番外 ひらりひらりと舞う 9
戦闘シーン有です。
ザックとセルマ、ヨハンらは、家の結界を頼りに敵の数を減らそうと粘っていたものの、上体が人型のおかしな蜘蛛の群れが現れた時点で、村長宅へ向かう算段をつけ始めていた。同じように考えたのか、小走りで蜘蛛を薙ぎ倒しつつ進む姿がちらほらと見受けられた。
「えげつねえな」
そのうちの一人を庇い、村の見まわりをしていた狼の一頭が、弾丸により草まみれになって打ち倒れるのを目にしたザックが舌打ちし、一旦自分の家に戻ったかと思いきや、何やらガッチャガッチャと音をさせ、手押し車を引きながら再び戻ってきた。
「よく何事もなく戻って来れたわね」
セルマが訝しみ尋ねると、
「虫は全般的に煙が苦手なんだよ。そんなもん知ってるだろ?」
ザックがそう返してきた。荷台には瓶や樽、壺などが積まれている。
「……ひょっとして油?」
「そうだ。こんなこともあろうかと、蓄えてたのを全部出した。ヨハン、セルマ、俺がなるべく多くの魔物を巻き込んでぶっ放すから、延焼を防いでくれ」
「うわ……本気なの」
驚き呆れるセルマの横でヨハンも頷き、
「セルマ……もはやここも危ない。長い道のりを突破するにはそれしかないだろう」
そう断言した。
彼女は一瞬目を閉じ、空を仰いだが、
「わかったわ。周りは任せて」
ザックを見、しっかり頷いた。
こちらにもくれ、と小さな思念が遠くから届き、林の向こうで合図をする男たちに、セルマは風に乗せ油瓶を数本思いっきり投げてやり、自分たちも、と必要最小限の物だけをバッグに入れ背負う。
そして手押し車を引き、白い体を持つ蜘蛛たちを焼き払いながら、村長の屋敷のある北側を目指していった。
あちこちで起こる押し殺した叫びがナスターシャにも届いていた。のっぺりとした人蜘蛛の魔物は順々に増え、それに伴い村人たちの怖れ、苦痛、怒りといった感情の揺れが伝わってくる。
「ゼルネウス……その魔物はおそらく、弾ける前に上と下とを切り離せばなんとか……」
「呼びにくければ、ゼルで構わない」
両手で足りないほどの魔物が向かってきている。火を風を使い、蜘蛛のスキュラたちを焼き払いながら、無茶な要求をしていると思いつつもナスターシャが声を絞り出すと、ゼルネウスはさもそれが自然であるかのようにわかった、と頷き、きっちりと上体と蜘蛛の境目を狙い、斬り裂いていく。
被害が拡大している。それは、精霊たちを使うまでもなく感じ取れる。速く速く速くと願うのに、足は思うより動かず、術の行使もままならない。
それでも常人よりは倍のスピードで歩んではいたが、ナスターシャがいきなり立ち止まって振り返ったため、ゼルネウスもいったん足を止めた。
「ゼル……あたし、あたしも本気を出す。大丈夫だとは思うけど、修練も積んでるけど……でも、一応お願い。暴走しそうになったら、殴りつけてでもいいから、止めて」
まったく説明もなしの、その言葉に、ゼルネウスは首を傾けていたが、やがてしっかりと頷いた。
「任せておけ」
ナスターシャもその力強い言葉と眼差しに頷き、やがて腕に嵌っていた紐をほどき、静かに地面へと落とした。
カンッカンッカンッカンッ
途端に甲高い金属音が響き渡り、頭がガンガンと割れるように痛み出す。
かすかにゴウンゴウンゴウンゴウン……と何かを運び出す滑車の音も聞こえてくる。
「あ、ぁあ、くっ」
大丈夫か、と抱き止められた声が遠い。
視界は真っ黒に染まり、村全体を憎悪の塊が取り巻いていた。
憎い、憎い!なぜ、なぜ奪われなければいけない!?なぜ仲間が枯れ、彼らが死に絶えるのを見届けなければいけない!?
あやつらのせいだ…………なぜ気づかぬ。なぜだ。こんなにも呪わしい行いをしておきながら…………。
それは、いくつかの鉱山、と呼ばれるものだった。かつて自然にあふれていた場所は、木々が斬り倒され、山が崩され土や砂が持ち運び去られて見る影もない。狭い空間でたくさんの人間たちが穴を掘り、鉱石を運び出す。
剥き出しになった大地から、毒が流れ、水に混じり、水源からゆっくりと侵されていく。
なぜ彼らが、なぜ、なぜ、なぜ…………!!
魚が白い腹を見せて浮かび、流れていく。もはや山には生物の影もない。ただひたすら、土が削られ、鉱石が掘られ、じりじりと運び出されていく……………。
すべてはいくつかの山で、急速に行われた。おそらくは国を挙げての命令なのだろう。踏み荒らし掘りつくし、無くなれば次へ向かう。
ゼルネウスは困惑していた。突然雷に打たれたように跳ね、倒れた少女は腕の中で痙攣し、涙を流している。唇が、助けて、と声なき声を上げていた。
ナスターシャは理解した。これは当然の行いだと。一つの生物が増えすぎ、毒を撒き散らすならば、淘汰するのが自然の流れ。天敵がいないのならば、自らが動き出すまで、と決意した樹木の精霊の長の心持ちを。精霊の愛し子とは、本来物言えぬ精霊のために、代弁するのが務めである、ということを――――――。でも、それでも。
静かに耳をすませ、村の現状に目を向けた。精霊が遣わした魔物と戦い、決死の覚悟で止めようとする村人たちを。クローディア、セリエ、バスケス。ロッドの気配もあちこちでする。村人の被害を最小限に、と出来るだけ手を伸ばしているその姿を。そう、あたしは――――――。
「あたしは人間だよ。残念だけど、人間なんだよ?」
ナスターシャが泣きながらゼルネウスの腕の中で身を起こした。突然そう言い出した少女に、訝しげに眉をひそめ、
「……ああ。それ以外の何かには見えないが。何が残念なんだ?」
とどこかずれたような答えを返した。
「うん………だからさ。村の皆を助ける、ってこと」
ナスターシャは微笑んで、自分の足で、起き上がる。
「急ごう。随分時間を取っちゃった」
「ああ。そうだな」
ゼルネウスは首を傾げながらも、頷いた。少女を抱きかかえながら魔物を防いでいた剣を再び構え――――――風のような速さでその身から飛び立ち、先へと走り去った少女の後姿が消えるのを見、こめかみをじっとりと汗が伝うのを感じていた。