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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
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番外 ひらりひらりと舞う 12

 クローディアたちが、ドリアードの長い話を聞いているあいだ、ナスターシャたちは気配を消しつつ樹木の生命力エナジー塊が強く感じられる場所のうちの一つへ急ぎ向かっていた。


 向かう道でゼルネウスは、

「……‘精霊の愛し子’が精霊を害したらどうなる?」

と疑問を投げかけ、

「どうなんだろ……やってみたことないから。いきなり守護を失うことはないとは思うけど……確実に精霊力ちからは弱まるかも知れない」

ナスターシャはそう応えつつ、彼の手を引きながら、家を半ば突き破る形で枝葉を伸ばす、一つの樹木の前でその動きを止めた。


「ここに一つ……って、あたしんちの裏の、ダグの家だけれども。あたしがここの表皮を突き破るから、その内側を斬り裂いて欲しいの」

 ゼルネウスに真摯に請う。


 結界をいったん破った後精霊力を押さえたのであろうそれは、ひそかに、他の樹木と変わらないように佇んでいた。

 ゼルネウスも、その場と同化しているような樹木を見つめ、眉を寄せながら、

「アーシャ……君はまだ幼い。十二、三と言えば、やっと一人立ちの準備をしかけた辺りだろう。そんな君がそれほどの責を負うのは、」

「ちょぉおっと待った!だ、れ、が十二、三よ誰が!ホンの数日後には十六になる乙女に対してそれはないでしょ!」

 憤慨してぴょこぴょこ動くポーニーテールに困惑しつつも、続けて、

「む……そうだったのか?まあ、さほど変わりはない」

「ぜんぜんっ違うぅう」

 頭を抱え、呻きつつも、ゆっくり蕾をつけ始めた樹木にはっとなり、

「いけない。今はこっちを優先させなきゃ。ゼル、これを破壊したからと言って急に何かが起こるわけじゃないよ」

 深く探りを入れなければ、その場と同化しているようにも感じられる、太い幹の横から半開きのドアが、キィ、キィと音を立てている。


 ナスターシャは、何の手段も取れなかったであろうもダグに少しのあいだ瞑目し、次いで地面の土を手に取った。

 この村全土に、ロッドの術の気配が色濃く在った。


 ナスターシャは、植え付けや休耕、忙しい鍛錬の合間を縫って、友人たちを引き連れ率先して家々の農作業の手伝いに来ていたことを思い出す。その合間に、守護の力を籠めた砂を少しずつ混ぜる姿をよく目にしていた。


「この村はまだ、昔からの精霊たちの絆が残っている。おまけに、親和性を高めるための術も全体に施されているから」


 そんなことにエネルギーを傾けていたせいで、ひょろりと頼りない体つきに、術力はいつも不足しがちになり、事情を知らない者には陰口を叩かれ、行いの意味を知る者でさえも、厄災に備える気概は大切だが、そこまでするか、と呆れかえる始末。


 そんな言葉に、ロッドは、耕して種を蒔き、水やりなどの手間暇をかければ、植物はきちんと育ち、実りは必ず返ってくる、それが好きなんだ、と笑いながら返していた。例え、すぐには見えなくとも、と。


 差は、大きいなあと拳を握り締め、ナスターシャは樹木にゴツッと当てる。

「やるから。その次をお願い、ゼルネウス」

「……ああ、わかった」

 彼が、剣を構える。ナスターシャは、破壊の力を一度溜め、その幹に向けて一気に解放した。



 村人が混乱に陥ったのを目の当たりにしたクローディア、そして制止の言葉と術が届かず悔しい思いをしたバスケスは、ぐつぐつと煮え滾る胸の内とは裏腹に、冷静に状況を視ていた。


「はっ、この未熟者たちが!」

 荒々しく叫び、力強い風を纏いながら、幻術にやられた村人を昏倒させていくバスケスの横で、

「急ぎ保護しなさい!」

とクローディアが指示を飛ばす。


「クローディア様をお守りしろ!」

 幻影で勘違いしたまま叫ぶ幾人か村人と、草や蔦の傀儡に周囲を守られ、余裕の笑みを浮かべるドリアードの化身は、羽が生えてでもいるかのごとく滑るように動くと、その足元から伸びた草木が動けない村人を絡め取ろうと枝を伸ばしていった。


 クローディアは怒りを籠めて彼女の意志に沿う末端の蔦を焼き尽くす。滲む汗を拭おうともせずもう一度。


 破壊の円舞のように踊る炎をものともせずにいた少女は……突如顔色を変え柔らかな面立ちを厳しくしたかと思うと、ふっ、と姿を消した。


「なんなのかしらいったい……」

 唖然としてクローディアが呟いたが、気を取り直し幻覚を助長させる花々を焼き払い、倒れ伏す村人へのフォローへとまわっていった。遅ればせながら、別の場所で他の村人たちを助けていたそこにセリエが合流し、わずかに生き残った狼たちを使い、種を植え付けられた者そうでない者とを嗅ぎ分けさせ、運ばせていった。

 クローディアの術は未だ解かれておらず、ちろちろと炎の舌が緑と薄桃色の絨毯を舐め取っていく。充分だと判断したところで、

「セリエ、お願い」

「はい、任せてください!」

セリエが局地的に霧雨を降らせ、炎を消し止めた。



ナスターシャが樹木をその内部まで大きく破砕する。その生命力エナジー塊は剥き出しになったところでゼルネウスの剣によって斬り裂かれ、彼女はその憎しみを映したような黒くにごった塊が、インクのようにどろりと溶けたかと思うと、霧のように外気に触れる傍から蒸発していくのを目撃した。


「う……気持ち悪……」

 首を振って映像を振り払い、気を取り直す彼女の前に、忽然と萌ゆる緑の髪をした少女が笑顔を浮かべ、その瞳だけはぎらぎらとはしばみ色に輝かせながら出現し、その腕を伸ばす。同時に鈍く黒銀色に光る剣がその二つの腕を薙いだ。


 ぼとり、と落ちたそれは、枯れ葉のついた大枝に姿を変え、少女は再び手を生やしゆっくりと笑みを浮かべてくる。

<‘精霊の愛し子’が精霊を傷つける大罪を犯すなんて……その覚悟はできているのかしら>

 ナスターシャは緊張に顔を引きつらせ、黙って頭を垂れた。

「許しを乞うなどとは致しません。あたしは、‘精霊の愛し子’であると同時に、一人の人間ですから」

<罪深き者よ……その命を以って贖いなさい>

「ふっ……ッ」

 ザシュザシュザシュ、と、ナスターシャに伸ばされた枝葉が刈られた。

「何を、のんびりしてる……ッ」

「ゼル……ごめん。あたしは」

 泣き出しそうな表情のまま、彼女はドリアードの化身に向けて指を伸ばす。もはや怒りを隠そうともしていない彼女に向けて、一気に灼熱の炎を解き放った。



 ゆらり、と体が燃えるように熱く、時にひどく冷たい。手を見れば轟々と音を立てて炎が燃え盛っていた。

<あれ……どうしたんだっけ>

 視界が真っ赤に燃えて、朧げに燃えている。涙も、汗も蒸発して流れることもなく、どんどんと体温が上がっていくのを感じていた。


 バシィッ


「おい!しっかりしろ!」

「あ……あれ、ゼル……」

 頬がひりひりして、顎の辺りに痛みが走った。相当強く衝撃を与えたらしくジンジンする。


「おまえの存在が薄れて……炎と同化するのかと思ったぞ」

「あ……ごめん」

 ナスターシャは素直にゼルネウスに謝った。


 小さく、誰かに呼ばれた気がして、ゼルネウスから離れ、燃え尽きたタグの家の跡先を見れば、そこにうっすらと、実体を伴わないロッドの姿があった。


 彼は何も言わず微笑み、その心を宥め慰めるようにポンポンとナスターシャの髪を撫でてから、最近では多くなった厳しい表情をさらに引き締めてゼルネウスを見据え、続いて、

<ゼルネウスさん。これまでの非礼は詫びます。すみませんでした。そして、誠に身勝手なお願いとは重々承知してはおりますが……我々に、貴方のお力を、お貸し願いたいのです>

そう言いながら、深々と頭を下げた。


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