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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
263/369

導べの星は、美しく瞬く

 戦闘シーン、若干残酷表現があります。

 あれほど激しく響いていた爆音が止んだ。城の片隅の一室で、虚ろな眼差しを天井に投げかけながら戦いの音を聞いていたエルズは、ひとつその身を震わせた。


 ――――――何をしているんだ、俺は。こんなところで。


 飛び起き、身を起こしかけたものの、やがて顔を手で覆い、再び項垂れる。


 騎士団長のように剣の腕が立つでもなく。魔術師団長シルウェリスのように、魔法に優れているわけでもない。


 あんな強力な侵入者相手に、出来ることなど何もない。


 なぜもっと、戦いの腕を磨いておかなかったのか。本当に何か出来ることはなかったのだろうか……こんなことになる前に。


 ダン、と拳をテーブルに打ち付ける音が響く。


「はは、まったく今さらだ。何を今さら」

 エルズから、乾いた笑いが漏れ、部屋に虚しく木霊していた。




 幼い頃は無邪気だった。ただ、純粋にこの国の宰相である父親に憧れ、その背を追っているだけでよかった。


『おまえが、ストルーヴェ様の息子か。名宰相と名高い父親の名に恥じず、立派な男になれよ』

『はい。もちろんそのつもりです』

 そうただ単純に頷き、上を目指していた頃が遥か遠くに感じられる。


 ……始めは、誇らしくても、度重なれば、鼻につく。



『さすがはストルーヴェ様の息子だな。将来が楽しみだ!』

『ああ。勉強熱心だし、空き時間もこまめに騎士団の元で剣術を磨いているらしいぞ』

『あれ?そういえば………名前……ファーストネームはなんていうんだったかな……ま、いいか』


 誰もが、さすがは宰相の息子だと、口々に褒め称える。当然だな、なんていう奴もいた。



 ずっとだ。ずっと。俺は、宰相の息子、というモノでしかない。エルセヴィルという名前を呼ぶものも数少なく、常に父親と比べられ続けている毎日。


 次第に、努力することをやめた。もうあの男の名前なんて聞きたくなかった。


 賞賛は、途端に父親の七光りでここまで来た、と、おまえストルーヴェ様に恥ずかしくないのか、とののしりや嘲りの言葉に取って代わる。


 直接言って来る者など少なかったが、視線が、雰囲気が、自分を取り囲み、じわじわと首を絞める。息が、苦しい。まるで窮屈な箱に閉じ込められているようだ、と。


 そこから逃れたくて、もがき、あがいていた。言動が荒れる。徐々に無気力になる。自分で、汚泥へ沈んでいっているとわかりながらも、どうすることもできず――――――。



 だが。事ここに置いて、その事実が自分を縛り、苛み、訴え続けている。モウマニアワナイ。オマエニデキルコトハ、ナニモナイノダ、と――――――。




 騎士団長ラスキを見送り立ち尽くす三人の元に、どこからともなく、涼しい風が吹いた。太陽は次第に傾き、ひどく荒れた演習場を淡い夕暮れ色に、ゆっくりと染めていく。


 この世界に時間という概念があるかどうかはわからないが、陽は昇り、時間をかけて南中を通り、西に沈んでいく。それが現実と同じ時間かどうかなんて知るすべはないけれども。


 ――――――なぜ彼らは、あんなにも安らかな表情ができるのだろう。あれではまるで、死を望んでいたかのようだ。


 シャロンは、目の縁を赤くしながら悔しさに唇を噛み締めていた。


 自分でも、矛盾するとわかってはいるが……それでも、死を見つめるのではなく、きちんと前を向き、生を望んでいて欲しかった。なぜだろう。この城の、ここで戦いを挑んできた人たちの心が、ひどく重たく、悲しい。……彼女もまた、同じように望むのだろうか。


 シャロンは、強い視線でナスターシャを見据えた。その表情からは考えが読み取れない。


「ナスターシャ……あの手紙は、あなたが届けたものじゃないのか……あなたは私たちをここに招き入れ……何を望む?」

「うーん、それは、随分難しい質問だね。その答えは……そう簡単に言えるものじゃないよ」

 ナスターシャが苦笑した。


「それに。まあ、あたしが道筋をつけたとはいえ、あなたたちをそのままこの先へと進ませるわけにはいかない。……あたしは、仲間を倒されて見て見ぬ振りをすることなんて出来ない。もし答えを得たかったら……あたしを倒してからかな」

 そうきっぱりといい、小さく、だって、そうじゃなきゃ彼らを裏切ることになるから、と呟いた。



「で、オレたちと戦うのか?そりゃ本末転倒ってもんだぜ」

 軽くアイリッツが嘯く。

「それにだ。おまえ主に後衛担当だろ。どうすんだよ」

「はあ……わかってないね」

 ナスターシャがやれやれと首を振って見せ、

「あんただけじゃなくて、そっちの二人も入れて。こっちもあたし一人じゃないから。……主人をやられて憤ってんのが二匹ふたりもいるからさー」

指笛を強く吹いた。


「おいで!テリー!エリザベス!」


 ブチブチブチッ


 遠くで、荒縄を引きちぎるような音が響いた。



 グルルルルル、と低く大きな唸り声とともに、金茶色の巨大な体躯が空を駆り、地面を走ってびゅうと風を切り、向かってきた。巨大な……犬なのか狼なのか、パッと見には判別がつかない生き物が、ナスターシャの隣に現れ、唸り声を発しながら牙を剥き出し、続いて吠え立ててきた。


「ジゼルのお気に入りだけど……敵を討ちたがっているこの子たちと一緒に、戦うよ」

 ナスターシャは二匹の額や顎を撫でてやりながら、強い意思の籠もる視線を、投げかけてきた。



 仲間が滅ぼされたのにも闘志を失わず、そのかたきを討とうと、果敢にも侵入者へと挑む薄幸の少女――――――といった舞台配置だったが。



 静まり返った書斎で、一人待つ男はぽつりと呟いた。


「そんな性質キャラではないな」



「うるさいよ、ゼル」

 その声が届いたというわけではなかったが、脳裏に過ぎったその台詞に渋面でぼそっと返しつつ、ナスターシャは弓を取り出し、戸惑いがわずかに残るシャロンたちへと構えてみせる。


「ベス、テリー。さあ一緒に、頑張ろう」





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