番外 ひらりひらりと舞う 16
レブレンスが焼いたとしても、また新たな個体が現れ、手数は変わらない。
可憐な花びらは赤みが増して、こちらの視界を惑わせ、事切れたニクスの体を覆い尽くしていく。
もちろんその間も絶えることなく少女たちの襲撃は続いている。剣を振りかぶるバスケスの足に一人が蔦に姿を変え、巻きついたかと思えば、もう一人が茨へと変化し襲い掛かる。
「はッ舐めんじゃねえぞ!」
風破斬!と叫び風で少女の体を散らし、花びらから具現しようとする次の個体へ飛びついていく。
「く……なんとかこれで、」
セリエは、自分の操作領域をめいっぱい広げながら、屋敷、茅葺き、畑からめいっぱい鼠を集め、ギシリギシリと屋敷を締め付ける木の根に、向かわせていく。
ドリアードの一人がその光景を目に、悲しそうに首を振った。
『仕方のないこととはいえ……辛いわね』
かじられている根から細く鋭い棘が伸び、害獣とみなされたねずみたちを串刺しにした。血の滴り落ちるその光景は……凄惨としかいいようがなく、また、術の返しを多少なりとも受けたセリエの顔を蒼褪めさせた。
クローディアは先ほどから遠慮なく炎を踊らせ近づく‘彼女たち’を焼き払い、その近くでロイドが、
「ああ、わかった。花粉に微量な毒素が含まれていて、抵抗の弱い者から身体を侵しに来ている」
と声高に皆に告げた。
花びらが音の伝達を鈍くしているため、それは一部にしか伝わらず、離れた場所でやり合っていたヘイグが膝をつき、ぜぃぜぃと息を粗くした。
「く……やはり寄る年波には勝てんか……」
「何をいっとる。まだまだじゃないか」
レブレンスがそこへ近づき、灼熱の風を送り込み、できるだけ多く、とその体内の花粉を燃やしにかかった。
「しかしなあ……おいおまえら。少しばかり休んだらどうだ?」
グリエルが体を張って闘う残りの守役に声をかけ、一時的に休めるよう強力な結界を張る。
「ロッドさん!この毒はどうにかならないんですか!?」
セリエが叫び、背後であれ?あたしなんともないけど……とナスターシャが首を傾げている。
「‘精霊の愛し子’というのは術の行使がなくとも、加護をする精霊たちによって優先される。あと、結界は張れなくもないが、自らに微弱で構わないから風の守護をかけ続けるか、結界を張ればいいだけの話だよ。判断が足りない」
ふう、とため息を吐いた。
いつのまにか、バスケスでさえ、時折こちら――――クローディアと自分――――を窺っている。
「アーシャ、生命力塊の場所の見当は!」
「あ、それが……ここの少女たちのどれか一人に、生まれたり消えたりして捉えるのが難しいのが一つあって……もう一つは、あの木全体……とくに根元付近に」
話途中で威嚇とともに少女の一人が鋭い牙と硬い皮を持つ昆虫の群れに姿を変え、ナスターシャを襲うが、
「ふッ!!」
気合とともに風でそれらを斬り刻み、生き残りもゼルネウスが剣で一撫でし、吹き飛んだ。
そこまで聞いたロッドは、花びらの舞い散るその情景の外で、
「オッファ!」
「うわ、いきなりなんすか!」
ああうまい、なんて言いながら精霊除けの煙草を吸い、傍観していた男を呼びつけた。
「オッファ、僕はこれからアーシャたちと動く。クローディアを守護しろ!」
「見返りは?」
え、とセリエが声を上げるのとほぼ同時、告げられたオッファは冷めた顔で、即座に訊き返した。
苦い表情でロッドは炎を纏い、円舞のように周囲を焼き払う彼女の判断を仰いだ。
一つ考えがあるものの、これは一存では決められない。
「クロア」
「……わかったわ。オッファ、この事象すべてが終わりを迎えた時、あなたに村を辞する正当な許可をあげるわ」
彼女はわかっている、と頷き意思の強い瞳で返事をする。
「……随分気前がいいじゃないか」
やや警戒しつつも揶揄するように笑うオッファに、クローディアは澄まし顔で、
「このまま精霊に村を滅ぼされたら意味がないじゃない。いいからさっさと守りなさい」
「へいへい。承知しましたよお嬢様」
彼がそう言って肩をすくめ、
「いや、あたしはその方がありがたいけど……いいのかなーこれ」
自分とゼルネウスの元に来たロッドに、ためらいがちに言う。
「いいんだよ。老衆様方と、それに、セリエとバスケスがいるから」
その言葉にセリエは、引き留めかけた言葉を、悲痛な表情でぐっと飲み込んだ。
「ああそうだ。そこの人、鉄製の武器を持ってるだろう。こいつを使いなよ。武器にあてるだけでいい」
オッファからゼルネウスに、放物線を描きパシッと渡されたのは、黄土色と黒の混じり合ったような、奇妙な色の小石。
「……これは?」
「それはな、まあ、守り石みたいなもんさ」
「それは、どうも」
ゼルネウスが仕舞い込んだのを確認して、笑顔でシッシッと手で促し、木の目元へ向かう三人を眺めながら自分も懐から拳大のまったく同じ色をした石を取り出し、持っていた片手剣にあてる。その石から濁った色が、すぅっ、と少しだけ吸い込まれるように刃に宿り、その色を変えた。
鉄は、精霊の中でも自然に関係する精霊が嫌う金属。そして、オッファの溜めた力を映された今は、黒の混じる土留め色に鈍く輝いていた。
ナスターシャの案内で、木の根が密集する奥深くへ向かう途中、厳しい表情を崩さないロッドに、ゼルネウスが、
「しかし、敢えて手を放す、か。ロッドは、よきリーダーになるだろうな」
そう珍しく褒めた。
重要箇所へ向かっていて、常に敵襲は厳しく、あちこちを飛び跳ね糸を吐いてくる蜘蛛を斬りつければ、中からうじゃうじゃとさらに得体の知れない虫が飛び掛かろうとし……ナスターシャが慌てて焼き尽くしている、そんな中での言葉だったが、
「いや、それは買いかぶりすぎですよ。あちらとこちらで二分した方がいい、と考えただけで」
ロッドは憂鬱な表情のまま飛び交う魔物を避け、中央の神経核を狙い麻痺させて動きを止め、
「セリエとバスケスもね、優秀なんですよ。本来ならもっと能力を発揮できるはず」
「どうしてもね……クローディアと僕が並んでいると、他の人に安心感を与えるらしいです。僕たちがいれば、なんとかなる、というような」
でもね、と続けて、
「そんなことはないんですよ。僕だとて万能ではない。大分力を使い、かなり疲弊してきている。いちいち口にしないだけで。……もし、一見強力な力を持ち、頼れる者がいるばかりに、自己を高められず、寄りかかってしまう状態が続くというのならば。いつか、皆が潰れてしまうでしょうね」
「そんな……そんなことないよ。バスケスだってセリエだって、一生懸命努力していて……」
「アーシャ……人は慣性に従う生き物だ。常に足りないものが補われていれば、足りないということすら気づきにくいだろう」
「…………あたしには、よくわからないよ」
ナスターシャが途方にくれたように呟き、
「まあ、すぐにはわからなくても、そのうち、わかる時がくるよ。あ、こういうことか、ってね」
「むぅ……なんかよく聞かされる台詞だなあ」
口を尖らせながらも、こっちかな、と精霊の様子と精霊力の密度を確認しながら、なるべく自分と他の者の気配を殺し――――ロッドは自分で隠形の術を取っていたが―――羽虫や甲虫が何かを探すように飛び交う中を慎重に歩いていく。
やがて、木の根が塞がっている場所に出て、ナスターシャが、
「これは、あの時破壊できなかった塊の裏。この奥に、その生命力塊が連なっている」
と緊張の面持ちで二人に呼びかけた。
ナスターシャたちが木の根のあいだを探ろうとしていた時と同じくして、オッファが玉から力の一部を取り出し、武器へと移すと、ザッ、と音を立てそうな勢いで、襲いかかろうとしていた樹木の精霊が離れ、嫌悪の表情でその武器を窺い始めた。
『それは、なに』
不快感をあらわにしながら、玉に視線を奪われたままの少女の一人がオッファに問いかける。
「ああこれか。おれの、この村や、この村の精霊に対する長年の思いが詰まった代物だ。熱いぜ?」
「嘘をつくのは止めてください!それは、穢れ……こんなものをよくもこの村に!」
セリエが憤りをオッファにぶつけ、バスケスが気まずそうにその玉と刃から顔をそらした。
「あ?ここまで強力な精霊を目にしながら、のんきに胡坐かいてるガキが。えらそうな口きくんじゃねえ。帰ってクソして寝ろよ、このボケが」
「…………!!」
顔を真っ赤にしぶるぶると震えるセリエを前に、
「バスケス、口が悪い」
とクローディアがたしなめた。
しかしセリエも、伊達に要のメンバーをしているわけではない。すぐにオッファの含む意味に気づき、目を見開き動きが止まったかと思うと、その顔からさぁっと血の色が引いた。