ラスキ・メースフィールド 1
戦闘シーンがあります。ご注意ください。
政権交代後の流行病によって、人々は大幅にその数を減らし、城内は圧倒的な人材不足に陥った。一つ一つを鑑みて、重要な役職には、信の置ける者たちを。各々の部署に適材と思しき者たちを当てはめ、ギクシャクとしながらも、どうにかこうにか政は動いていく。
事が起こったのは、誰もが自分の役割と、その周辺のことで手一杯で、それでも少しずつ復興の兆しが見えてきた頃だった。
…………言い訳をしようとは思わない。幾ばくかの後悔、そして、ただ、ただ、無念だ、との思いが残る。
それは、それぞれの心の奥に――――――。
城を覆っていた守りは大部分の効力が失せたのか、力を受け吹っ飛んだ遠くの植え込みの一部を目にし、シャロンたちは顔を引きつらせた。ナスターシャは、庭師の努力の賜物が瓦礫の山にぃ……などと零している。
ラスキの繰り出したを目の当たりにしたアルフレッドは――――――なんとも理解し難い、といった表情をわずかに浮かべた。
わざわざ見せてなんになるのか。
「……何がやりたい」
「ふっ、まあ、意味はないな。敬意を表した、とでもいうのか」
ちら、とシャロンたちの方を向いてラスキが言う。
なるほど、というように頷き、アルフレッドは隙なく気負いなく剣を構える。彼の心情は、常に単純だった。戦い、強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。
大地を蹴り、下から斜めにラスキの胸部から首を狙う。ガキィ、と競る音とともに留められたが無駄な打ち合いは避けて滑らせ、叩き込もうとして、撥ねられ、距離を取る。
ラスキは、にやりと笑っていた。
「ああ、いいな。久々だ。面白くなりそうなのは――――――」
剣をすっと手前で構え、振りかざす。
ミシリ、と凄まじい重圧が、音を立ててアルフレッドの上から降ってきた。
アルフレッドが地を蹴り、這うほど低く、範囲内から逃れるのと同時に、ドゴォ、と強烈な爆音とともに地面が抉り取られへこむ。続けてもう一度。
「………リッツ………溜めるのに時間がかかるとかなんとか言ってなかったか?」
「あー、ほらあれだよ。実際見るのとは大違いってヤツ」
笑ってごまかすアイリッツをじと目で一睨みしてから、シャロンは、じりじりとしながら野太い笑みを浮かべ迫るラスキの剣とその攻撃を避けつつ反撃のチャンスを窺うアルフレッドを見つめた。
「アルなら大丈夫だと、信じてはいるんだが……やはり、心配だ」
「まあ、そりゃ取り越し苦労ってもんだろ。正直、オレはあまり心配してない」
「理由は」
「だってなあ………おまえさ、あいつと旅をずっとしてたんだろ?感じなかったか?奴の伸び代は桁外れだ。おそらく、戦いに関して、天武の才があるんだろうな」
「…………いや、薄々悟ってはいたんだ」
シャロンは渋い表情をした。いや、負けるつもりなんてないが、それでも彼の歩みは速い。
ボコ、ボコッと地面がへこみ、地形が変わっていく。
あー、誰が戻すんだろ、シルウェはもういないっていうのに………とナスターシャがぼやいた。
……演習場はラスキの庭だった。子どもの頃から父親に連れられ、成長してからもここで鍛錬のため剣を振り続ける。
アルフレッドは端の低木の茂みへと跳んで、木々のあいだに溶け込んだ。ラスキはそれを追う。
「ふははは、どうした!?まだまだこれからだぞ!」
バッサバッサと遠慮なく枝葉を薙ぎ倒すラスキに、無駄口が多いな、とのアルフレッドの呟きは、もちろん届いていなかった。
低木の茂みはそう長くはない。ラスキが追いつくわずかな余裕を使い、アルフレッドは拾っておいた伸縮性のある皮紐を枝に括りつけ、その辺で拾っておいた棒切れの端を乗せ、強く充分に引いて、解放した。
「うおッ」
ビュン、と棒はラスキの肩すれすれを飛び、その向こう側へ突き立った。
「く、そんなもので俺を倒せると思うな!」
良いとは言えない視界から、アルフレッドの姿を確認し、ラスキは剣を振るう。木々の上部が吹き飛んだが、相手はその衝撃波を難なく避けた。
「む……」
避けられたか、と思うと同時に、とにかくこの茂みを抜けないことには、と足元の土や葉、枝を蹴り上げ進む、その足が、葉の集まりを蹴った瞬間ガチリと絡め取られた。
ただ、枝を組んだだけの、簡単な罠だった。
だが、ラスキの動きがそれで止まる。
毒づく暇もなく、アルフレッドがラスキのすぐまで来、その剣を振りかぶった。
バキバキャッという激しい音を立て、ラスキは茂みから跳ね飛ばされてきた。アルフレッドがさらに追い打ちをかけ、ラスキがそれを受ける。
「簡易罠か。やるな」
「騎士か。綺麗事だけでは世を渡ることなど出来はしない」
「……言うな、おまえも」
ギィン、と激しく鍔迫り合いの後距離を取る。
「この地位が伊達などと思うな。遠慮なく潰してやるから、全力で来い」
瞳をぎらぎらさせながらラスキが野太い笑みを浮かべる。
「言われて間合いに入る馬鹿はいない」
アルフレッドはわずかに首を斜めに傾け、驚いたことにほんのわずかその瞼を閉じた。
「ならこちらからいく」
ラスキが素早く間合いを詰め、剣を薙ぐ。アルフレッドが髪一重で避け、剣を振りかぶった。まったくその攻撃はラスキから外れたが、その表情はやや険しいものに変わる。
「ふ、ん。まあいい」
いったん離れ、土を蹴り勢いをつけまた剣を振りかぶる。
様子を眺めていたシャロンが首を傾げ、
「アイリッツ。今、アルフレッドは何かしたのか?」
と確認すれば、
「ああ。ラスキが場に気を練り上げていたのを壊した。何をやろうとしていたかは知らないけど」
「……そうか」
やや沈んだシャロンに、
「いや、遠いから感じないだけで、多分あの場にいれば多少なりともわかったはずだからな?落ち着いてさえいれば」
オレは視えるから言えるだけで、とアイリッツがフォローをすれば、微妙な心の動きを読まれたシャロンが慌てて、
「そ、そうか。いや、別に気にしたわけじゃない。アルは、よく頑張っているな」
「ああ。だが、相手の力がなあ……破壊だけじゃなく防御にも長ける力だ。余程の策がなければ、大ダメージは与えれない。ま、それはアルも感じてるだろ」
「なるほどな。やはり隙を待つしかない、か」
視線を移した先では、ラスキとアルフレッドの激しい打ち合いが続いていた。
持久勝負へと作戦を変えたらしいラスキは、アルフレッドに反撃の隙を与えず、猛攻を繰り返していた。純粋な力勝負では、体格の差でアルフレッドは押し負け、ジリジリと体力が削られていく。
距離を取ってもすぐ詰められ、攻撃を受けざるを得ない。
「しつこいだけか」
「挑発には乗らんぞ。力は私が上だからな」
剣を交わし間近でラスキが不敵に笑う。ゴスッ、とそのすねにアルフレッドの蹴りが入った。
「いっ……ッこの糞がッ」
怒りに任せて振れば隙が出来る。ほぼ髪一重で避けたアルフレッドのカウンターが肩口に来た。しかしラスキもすぐ体制を立て直し、下から顎目掛け蹴り上げたのを、バックステップで避け、アルフレッドが息を大きく吸って乱れがちだった呼吸を整えた。
「一呼吸か……」
ラスキが舌打ちし、追って剣を振りかぶる。執拗、ともいえる攻撃を、しかしアルフレッドは危なげなく受けて立っていた。
ガキッ、と剣を止め、ラスキは間近からみぞおちに放たれる蹴りを避けるが、間合いを詰め懐に入ったアルフレッドに舌打ちし、的確に心臓目掛け突き出される剣を外側へ払い、同時にアルフレッドの顎を靴先で捉えた。しかし跳び退られほとんど手応えのなかった足に悪態を吐き、斜め掛けに剣を振り下ろす。
互いに服が土で汚れ、何回か浅く一撃が入るも致命傷ではなく。地を蹴って離れ、一度呼吸を整えたラスキも、対峙するアルフレッドも、互いにまだまだ気力体力ともに充分のようで。
日が落ち、暗くなってはきたものの、建物内部、それから演習場建物に設置された灯りで、周辺はぼんやりと照らされ、視界的にも何ら問題はなく。
戦闘が始まった時とほぼ変わらず対峙し続ける二人を浮かび上がらせていた。