕を、血が流れるのにも構わず、無理やり持ち上げようとしたところでクローディアが助けに入り、その枝を焼き払おうと、炎を集中させた。
わずかに離れていたバスケスがまわりに集まる少女たちを相手取るが、先ほどとは違い、術が効きにくくなっている。剣と風とで一体をやっと倒すも、次がまた行く手に立ち塞がった。
クローディアがオッファの枝を焼き切るのとほぼ同時に、彼女たちは手を繋いだ。否、手を繋いだように見えたが、すぐさまその体は繋がり、堅く太い輪になって、オッファとクローディアの二人を包み込もうとした。
密度が高く、堅い。
焼き切れるか、と外へ意識を集中し出すクローディアとは対照的に、オッファは地上に出ていた精霊の力、ほぼすべてが押し潰そうと集まりつつあるのを悟り、ああこりゃ無理だな、と冷静に判断を下し、閉じ込められる前にと脱出した。
クローディアを囮に残して。
「……………!!」
巨大な、枝の絡み合った球体が、ギシギシとクローディアを押し潰す。守り石が彼女の代わりに砕け散り、死が間近に迫り恐慌状態に陥ったクローディアは、内側で、悲鳴を上げた。
悲鳴とともに高温の炎が堅く太い枝を焼き尽くす。それを見たセリエは慌てて炎を吹き出す彼女の元へ向かう。
「あ、あ、あぁあああああ」
セリエが炎を上げる彼女に抱きつき、水を呼び寄せ体温を下げる。このまま続けば、クローディアの体自体が炎を上げ、炭と化してしまう。
炎は辺り一帯に広がり、焼き尽くさんばかりに燃え盛っている。
「落ち着いて。落ち着いてください!」
炎によるダメージを大幅に受けたドリアードの化身は、それでも止まらない。残る体を掻き集め、巨大な木人を創り上げ…………好機と見たオッファが、そこへ飛び込み、淀んだ自身の、憎しみの塊というべき黒玉の力を、注ぎ込んだ。
巨大な木人が、黒く染まり、ブスブスと焦げつき、黒い小さな粒となって霧散していく。
「は、は、やったぞ!ざまをみろ!」
花びらが萎れて枯れ、変色してカサカサと乾いた音を立てる。
セリエはやっと落ち着き、気を失ったクローディアの、涙と煤を丁寧に拭い、自分の上着に包んで地面に下ろす。そこへヘイグが来てこちらも上着を脱いでさらにかけ、額に手を当て、
「気を失っとるだけだ。大事ない」
ほっと息を吐いた。
ははははは、やったぞ、と狂ったように笑い続けるオッファに、
「いい加減にしろ……!」
とバスケスが殴りかかろうとしたが、その前に、グリエルがその頬を張り飛ばした。
「恨みが、あるのは知っている。だが、おまえのやり方は、間違いだ」
グリエルが、地面に倒れ込んだオッファを鋭く見据え、そして、目を見開いた。
それは、ふわふわと浮く、小さな種がいくつも集まる塊だった。目に見えぬほどの大きさのそれ。
「くそったれが!ヘイグ、レブレンス!」
仲間の呼びかけに二人が応え、それぞれ手近な者を護ろうと結界を張る。
グリエルも結界を張り、それと同時に、種は種子を植えつけるため、破裂し襲い掛かる。オッファは精霊に忌避されているため、結界を張ることができず、表情を強張らせる。
グリエルは咄嗟に彼を庇い、それと同時に穢れの残り香に触れた精霊が小さく悲鳴を上げて消滅するのを感じとっていた。