番外 ひらりひらりと舞う 4
苦々しい表情のラグールの後ろから数人の男たちが現れ、キーツを取り囲む。
「おい、連れてけ。まったく、勘違いの挙句暴走しやがって」
そして、ちっとは尻尾を出すかと思ったが……とゼルネウスに射殺しそうな眼差しを投げた。
「あいつをそそのかし、どうするつもりだった」
「……何も。迷いがあるようだったので、提案をしただけだ」
「それが余計だと言ってる。おめえ、ここの規則も全部無視してぶち壊すつもりか!」
ラグールが声を荒げた。こいつは、ここで殺しておいた方が安全なのではないか……そんな考えが頭をもたげてくる。
ガサリ、と茂みを掻き分ける音がした。
「うわ……お取込み中かー」
ナスターシャは睨みあう二人を交互に見、ふ、と息を吐いた。
「何しに来た。キーツならもう連れていかせたぞ」
目線を外さず言うラグールに、
「キーツ?え、あいつ、何かしたの?ていうか、どうしてここに?」
思わず首を傾げ、キーツもむくわれねぇな……と失笑を買った。
「よくわからないけど。ラグール。知ってのとおり、もう結界に猶予がない。あたしは、村長の許可を得て……こいつを連れ出しに来た」
ナスターシャはそう真剣に言う。
「は!?ふざけんな、こんな不審な男に村をうろつかせる気か!?」
ラグールが激高して叫ぶ。てめえ何考えてる、と唸り、念のため背後の護り兵に小さく合図して構えさせたその時、
「……残念だけれどねえ、朝そう決まったのよ。この男を見極めるために」
どこからともなく、クローディアが現れ、そう微笑んだ。
「ラグール。これは要石である私たちの決定。あなたの仕事は評価しているわ。でも、一時この男の身柄を預けてちょうだい」
「く……姐さんがそう言うなら、返す言葉はねえ。連れていきな」
だがな……とラグールは続けて、
「絶対に村人とは会話させんじゃねえぞ。無駄な不和を招く」
「……了解」
「あと、念のため監視は残す。じゃあな」
俺もやることがいろいろあるからな、とそう言い捨て、もうこの話は終わりだと言わんばかりにその場を去った。
「馬鹿ね。さっきのあれじゃあ、さすがにラグールが気の毒よ」
クローディアがナスターシャをたしなめる。
「精霊に感謝しなさい。不穏な空気を知らせてくれたから」
「うぅ……ごめんなさい。言えば反対されるかと思って」
しゅん、と肩を落としたナスターシャの頭をぽんぽんと撫で、
「別にやりたいようにしていいから。そう朝に宣言したのだもの。ただ、やり方に気をつけなさい。誰にだって立場、それから面子というものがある」
そう柔らかくナスターシャを覗き込んだ。
「はい……すみません」
「わかればよろしい」
そう笑って、今度はゼルネウスを見、
「あなたがどんな力量を持ち、何を考えているか知らないけど……この村は本来精霊守護の村。そして、勝手な行動は許されないし、できない。それを肝に銘じておくことね」
「こんなことをしてもいいのか?彼女も、貴女もそうだが……」
「それはあなたに関係ないわ。無駄話の時間も無いし」
ナスターシャに、またね、と手を振って、素早く姿を消した。
後には姿を見せない監視と、ナスターシャ、ゼルネウスだけが残される。
「じゃあ、村をひととおり見せるから。ついてきて」
説明は無しか……。ゼルネウスはこれから取るべき道について頭を巡らせつつ、頷いた。
静かな村の中、ナスターシャが彼の先に、案内に立つ。わかっていたことだが、不審、問いかけの視線が半端ない。事情を知ろうと、術を使い精霊を寄せる者もちらほらいた。
ゼルネウスは……薄々勘づいてはいたが、実際に小屋を出て、村の一番片隅で、ほぼ軟禁扱いだったことを再確認して、内心苦笑した。
少し、前進したか……?
そう考え、改めて村を眺め、すぐさま他の一般の村との差異に気づいた。
まず、村人の話し声が異常に少なく、そして、本来遊びまわっているはずの、子どもの姿がまったく見られなかった。
村人は誰しも胡乱げにこちらをちらりと見つめ、家のまわりに縄を渡したり、地面に何本も線を描いたりという作業へ戻っていく。
途中、それまで姿を見なかった子どもの集団へと出くわした。
彼らは駆け足でどこかへ向かっており、
「お、余所者!さっさと出てけ!」
「何見てんだよ石投げっぞコラァ」
そう口々にこちらを囃し立てたが、
「おい、無駄口叩くな。行くぞ」
はい、はいはい、とめいめいに返事をして、真剣な表情に戻ると、再び駆け足で去っていった。
子どもというのは、時に大人の心理を映し、その心を正直に代弁する。
「どうして、私に村を?どうも君たちには歓迎されていないようだが」
かねてからの疑問を口にすると、
「さあね……溺れる者は藁をも掴む、という心境なのかも。ただ……現状を、なんとかしたかったから」
半目になりながらのわりとあけすけな返事が彼女から帰ってきた。
「あんたの強さって……どんぐらいなの?どうしてまた国王から頼まれるまでになったのさ」
ナスターシャの問いかけに、ゼルネウスは真剣に悩み込み……
「正直、よくわからない」
そう彼女の斜め上の答えを返した。
「よく分からないぃ?いったいどういうことなの、それ」
ナスターシャが訝しげな顔をする。
「金を稼ごうと、がむしゃらに剣を鍛えた。数え切れないほどの魔物を倒していたら、いつのまにか噂が立ち、最強だと謳われていたんだ」
「なるほど……?わかったような、わからないような」
「私の家は貧乏で……私が物心つく頃には、弟が人買いに売られていった。一家もろとも餓死寸前だったから、泣く泣くだ。そしてしばらく年月がたち……妹が生まれた」
ゼルネウスは黙って空を見上げ、
「先はもう見えていた。弟と同じ道だ。私は剣を鍛えた。それしか方法はなかった。魔物の討伐は金になり、その皮、角、爪……さまざまなものに付加がつく。数え切れないほど倒して、家に金を入れた」
「そう、だったんだ……その妹さんは、今は……?」
人質とされてやしないだろうか……なんて思いながらの問いかけだったが、
「もういない。病で死んだ」
「あ……っと……ごめん」
「いや、いいんだ。最後に、感謝されたよ。こうやって医者にかかることができるなんて、昔は想像もできなかった、家族に見守られて、こんな幸せなことはない、ありがとう、と。私には過ぎた、できた妹だったよ。……売られていった弟のことも探し出した。ある、商人の見習いとなっていて……まあ、こいつにはもう来るなと言われたがな。貧相な家の出だと思われたくない、と。まあ無事だったんだからいい」
ふう、とため息を吐いて、
「だからかな。私はもっと高みを目指したかった。強くなり、かつての自分のようにどん底で喘ぐの人々が少しでも減るようにと……そう、努力し続けていたら、ある時、上から声がかかったんだよ」
「…………」
ナスターシャは珍しく、眩しいものを見るような目で、彼を見た。彼女が気づかないうちに、羨望とかすかに嫉妬の色が混じり合う。
「あんたが、こんな場所に来させられた理由が、なんだかわかったような気がする」
ふ、とわずかに顔を歪めて視線を外した。
……正しく強い者は、いつだって誰かの憎悪の対象となる。
「どうして、あたしにこんな話を……?」
「私の力は、誰かの助けとなるためにある。もし、必要ならいつでも力を貸したい、そういうことだ」
自分でもクサい台詞だと思うのか、やや照れたように視線を外す。
ナスターシャはそれに、心が揺らぎ、ひそかに深呼吸をした。
「残念だけど。そんな風に人を乗せようったってそうはいかないから」
「うーん、そうか?私は一人でも信頼できる仲間が欲しいから、いい手だと思ったんだがな」
ははは、と笑った。
そのくったくない表情を隣で眺めながら、ナスターシャはここで初めて、ラグールがなぜ、村人会話させるな、といったのか理解した。この男はおそらく、知らず人を巻き込み、この先、常に嵐の渦中にいるに違いない……、と。