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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
277/369

番外 ひらりひらりと舞う 10

戦闘シーンがあります。ご注意ください。

 突如風のように姿を消した彼女は、少しも経たないうちに、再び舞い戻ってきた。


「ゼル、急ごう。こんなところでのんびりしている場合じゃない。このままだと、この村は壊滅する」

 真剣な表情で腕を引くナスターシャに、ゼルネウスは顔をしかめたままこめかみを揉みつつ、

「ナスターシャ……まったく話が見えない。先ほど、何があった?それに動きが……精霊の力、とやらか」

 こうしちゃいられない、というようにうずうずしていたナスターシャは、垂れてきた髪の一房をすくい、頷いた。


「あたしは、“精霊の愛し子”だから。精霊の愛し子は精霊から祝福を受け、何よりも精霊に近く在り、その言葉を伝える仲立ちをする。ここは精霊守護の村。この村は、ずっと、ずっと、それこそ曾曾祖父母よりも前から、ずっとそうしてきた。精霊の長が、人を見限る前までは」

 そこまで言ってくしゃりと顔を歪めた。

「もっと早く気づいていれば……ううん、でも多分これは遅かれ早かれ起こり得たかも知れない。もう何代か前から……この国の王は力を求め、土地を削り取り、魔素を枯らす勢いで貪り集め、消費している」

「その行いが、精霊の怒りを買った、と……?」

「そう。魔素……精霊の力、気、呼び方は何でもいいけど、とにかくこの地のそこかしこに溢れ、大地を形づくる根源みたいなもの。土地の資源を無理に掘り出し開発したこと、巨大な、兵器とさえ言えるほどの魔具を長年に渡り研究し創り続けていること。それらが起因となり、この状況を招いた。元凶は、その行いをしてきた人にある」

「それでこの事態か」

「うん……気づくのが遅すぎた。でも、気づいていてもどうにもならなかったかも知れないね……人の欲求には終わりがないから」

 ナスターシャの瞳から、幾筋も涙が流れた。


「それで、その精霊の怒りとやらを静めるには、どうすればいい」

 冷静にゼルネウスが問い……ナスターシャが首を振る。

「方法はないよ。だからこそ、これまでこの村は精霊の長を封じ込め、外に出ないよう必死で食い止めてきた。少々の犠牲は仕方ない。放置すれば、もっと大きな災厄を招く」

「なるほど。事情と、切羽詰まった今の状況は理解できた」

 それで、おまえはどうする、とゼルネウスは問いかける。

「どうもこうもないよ。あたしは人である以上、今必死で食い止めている人たちを放棄ことはできない。荒ぶる精霊の長を止める。どんなことになっても」

 ただただ悔しいのは、と続けて、

「もっと、修練積んどけばよかった……自分のことで手いっぱいでいるあいだに、随分と時間が過ぎて……それが今は悔しいよ。これほど強大な相手に挑むには、あたしの力はきっとまだまだ及ばない」

「それでも、やるしかないだろう。それで、具体的には何をすればいい」

 冷静な姿勢を崩さないゼルネウスに、深呼吸をして、一つ頷くと、

「これから、相手に気づかれないように、“彼女”が力を分散させ、巧妙に隠し蓄え持つ箇所を探り、破壊して力を削ぐ。本体は森の奥深くにあるといえども、手足を削がれれば出て来ざるを得ないと思うから」

 少し疲れた笑みを浮かべ、

「幸いなのは、この村は昔から土地の精霊と馴染み深く、まだ一部が力を貸していてくれていることかな。同情か親愛か……それで、なんとかしのげてるから。……行こう。長引けば長引くほど、犠牲が多く出てしまうから」

「……ああ」

 ゼルネウスはナスターシャに視線を合わせ、力強く頷いた。

「そういえば。あたしのことは、アーシャでいいよ。親しい人は、みんなそう呼ぶから」


 息をするように周囲に漂う精霊の状態と力の起伏を探索し、より大きなエネルギーを探り当てる。

「こっち、かな」

 ぐ、とゼルネウスの手を掴み、そちらへと意識を向ける。次の瞬間、二人の姿は風のようにその場から動き去っていた。



少しずつ、夜の闇が忍び寄っていた。


ひとしきり動ける者たちに‘炎の癒し’を与えた後、クローディアは厳しい表情で蔦で覆われたかつての村人を視た。そして、首を振る。


「やはり、駄目ね。……頭の中にまで根がはびこってるわ。焼けば、人としてのその存在を失う」

「なんとかならないのか!こいつは、いつも熱心で……村を護るため、何ができるか常に考えてた。こんな……」

 他から悲鳴のような叫びが上がる。


 クローディアも沈痛な面持ちで、はびこる根を排除するには炎を走らせるしかない……激痛、破壊……人の脳は、それだけの衝撃に耐えられるほど強くはない。それに……このままで済むとも思えない。いっそすべて焼いた方がいいのかも知れないわね」

 そのクローディアの言葉に、誰もが沈痛な表情で俯いた。


 切れそうなほど唇を噛み締め、自警団の一人が言う。

「利用されるよりはこいつは死を選ぶ。それは違いない。しかし、草と一体化し動かぬ像となった者はこいつ一人じゃないぞ。なぜか今は襲撃が間遠だが、いつまた再び同じようになるやもわからん」

「焼き払うにしても、何か引火を助ける物が必要ね。……小さな樹木ならともかく、生木は燃えにくいから……そして、炎が必要以上に燃え広がるのを防ぐ必要もあるわ」

「引火剤……油か」

 ふ、とため息が落ちた。すでにロッドは、それらを集めるよう伝達を走らせている。同時に少年少女隊といるバスケスにも連絡がいった。



 その時バスケスは、足を例の種にやられ、身動きの取れなくなった少年をなんとかしようと苦戦していた。足から根が張り、地面へと繋ぎ止められた少年は蒼褪めたまま首を振り、

「もういいから。置いていってくれ」

と押し殺した声でそう願っていた。


 テュロスはすでに他の動けるメンバーに、老人や幼子など、戦えない者たち同様に結界の最も強い村長の屋敷に避難するよう指示を出し下がらせているが、まだ意識ある者をどうして置いていけるだろうか。


 護りながらの戦いは、バスケスも手を貸しているものの、どうにも動きが取り辛く、そこにロッドから、バスケスに連絡が来た。


「ここを放置はできん」

 大規模に焼き払うためには、風の術に長けた者が必要不可欠だとの話だったが、バスケスは首を振った。しかし、ロッドもそれは予想済みで、うっすらと姿を形作り、

〈どのみち彼らには炎の術に長けた者が必要だ。ここは僕が守護を預かるから、バスケスはすぐクローディアの元へ向かってくれ〉

「はッ。村のもんはあまり炎の術が得意な奴はいない。あてはあるのか?」

〈……ナスターシャを呼ぶ。彼女が来るまでは僕がなんとかしよう〉

「ああ……あいつか」

 いまいち不安そうなバスケスに、オレも残る、とテュロスが宣言した。動けぬ者たちは黙って涙を流している。


 バスケスは迷いを見せたものの、ロッドの判断を信じ、すぐさまクローディアの元へ向かっていった。



 荷車に油を積み、村長の屋敷へ向かうザックとセルマたち一向は、しかしその荷の重さゆえに、歩みは遅々として進まなかった。運んでいる物の重要性を知ってか、間遠だった蜘蛛の襲撃も激しさを増し、その度にザックが力を振るいセルマとその夫が炎を静める、という役割を担いじりじりと進んでいく。


 いい加減へとへとに疲れ始めてきた時、遠くから何かが驀進してくる音が聞こえてきた。

「ザック、その荷を早く皆の元へ!」

「な、なんじゃこりゃあ」

 セリエが狼に轡を咬ませ、手綱を取り、ソリ……というのも憚られるような板を引かせ、自身がそれに乗り、勢いよくこちらへ向かってきていた。


「ぶっ……セリエすげえなおい」

「笑っている場合じゃありません。荷は一足先に運びますから、後から来てください」

 セリエは言うなり、荷台を狼の引く紐に括りつけ、犬ゾリならぬ狼ゾリにして、手綱を取り、ビシッと鞭をしならせ、瞬く間に土煙とともに走り去っていく。

「よくやるよ……」

 土と、風の精霊を同時に操り、荷にかかる衝撃を最小限にしてのその動きに、感心しつつ、

「じゃあ、俺らは魔物を焼きつつのんびり向かうか」

とセルマたちに声をかけて、北の屋敷を目指し進み出した。


 ロッドが急に行方をくらませたナスターシャたちの居所を掴もうと奮闘しているあいだに、クローディアの元へ、油と、風を操るバスケスが辿り着いた。


 すぐさま彼女は炎の精霊たちに請い、バスケスと協力し、周囲に油を撒きつつ、一気に炎の環を作り中心から外側へと躍らせた。


 太い木の幹に火が移り、風に乗った油と絡まってすぐに大きな炎へと変わっていく。辺り一面焦土と化しそうなその炎の勢いを、あらかた樹木を焼き尽くした時点でバスケスが風を操り、弱めていく。


 完全に炎が下火になり、ひと息ついたクローディアたちの目の前に、再びあの、ドリアードの化身が読めない微笑みを浮かべて出現していた。


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