エリザベスとテリーと、ナスターシャ 3
戦闘シーンがあります。ご注意ください。
来る。
エリザベスとテリー、そしてナスターシャが分かれ、再び動き出す。シャロンは力を溜め、身を低くしてこっちを睨む二頭と、ナスターシャ、彼らのおおよその位置を捉え、一気に風の刃を解き放った。
しかし、当たってもさしたる変わりはなく。
やはり効かないか……連戦続きな上、戦いにくい相手だが。
そう必死に考えを巡らせるシャロンに、アイリッツが合図し、手を上げてスーッと横に動かしてみせた。
おそらく派手に動き、彼らの視界を塞げということだろう。
シャロンは一度思い切り風を溜め、一気に解き放つ。風は近くの木々の葉を揺らし、枝を切り刻み、大地を削り取る。その隙に、何を思ったのか、アルフレッドへと何事かを話しかけ――――――間を置かずして殴り倒されていた。
「何やってるんだ、あいつは」
てっきり攻撃か何かを仕掛けるものとばかり思っていたのに……。風で無駄にその辺を掻きまわしただけか、とシャロンはがっかりしつつも剣をかざし、体勢を整えつつ吼えながら襲い掛かるテリー、そしてエリザベスの爪と牙を防ぐ。
何か、相手の動きを鈍らせることができれば…………!!
至近距離から一気に風を溜め、二頭を弾き、距離を取った。
アルが来たので先ほどの出来事を尋ねれば、
「ずけずけと気に食わない、嫌なことを言われた」
と低く唸るように返してくる。
「……そうか」
多少気にはなったが、緊迫した状況もあり、それ以上の追求をやめて、速く捉えにくい動きをする二頭を目で追いかけた。何か、風を使い、動きを止める方法を、と再び考えながら。
樹木からシャロンたちの様子を窺っていたナスターシャは、ふと、彼女たちに張られた結界の外側の空気の濃度が、気づきにくい程度に少しずつ、少しずつ下がっているのに気づいた。さっと小さく呪文を呟き、すぐに風を一新させる。
シャロンは特に反応も見せず渋面のまま何かを真剣に考えている。
無意識か……と一人ごち、ナスターシャはそれに向かい矢を構えた。
「ここか」
その声はすぐ横で聞こえ――――――音も立てず気配も悟らせないよう隣に出現したアイリッツが手を伸ばし、ナスターシャを捕獲する、その直前に、彼女は琥珀色の液体へと姿を変えた。
「うわ」
べっとりした樹液を全身に浴び、アイリッツは枝の上でその動きを止めた。
「本当に何やってるんだあいつは……」
シャロンはなんとなくとりもち式の罠にかかる虫やねずみ等の害獣を思い出した。いやしかし、ひょっとしたら相手を油断させるアイリッツの作戦かもしれない。
もう奴の変な行動は気にしないことにして、こちらを狙い打ちしようと寄り来る魔狼を見据え、アルフレッドと離れ、相手を挟む形で立つ。地を蹴り、剣で斬りかかるのと同時に、さらに大地に浅く亀裂を走らせ、土を砕いた。
濛々と上がる土煙の中、風を纏い、かすかに見えるテリーへと狙い斬りつけ、同時に牽制のため風の刃をエリザベスへ解き放つ。
〈土礫〉
ナスターシャの呪文とともに、浮き上がった礫が向きを変えシャロンを襲うが、それを風を使い防ぎ、きりもみ状態で落ちるように降下する。
「はっ!こんなものでオレは止められない!」
樹液のべとべとからなんとかアイリッツが復活し――――――まだ葉や小枝がくっついてはいたが――――――ナスターシャへと剣を振りかぶり、
「あんた、実は阿呆だよね」
彼女の身代わりとなった土塊がその攻撃により砕け散り、同時に重量を伴って彼へと降り注いだ。
「くっ……さすがに強いな」
なんとか避け、ふらつく足取りで隣に来たアイリッツが悔しそうに呟いた。
本当に油断させる作戦なのか……?
シャロンは、だいたいの性格を掴んではいるとはいうものの、疑いの目をアイリッツに向けた。奴は、妙に楽しそうな表情をしている。
ナスターシャは、少し離れた場所で、アイリッツの動きを観察し、そこから読み取れる思考を冷静に分析していた。
…………誰かが抱くほんの小さな希望。人の、奥底の欠片の願いが具現化したもの。そうあろうと望むもの。
時に予測できない結果を招くこともある存在は、できれば近づきたくはない、とナスターシャは慎重に距離を取った。
テリーが吼えた。口から吐かれる砲撃は、閃光を纏う。エリザベスも同じように、いや、波状形に変えて同じように咆哮した。
光の波が辺りを打ち、薙ぎ払う。シャロンは結界を作り耐え、アルフレッドに対し風により倍速をかける。
「ふっ。まだまだ!そちらと同じ手でいくぜ!」
アイリッツが手をかざすと、大地から礫や木片が浮かび上がり、嵐のように渦巻きナスターシャに襲い掛かった。
「くッなんか屈辱!」
ほとんどごみ、塵、芥に等しいそれらがナスターシャを巻き込んでいく。そして、突如動きを変え、鋭く矢のように、ナスターシャ、という中央の一点へ飛来していった。
ナスターシャは風を止めようとしたが、その顔色を変える。これは、風ではなく。細かな砂塵、礫その他を操っているのは、アイリッツの籠めた力そのもの。
ナスターシャがその攻撃を塞ぐのにかかりきりになったその瞬間。シャロンは、風にありったけの力を籠め、エリザベスとテリーへ向け、解き放った。
鋭い切れ味を持ったその刃は、彼女の意思を汲み、その仲間以外のものすべてに叩きつけられた。防御された彼らには効かないが、怯ませるには充分なその威力。
アイリッツのものと同じ土煙を伴う竜巻ともいえるほどの強風の中、相殺されないようにと、アイリッツが塵の竜巻と土と風の竜巻のあいだに結界を張る。
ナスターシャの意識がアイリッツの方へ向いたその瞬間。シャロンは、風にありったけの力を籠め、エリザベスとテリーへ向け、解き放った。
鋭い切れ味を持ったその刃は、彼女の意思を汲み、その仲間以外のものすべてに叩きつけられた。防御された彼らには効かないが、怯ませるには充分なその威力。
土煙と竜巻ともいえるほどの強風の中、低く這いにじり寄るように来たアルフレッドが、力を溜めてテリーを狙い、斬りつけた。一撃はかすり、エリザベスが小石交じりの砂嵐をものともせず割って入り側面からガバリと口を開く。
即座にアルフレッドが身をひねり、シャロンが風で、その追撃を後押しした。
瞬速の動きに捉えられ、エリザベスの上顎から頭蓋にかけてが斬り飛ばされ、大量の血飛沫が上がる。致命傷、だった。
「ッ!ベス!!」
ナスターシャが叫び、同時に塵を粉砕し燃やして寄ろうとするが、アイリッツがその道を塞いだ。
「しつっこい!」
ナスターシャが、渾身の力でその炎をアイリッツに叩きつけた。彼が結界を張り、それを防ぐも、その後ろでは状況は動いている。
テリーの口が開き、至近距離からアルフレッドへ向けて衝撃波が放たれた。シャロンが咄嗟に風の結界を張るが、防ぐのにも限界がある。
シャロンは吹き飛ばされ、大地に叩きつけられた。受身を取るアルフレッドに、テリーの牙が襲い掛かり、彼はガチリと喉笛を捉えられ振られて噛み千切られた。
終わった、とテリーは思ったのだろう。獲物を振り落とし、踵を返そうとしたところで、飛び跳ねるように起きたアルフレッドに、もっとも毛が薄い腹から剣を突き立てられ、ザザシュッ!と鈍い音とともに切り裂かれ、どう、とその巨体を地面に投げ出していた。
「…………!!」
名を呼びたいが声にならず、ナスターシャは喉を振るわせる。いつもそう。大切なものを失うときは、なんで自分がここにいるのかわからなくなる――――――。
気がつくと彼らから、大分離れたところに移動していた。ナスターシャはぐいっと零れた涙を拭い、強く彼らを睨みつける。叫んだその言葉は、砂嵐に巻き込まれ、届かない。
そして、ナスターシャの意思を汲んで暴れていた風が止み――――――。
後悔に苛まれながらもなお、彼女の瞳は澄んだままで、その命そのもののように強い輝きを失ってはいなかった。