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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
266/369

エリザベスとテリーと、ナスターシャ 2

 直接の風が効かないなら、先ほどのように間接的に使うしかない、アルたちと連携を取って……。


 シャロンの思考を遮り、ナスターシャの声が響く。


〈真夏の太陽、光のしるべ〉、閃光シャイニング慈雨スコール


「ッ!」

 驟雨スコールの名のごとく、ただでさえ視界の悪い森の中に音と光の雨が降り注ぐ。シャロンはなんとか自分自身に風の結界を張り、目をきつく閉じて視界と音の遮断を防ぐ。


 風の結界を張り、塞がれた視界の中、間髪入れずすぐさま外へ向けて風の結界を弾けば、隙を突こうと迫ってきたテリーの動きが一瞬止まる。怯んだのもつかの間、魔狼は、ぱかりと口を開いた。


「っそったれッ!」

 風の結界を再び張り、至近距離からの咆撃を防ぐも吹っ飛ばされ、樹木の幹に体を叩きつけられる。


 しきりに頭を振るアルフレッドをカバーしていたアイリッツが、エリザベスに斬りつけ、

「シャロン!大丈夫か!?」

と叫んだ。


 はっ、とアルフレッドが反応し、いったん背を低くししゃがんで回復を図る。地面に伝わる振動を感じ取り、アイリッツと戦うエリザベスの足の方向へ剣を斬りつけた。


 ギャゥ! ……ゥウウウウ


「おいアル!無茶はするな!」

 慌てたアイリッツがその腕を引っつかみ、エリザベスの飛ばす衝撃波の射程から放り出した。アルフレッドはバランスを取り体勢を整え立ち上がり、

「だいぶ、回復してきた」

とアイリッツから一歩分離れた後方へ立ち、再びエリザベスに対峙した。


 木に激突したシャロンが痛みを堪えながらテリーの爪を避け、彼と戦うあいだ、ナスターシャはひそかに動き、突き立った矢を縫いて手早く矢筒に戻していた。こうやってこまめに回収しておかないと、あっというまに尽きてしまう。


 こうして準備をし、また次の手を打つ。


 木陰から目をやり、遠くのアイリッツが気づき、振り返るのと同時に、ナスターシャは、その矢をつがえ、封じの力を纏わせて引き絞った。


「甘い」

 呟いてアイリッツはボウガンをすっと取り出し、ナスターシャに放つ。予め設置されていた矢は、ナスターシャより速く放たれ、彼女は舌打ちしながら構えを中断し燐光を放つその矢を避け、防御結界を張る。木に突き立ったその矢、それがただ光るだけの矢であったことにむっとしつつも、すぐさま身を隠し、別の矢を引き絞り、今度は空へ向ける。


「〈白き蒼きもの。凍てつく牙となりて徒なせ〉」


「おまえら頭上に気をつけろよ!後から来るぞ!」

 アイリッツが叫んで牙を剥き襲いかかるエリザベスを剣で受け止める。細く鋭いその黒茶の瞳の上に、ピシ、と横に筋が入った。ゆっくりと皮膚が裂け、血が滴るような赤がその隙間から覗く。


 ォオオオオン


「“ガルム”か……」

 冥府の番犬とされる魔物。唸り声とともに発揮される、人を恐怖に陥れる魔眼の威力は、残念ながらアイリッツには効かなかった。


 まあ、シャロンたちにも効きにくいだろう。何せ、魔力耐性があり、これまでの経験値がある。


 アイリッツが一度身を引き、一気に叩きいれると、横からアルフレッドの剣がその首を狙う。


 シャロンはエリザベスと向かい合い、そこに生まれた赤い瞳に驚きながらも直視しないよう剣を構えつつ目を逸らし、風を練った。


「〈地霊よ、声に応えよ……くうを裂け〉」

 ズズズズズズ、と足元の地面が揺れる。


 アルフレッドがバランスを崩し、顔を歪めつつそれでもテリーの体を浅く捉えた。


「っくそ!おい、上がるぞ!」

 アイリッツが剣を振りかぶりテリーの追撃を牽制すると地面を蹴り、アルフレッドとともに近くの枝に跳び乗った。シャロンも不穏な気配に溜めていた風を自分の周りに張り、結界を作る。


 振動していた大地が浮き上がった。硬く隆起した土の刃が下から、エリザベスとテリーだけを避けて他へと襲いかかり、シャロンは風を強めてひとまず枝へと跳躍した。


 ドドドドドド


 激しい音を立て、氷塊の矢が、上から降ってきた。同時に、横から威力を秘めた矢がアイリッツを狙う。彼がそれを防ぐあいだ、シャロンたちは、地面と空の両方から挟み撃ちにされ、避けきれず手ひどく傷を負う。


治癒ヒーリング!」

 まったく、しょうがねえなとばかりにアイリッツが力を使う。トン、トン、と二頭がナスターシャの元にいったん戻り、互いの視線が絡む。


 こんなときに、何か、何か他の技が使えれば……!


 シャロンはふと、シルウェリスが最後に残した言葉を思い出した。が、この状況で、その曖昧な表現から何かを生み出すのは無理だと、却下した。


 何かないか、何か……!!


「……これでは、決定打に欠けるな」

 アイリッツがぼやいた。彼は、力を温存する方向で動いている。ナスターシャは、こちらと戦う意思は見せてはいるが……なんとか、話をつけれないだろうか。


 こんな戦いは無意味だと、声高に告げられたらいいのに。


 シャロンはもうそれが、無意味だと知っている。互いに背負うものは多く数知れず、ここで互いに止まれるほどに軽くはない。


 口を開きかけ、結局何もいえずに閉じた。


 ナスターシャは、シャロンたち三人の様子を窺い、そして、魔眼の生えたエリザベスたちをじっと見つめ、

「シルウェの薬か……彼らの意思と馴染んできたようだけれど」

それでもやはり、相手の方が圧倒的に力量が上だということには変わりない、とそう推察した。


 ワレ……ラハ……ゴシュジンノ……カタキヲ、ウツ


 咆哮とともに二頭は牙を剥き出し、唸るように宣言した。


「な……しゃべったのか!?」

 シャロンが驚き、続いて、

「主人というのは……」

と疑問を思わず呟いたのに対し、

「あー、そうだね。この子たちは、ジゼルが特に、可愛がっていた子たちだから」

律儀にナスターシャがそう答えた。


 彼女はその二匹の滑らかな毛並みを撫で、鼻先を掻いてやりながら、これでいいのか、と再度自問する。


 仕方のない、仕様がないこと。自分が望むのはその先だから。ただ、ずっと傍には――――――。



 ナスターシャの、強い意志の宿る、雨上がりの森のような瞳がシャロンたちを見返した。何をいったい望むのか、その思いは、変えられそうに、ない。


「……シャロン、腹を括れ。こいつは、全力を出さず勝てる相手じゃない。オレたちもここで留まるわけにはいかないだろ?」

 アイリッツがそう淡々と告げ、シャロンはきつく拳を握る。


 彼女から、理由わけをちゃんと聞きたかったが……。


 何も言わず、いや、言えずに剣を抜き、そこに手を当てじっと悲しみを堪えるシャロンの肩を、アルフレッドが二度、慰めるように叩いた。


 それから無言で鋭い眼差しをアイリッツに投げかけ、ナスターシャに空気が震えるような闘気と殺気をぶつけ、剣を構え臨戦体勢を取る。


 ぴゅうっと口笛を鳴らし、そっちも気合充分みたいだね、とナスターシャがからかい気味に声をかけ。


 エリザベスとテリーの首筋をそれぞれ叩いて、

「―――――行こう」

そう、呼びかけた。


まだ震えているシャロンの眦から、ぽつ、ぽつりと涙が、零れて落ちていった。



〈炎よ、纏わり来たりて刃と化せ〉


 ナスターシャは弓を引き絞り矢を放つ。火矢はこれまでと同じように、シャロンたちに降り注ぎ、その隙に攻撃を―――――仕掛ける、はずだった。


 その矢はすべて、届く前にしゅるしゅると炎が縮まり細くなって消えていく。


 炎を伴わなければ、矢はただの矢でしかない。降ってきたそれを、やすやすと斬り落とし、爪を、牙を剥くエリザベスたちを迎え打つ。


アルフレッドには溜める時間を。アイリッツには風の加護を。


 シャロンは剣を構えた。自分自身にももう一度風による加速ヘイストをかけ、獣の素早い身のこなしにより近くなる。


 ―――――ジゼルの、敵討ちか。


 やるせなさを胸に抱えながらも、今さらだな、とシャロンは一人ごちる。ここまで、どれだけの者たちを乗り越え、踏み越えてきたのだろうか。


 倒すしか他にすべはない。ただ、この戦いを、こういった存在ものたちを、きちんと胸に留めておこう―――――。


 風を操り、剣の威力を増せば、返る手応えが増えた。唸り声を立てたエリザベスを追随しようとして、矢があいだに割って入るように体をかすめ、通り過ぎていく。


治癒ヒーリング!」


 再びナスターシャの声が響き渡った。



 風が、アイリッツとアルフレッドの行動を、後押ししていた。時に守るように、時にサポートするように。




 シャロン、そしてアルフレッドもそうだが、あそこまで使い手と魔導具とが密に繋がれば、もはやそこに予備動作を必要とせず、思いはそのまま力となって具現化する。


 アイリッツはそう、余裕のできた頭で、考える。右手で“穀潰し”を持ち、左手は空けて、その指先は同じ動きをなぞっている。繰り返し繰り返し―――――陣を描くように。


 シャロンの場合は、優しさが枷となり、その攻撃を制限していることが多い。もちろん、それが彼女の美点いいところでもあるが。


「まったく、被ってるのもいいとこだぜ」

 そうぼやきながらこっちを常に警戒しているナスターシャを見やる。……似通った性質、また、考えを持つ者同士は、なまじ相手の手の内が読めてしまう分、慎重にならざるを得ない。もちろんあっちが一番距離を置いておきたいのもオレ、という存在に違いない。さて、どうするか……。



 アルフレッドの剣が、テリーの体を大きく切り裂き、鋭く切羽つまった悲鳴を上げながら魔狼は跳び退いた。こちらも、前よりずっとキレのある動きをしている。表情は、そう変わらず飄々としているが。


 ……ひょっとして様子見しつつ、シャロンが覚悟するのを待っていたのだろうか。


 アイリッツは、心中うんざりしながら、

「でろ甘………」

苦々しい表情で、ひそかにそう吐き捨てた。

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