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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
268/369

番外 ひらりひらりと舞う 1

 戦闘シーンと残酷表現有です。ご注意ください。

 ――――始まりは、突然だった。


 かつて精霊を守護し、そして今なお、その暴走する力を封印し、ともに歩み続けているあたしたちの村へ、先触れなくやってきた、異郷よその者。そう、救国の英雄、ゼルネウス。





 古代の大陸、中央都より遙か遠く西方の地。その森の奥深くには古の精霊が棲まうという。――――――そして、その地には、それを守護する民が存在し、近づく者には容赦しない、とも。


『古の精霊はすでに狂い、いつ民に迷惑をかけるかも知れぬ。ゼルネウスよ、名声たかきそなたに、その討伐を命じる』

『……御意に』

 名が売れ、いつのまにここまで来てしまったのか。


感慨深い思いを抱きつつ、大陸の王に命じられるまま、西方の地へ向かったゼルネウスは……しかし、その禁域に辿り着く前に、何度も自身の暗殺、という凶事に見舞われることとなった。



 旅途中の襲撃は厳しく、宿で安らぎを得る暇がない。

 彼らの目的は不明瞭。吐かせようかと捕らえても、毒を飲んで自害する始末。

 先の見えない状況に神経をすり減らしながらも、粘り強く旅路を続け、ゼルネウスはなんとか五体無事に精霊の気配が色濃く残る西の地へ辿り着いた。


 襲撃人数は少しずつ減って来てはいるものの、予断は許さない状況で、そんな断続的に起こる襲撃の合間を縫うようにして周辺の村々に聞き込みをし、かの地へのおおよその見当をつけた彼はあくる日、夜明けとともに、暗く木々が生い茂り、入る者を拒むという森の中へと進み、先を急いでいた。


 かすかに風が揺れる。ごくわずか、歪な匂いとともに、吹きつけるような殺気が――――――。


「……ッ」

 難なく避けたが、そこにいたのは樵、という風情の男。しかしその目つきの鋭さは尋常ではない。「その動き……またしても黒き生業、か」

 休息もままならなくなって久しいゼルネウスはふ、とため息を洩らした。

「なぜ私の命を狙う」

「…………死ね」


 人目もなく遠慮はいららんとばかりに、茂みに、他の木々に潜むのが十数人ばかり。

矢を、剣を凌ぎ切り抜けたが、数と疲れもあってさすがに無傷ではいられず、頬にかすり傷を負った。


「…………化け物め」

 依頼達成が叶わぬ、と判断した彼らの足は速い。物言わぬ仲間を残し、すぐにその場を去る。

 追おうとしたが、疲れが出たのだろうか。足元がふらついた。


 やがて、悪寒と燃えるような熱を感じ、じわりと嫌な汗が浮かぶ。

「毒か」

 疲れが素早く的確な判断力、思考能力を削り取っていたことを思い知らされたが、彼は落ち込む暇でないとすぐ気持ちを切り替えた。


……これまでのものより体へのまわりが速いが、あいにく、薬草は切らしている。


 ある程度ならまだ動ける、その事実にわずかな望みをかけながら、彼は再びの襲撃を警戒しつつ、例の場所へ方角を定めてじりじりと進み、やがて草地にどう、と倒れた。


 禁域を守る森の民、と人に畏怖される存在であっても、人には間違いない。彼らは、穏やかに日々を営み、侵入者に警戒しながら、森、その最奥に結界を張り、常にその傍で見張っている。


 主として、その厄災を外へ出さないために。



「うわ、こりゃ毒だな死んでるよ。どうするー?」「おいおまえら!アーシャ姉ちゃんだ!知らせて来いや!」

「阿呆、まず自警隊だ。すぐに行け」

ゼルネウスが次に聞いたのは、自分を取り囲む年端もないであろう子どもたちの声だった。


 傍目からは分からぬよううっすらと目を開ければ、警戒して弓矢を構え切っ先を向けているリーダーらしき少年と、こちらを囲み、木の棒でツンツン、とつついていた子どもたちが見えた。

 殺気がないのを確認し、ゼルネウスは浅く意識を保つ獣の眠りに入る。


 取り囲んでいた集団は、リーダーの言葉にわっ、と散り、一部が駆け足で村へ知らせに向かう。


 リーダーであるテュロスは油断なく弓を構えて見回し、周囲に危険がないかを確かめた。


 この男の起きる気配は今のところない。

 息はあるようだが、面倒ごとは厄介だ、どうせならこのまま毒で死んでてほしい、と願いながら待つ彼らの耳に、やがて風と、軽やかな足音が届いた。


「テス、ゴメン遅くなった!そっちは無事!?」

 現れたのは、くくった焦げ茶の髪を揺らしている、新緑の少女。誰よりも早く来た彼女に、しかし少年隊のリーダーは呆れた半眼を向ける。

「……また置いてきたのかよ」

「いやだって、皆遅いし」

 ナスターシャは澄まし顔でそうけろりと言った。


「これだから加護持ちって奴は…………」

 首を振る彼、テュロスを脇に、すぐさま駆け寄り、毒の種類を見て取ると、腰のポーチから小瓶を何本か取り出し見比べた。

「……で、処置は?水を飲ませるとか」「オレたちが解毒なんざ持ってるわけねえだろ。見張りだけで手一杯」

「もう、ここでこんなのに死なれちゃ厄介だって、何回も話してるのにぃ」

「でもよ、死んどいてくれた方がいいんじゃね?」

 テスの率直な台詞にナスターシャが答える前に、自警隊の面々が到着した。


「おい、アーシャ。非常事態には集団行動を取れ」

 先行くなといい放つ顎ひげの体格のよい男は転がる男に舌打ちし、嫌そうな表情を隠そうともせず、

「解毒は?」

「今やったとこ」

「この分じゃ命は長らえるだろうな。くそ、死んでも生きてても厄介な輩め。おい、運べ」

 しゃがみ込んで状態を見、後ろの、すでに上着を脱ぎ二本の槍に通し担架を作る男たちに指示を出した。

「結界内でもざわついてやがる。別口かも知れん」

「皆そろいもそろってこんな片田舎に」

「無駄口は止めろ。戻るぞ。おいテス、よく知らせてくれた。おまえらも一旦引き上げろ」

 自警隊の面々が周辺を調べるのと引き換えに、少年たちが村へ戻っていく。


 ちりちり、と不穏な気配の漂う空気の中、ナスターシャは問うが、地霊も風霊も、何も語りかけては来なかった。



 ゼルネウスが次に気づいた時、そこは狩猟小屋の粗末なベッドの上だった。隣には、13、14歳ぐらいであろうか。弓と背中に矢を装備した少女がいて……慌てて起き上がろうとして、思い切り埃を吸い込んでしまった。


 ゴホゴホと咳き込む彼に、やっと起きたかーとナスターシャが気のない声で、

「ドリアードの村へようこそ。まったく歓迎しないけど」

と言った。



「ここは……精霊守護の村、か」

 呟いた彼の言葉に、ナスターシャの眉間のしわが深くなるが、ゼルネウスはそれに気づかない。

「だとすれば、話は早い。私は王命を受け、ここに来た。かの、狂気の精霊を倒すため、貴方に協力を願いたい」

真っ直ぐな春の青空色の瞳がナスターシャを射る。しかし、彼女は首を振った。


「いきなり出逢ったばかりの少女になに言ってっかなあ?

あたしを味方につけようってんなら的外れ、っていうかそもそも方向あってもないし」

 ふ、とため息を吐いて立ち上がると、いったん半開きのドアから顔を外へ覗かせ、二言三言伝言をして、また戻ってきた。


「そもそも。なんであんたここにいんの?ここらで聞かなかった?立ち入り禁止の森、意図して入れば容赦しないって」

さらりと告げる。

「わかっている。だが、私は、命を受けた。すぐにでも村長に話をつけたい」

 力強く言う相手に、内心うわめんどくさそう、と思いつつ、

「無駄なことはしない主義だから。ま、一応話は聞くよ」 あ、これ食べといていいから、とライ麦パンにチーズ、水を渡され、ゼルネウスは急に空腹を思い出した。

 同時に、なんともいいようのない怠さが体に這い上り、再び寝台へ倒れ込む。

「私は……どれだけ寝ていた?」

「二日。毒も大分引いてる。途中で起きたけどほぼ意識朦朧状態で要領得なかったし」

「そうか……」

 そこまで話していると、重い足音とともに、顎ひげのある屈強な男が、小屋の中に入ってきた。急に室内が狭く感じられる。


「起きたか、厄介ごと。まずはここに来た訳を訊こうか」

 ドサ、と年輪のくっきり浮かぶ丸椅子に座り、ラグールと男は名乗る。


 ゼルネウスは落ち着き払ってその探るような視線を受け止め、

「私はゼルネウスという。王により命を受け、この地に棲まうと言われる、悪しき精霊を退治しに来た」

と、そう宣言した。

 キィ、とかすかに音を立て扉が開き、入ってきた自警団の一人が黙って小屋の隅に控えた。


 ナスターシャはよっぽど、あんた阿呆じゃないの、と言おうかと思っていた。その王命ってつまり、行って来い、帰ってくるな、ってヤツじゃ……。


 ラグールが余計なことは言うな、と目で訴え、ゼルネウスに向き直る。

「招かれざる客と言えど、傷ついた者を放り出すわけにもいかない。

あんたは毒で体をやられ、疲れている。まず治癒に専念することだ。回復したら出ていって貰うが、な」

 水色と灰の混ざり合ったような色が揺れる。

「私は疲れているわけでは……」

 彼はそう身を起こしかけ、急に眩暈を感じたらしく、ドッ、と粗末なベッドに倒れ込んだ。


「無理をしないことだ」

 ラグールから薬湯を渡され、まわりにじっと見守られる中それを一気に飲み干し、すぐに薬の作用で眠りについた。


「やたら躊躇なく飲んだが……まったく途方もない間抜けか、豪胆なのかわからんな」

前回は意識不明のまま無理やり飲ませたんだったか、とラグールがぼやき、先ほど控えていた男に、

「急ぎじゃねえようだが……いつまで控えてんだ」

としかめ面で呼びかけた。


 男ははっとした様子で来て耳打ちし、ラグールの顔に緊張が走ったかと思えばすぐに苦い顔になる。

 それからナスターシャに、

「アーシャ、他に任せて帰ったらどうだ。客人も眠ったことだし」

「うん、そうしようかな。こいつには何人つくの?」

「とりあえず五、か。今はまだいいが……こいつはおそらく名のある剣士だろう。クソッたれ。……それに、まずいことに」 

重い息を吐くと、

「禁域への侵入者は全滅した。結界の意味もわからん余所者め……。わざわざ供物になりにいくとは。また追って通達が出る。最悪の事態も考えねばならん」

 休眠を取るゼルネウスを忌々しげに睨みつけてから、

「潔斎を始めてくれ。他の何人かにも布令を出す。後はこいつの様子を見るなり、話を聞くなり、好きにすればいい」

そう言ってさっさと小屋から出ていったので、ナスターシャも、それに習う。


「……いいんですか。聞いていたかも知れませんよ」

 心中穏やかでない、といった伝令の男に、ナスターシャはいいのいいの、と笑い、

「わざわざ口に出したのは牽制のためだから。おまえの仲間は来ない、っていう。まあ本当に眠てたのかも知れないけど」

「………」

男は眉間に深々と皺を寄せ、ふぅ、とため息を一つ残し去る。


 ナスターシャも、とりあえず家帰るからさー後お願いね、と見張りに挨拶して、次第に日の傾く中、家路を急ぐことにした。

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