エリザベスとテリーと、
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彼女が、例の手紙の張本人だとは思うが、しかし、なぜ……
シャロンは、浮かび上がった問いかけに首を振る。いや、彼女の気持ちはわかる。おそらく彼女は、仲間に殉じようとしているに違いない。
…………そうはさせない。
シャロンはきつく瞳を伏せ、再び開いてアルフレッドとアイリッツの双方に目線で合図をする。
求めるのは彼女の確保。聞きたいこともある。ここで、彼女のその望みを叶えるわけにはいかない。
アイリッツの目が面白そうに輝き、アルフレッドはわかった、と意思の強い視線を返し、軽く頷いて見せた。
今までの経緯を思い出し、アルには幾分か不安を覚えるが、まあさすがにそこまでは大丈夫だろう、とシャロンは前を向き、燃え盛る炎のように逆立つ毛並みのエリザベス、テリー、そして二頭の頭を撫でるナスターシャを睨みつける。
彼女に撫でられながら気持ちよさそうにするその首には、よく見ると名前の彫られた首輪がつけられているのが目に入った。
ナスターシャがポスポスと二匹の頭を撫でてこちらを見返し、ひとつ頷いて、
「打ち合わせは終わったかな。それじゃあ、いくよー」
特に気負いのない台詞と同時に、戦いは始まった。
ゴォウウ!!
ォオオオオ!!
獣が吼える。力強く。黒っぽい姿といい、巨大さといい、魔狼、という言葉がしっくりくる。
ナスターシャは後方に下がり、歌うように、祈るように、何か、を口ずさんだ。
巨体が跳ね、こちらへと飛び掛ってきた。シャロンは風の刃を作り、二頭へぶつけるも、わずかに鼻にしわを寄せたのみで速度が落ちることはない。
「風か。速度の増幅がかかっているな」
アイリッツが呟き、喉笛へと食らいつこうとするエリザベスをひらりと避け、双剣で狙い討つ。同時にシャロンにも襲い掛かってきたが、こちらは風を溜め強く跳ね返した。同時に、ナスターシャを重い鈍器のような風の刃が襲う。
「あたしに風かー、ナ・ン・セ・ン・ス!」
ナスターシャは機嫌よさそうにひらっと手を振った。風の刃はほどけて宙に散る。
「っ!」
何も見えなかったが……何か術を使ったのだろうか。
警戒しつつ、じっと目を凝らすと、
「あー、シャロン。多分あいつに風は効かないぞー」
アイリッツがすまなそうに声をかけてくる。
「そういうことは、早く言え!」
ビュウと風を切り襲い来るテリーの牙と爪を避けながら、シャロンが叫ぶ。そして自分とアルフレッド、アイリッツに、あちらと同じく追い風をかけ、動きの速さを増幅する。
「アイリッツ!何か他にわかることは!」
「あいつは弓だけでなく、魔法全般いける口だ!」
「ちょっと待て、洒落にならんぞそれ!」
叫びながらもシャロンが再び襲い来たテリーに対峙し、アルフレッドが隙をついて横合いから体勢を整え斬りつけたが、斜めに避けたその見事な毛並みがそれを防ぎ、そのままテリーはくるりと身をひるがえし、こちらに再び吠え立ててきた。
ォオオオオゥ!
ゴォオオオォ!
二頭の放つ衝撃波がビリビリと襲い掛かり、一瞬動きを止めたシャロンたちを狙い、矢が幾筋も放たれてくる。
恐ろしく正確なそれは、迫る二頭の合間を縫い、こちらを射抜こうと目掛け、シャロンは風を使い、アイリッツとアルフレッドもそれぞれ剣で払い、あるいは裂いて打ち落とした。
コォオオオオ!!
エリザベスが吼え、口から光線のような灼熱色のブレスを吐いた。
「増幅!」
ナスターシャが叫び、さらに矢をつがえた。
〈炎よ。火矢となりて落ちよ〉
その炎は何十倍にもなり広範囲に渡って辺りを蹂躙する。瓦礫の一部は燃え、一気に場の気温が上がり、シャロンは流れ落ちてきた汗を手の平でぬぐって髪を払いのけた。
熱い、と呟くアルフレッドの言葉を耳で捉え、風を使い熱く膨れた空気を一新する。しかしそれも一瞬で、炎の勢いとともにすぐに熱気が戻ってくる。
「シャロン、風で煽るなよ」
「わかってる!」
剣を使い辺りの空気を薄くし、炎の勢いを弱めていく。
「よし、ここは頼んだ」
そう告げてアイリッツがテリーの攻撃をかいくぐり、ナスターシャへ肉薄する!
しかし彼女は、その剣が届く直前、自分とアイリッツのあいだに風の障壁を張り、お互いを弾いて距離を取った。
「あれは」
「ああ。私がよく使う手、だッ」
炎が下火になったのを確認したシャロンがアルフレッドと共同し、エリザベスとテリーを迎え撃ち、なんとかエリザベスの背中に傷を負わせた。何度か斬りつけてはいるもののしかし、どうも硬い毛皮のせいで上滑りしやすく、致命傷までは至らない。
《破邪の矢よ。猛き力を纏い雷と化せ!》
ナスターシャは‘力ある言葉’を紡ぎ矢を放った。その矢は雷光を纏い、こちらへ跳躍する二頭を避けて宙を舞う。
「風よ!」
シャロンが風の盾を頭上に張り、その幾筋もの雷の矢を防ぐ。同時にビリビリとした痺れが体を流れ、地面へと伝っていったが、耐えられないほどではない、と息を吐いた。
アイリッツとアルフレッドが向かい来る二頭の牙を受け、その鼻面狙い斬りつけた。傷を負って少しだけ動きが鈍くなったエリザベスにかすり、キュッと小さく悲鳴を上げる。
「うわ、痛そ……」
ナスターシャが呟きつつ、再び矢をつがえたが……未だ燃え広がる炎に、一度息を吐いた。
そして彼女は、詠う。恵みの雨を請うために。不可思議な旋律が流れ、ラスキが逝ってから曇りがちだった空に急速に暗雲が湧き、突如として激しい雨が降ってきた。
雨はナスターシャと、エリザベス、テリーだけを避け、大地に、シャロンたちにも激しく降り注いだ。
「せこいぞおまえら!」
アイリッツが大声で異議を唱えれば、
「はいはい、普通普通。敵にサービスなんてしないしない」
即座に答えが返る。
大雨の中、視界の悪さに警戒しながら、シャロンは剣を使い、自分たちにかけていた風を強化した。少し調節しながら服もついでに乾かした。
「お、サンキュ」
「……」
二人からお礼の声がかかった。いや、アルは無言なんだけれども、雰囲気的に。
ナスターシャは、この隙にとエリザベスの傷を癒し、雨が少しかかったのかブルブルと毛並みを震わせ水を跳ね飛ばす二頭を眺めながら、しばし考えた。
この場所は、どうも無味乾燥に過ぎるし、こちらには不利。さて、どうするか――――――。
雨はすぐに止んだ。そして、あちこちに散らばった瓦礫や木屑から、やがて木の芽が芽吹き、ぐいぐいと上へ向かって背丈を伸ばしていく。
って、どういうことだこれは!
シャロンの心の突っ込みを放置して、芽吹いた木々はみるみるうちに大きく太く、幹となりさらに上へ枝葉を茂らせ始めた。
突然に木があちこちに生えた。シャロンは驚き表情が固まったままで見上げていたが、慌てて口を閉じ、
シルウェリスの時も思ったが、まったく、魔法ってヤツは……!!
舌打ちしながら剣を構えた。森、とまではいかないが、草木の生えた演習場は、強烈な違和感を感じさせる。
ああやっぱり落ち着く、と呟いている相手にはまだまだ余裕が見える。
シャロンは疲れと眠気でやや苛々としながらアイリッツに、
「リッツ!もう少し活躍できないか!」
と叫んだ。
「おいおい、まったくアルと似たようなこと言いやがって……。善処はするが……どうすっかなー」
あいつ、オレと被っているんだよなあ……無駄遣いはちょっと……とよくわからないことをぼやく。
「ちまちまやるから、おまえらも頑張れ」
そう言ってなぜか双剣の片方、‘倹約家’を鞘に入れ、もう一方を構えて見せた。