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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
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ジゼル・コルシェシカ 5

光は、ジゼルの記憶、心を映し出す。近ければ近いほどそれは、長く鮮明に。


 遠く離れた場所でその断片を感じとったアイリッツが、ぽつりと呟いた。

「楔か。むごいことをする」


 ただ呆然と、

「情報漏洩の話か。だが。あれは……」

そう口にしたラスキの後を引き取り、ナスターシャが続けて、

「そう。ジゼルだけじゃあない。他にも、利用された者、裏で画策し情報を横流ししていた者は多くいた。あの時、あいつは、ほとんどが表の、光輝くような世界しか知らない者たちだった。光に照らされて落ちた(かげ)がどれほど濃いかなんて、知る由もない」

悪感情に対する備えがなかった、それは、その責はもっと上の者にある、と言って瞼を伏せた。


 ジゼルが剣を抜く。地を蹴り跳躍する。シャロンは剣を構えてそれを迎え、受けた。


 何度か打ち合い、離れ、再び剣を振る。


 ……その戦いは、終わらないかに、見えた。


 小さく白い輝きに変わった宝石の粒が、ジゼルを励ますようにふわりふわりと下から上へ漂い、また上からゆっくり降り落ちていく。


 ジゼルは剣を交えながら、やはり自分の腕が、シャロンより数段劣るのを感じていた。力量が、違う。今、手をどれだけ伸ばしても、届かない強さ。 


 もう幾度になるかわからない打ち合いの中で、ジゼルは声高に告げる。

「例えこの身がどうなってもかまわない!私の望みはここを守ることだから。また失うわけにはいかないの!」

「……別に、それでかまわない。ただ、こちらも……譲れないから、戦うだけ。それで、決着をつける」

「……」

その返答を聞いて、ジゼルの頬を涙が伝った。唇がかすかに微笑んで……より速く鋭く突きを繰り出した。

「くっ」

 シャロンはこちらも手段は選んでいられないと、避けざまに斜め下からまわし蹴りで顎を狙う。しかし目を瞠ったものの、彼女はすぐ身を躱し、距離をとって再び突いてきた。


ぐるりとまわりを取り囲む剣の群れ。風を生み、大分数が減ったそれらを蹴散らし、彼女よりもなお速くと願い風を操りスピードを上げる。ジゼルは一時押され、数度剣を体に受けた。


「まだです!まだまだ!」


 気合と同時にシャロンの剣を受け、弾き返し再び構えを取る。



「諦め、諦めたくない。私は、償いを」


 いつのまにか思いが迸り、口を突いて出ていた。剣を突き、振り下ろし、かろうじて浅くシャロンの腕を捉えるも蹴りをみぞおちに食らい吹っ飛んだ。追い打ちをかけるように勢いをつけ間合いを詰めたシャロンの剣が振り下ろされる。


 肩から斜め掛けに斬られた。そう思ったつかのま、身体にはなんともなく……手元の剣がピシ、と音をたてた。 


どうして、と小さな呟きが零れて落ちる。


 どれほど手を伸ばしても、届かないの。ただひたすら、これほど願っているのに…………!!


「このッ」


 ジゼルの剣がシャロンの剣を弾き返し、鋭く胸元を狙う。剣を盾とし横にして受けたシャロンへ手首を返し首元を狙う。弾かれた。そのまま、振りかざし、追い詰めるように剣を振る。何度も、何度も、何度も……………。



 甲高い打ち合いの音が辺りに響き渡る。


「私は負けない……!!負けたら、いけないの………!!」

 もはや零れ落ちる涙を拭おうともせず、剣を振りかぶるジゼルの剣を受けながら、

「すまない、こちらも譲れない」

そう伝えるシャロンの瞳からも涙がつっ、と零れ落ちた。


「私は。元の世界を捨てることはできない。ここにいることはできない。やっと、今の自分自身は、悪くないと、そう思えるようになったんだ。……前はそうじゃなかった。自分の力不足や、至らなさに情けなさに、悩んで。ただ、がむしゃらに、仕方なく生きてるだけだったけど……いろいろな出会いをして大切にしたいものが、増えて。こんな自分も悪くないって……でもそれは。

これまでの数多くの出来事があったからこそで。だから私は、簡単に願いが叶う今より、生きる時間を積み重ねて作られる明日の方がいい」


 シャロンの剣を受けるたび、剣のひびが増えていく。ジゼルは愕然としながらも、他になす術もない。


 私、私は…………。私が、自分を好きになる日なんて、来るのかしら。…………できない。皆が不幸になる道を作っておきながら、私だけ幸せになるなんて……自分を許せる日なんて来ない。…………それは、未来永劫に。



 ジゼルはもう一度渾身の力を籠めてシャロンに剣を振り上げた。シャロンはそれを迎え打つ。剣が悲鳴を上げ、堪えきれなくなったかのようにひびが広がった。


「あ……………」


 ジゼルが目を閉じ涙を零す。



 彼女は、本当は。許されたいと。


 その心に、間近でその心を感じ取ったシャロンと、ナスターシャだけが気づいていた。


 そして、シャロンは眦を赤くしながらも、思う―――――――。



 悪いのは彼女ではなく、彼女を縛る存在そのもの。本当は、それが無くなったなら。今度こそ、彼女は、自由に未来を掴みとれる。


 そんなに現実は甘くはないと、知ってはいるけれども…………。



 ピシリ、ピシリと音を立てていた剣は、やがてすべてが砕け散った。ジゼルの胸元から、じわりと血が、滲み出て服を赤く染めていく。


 風のように速く。ナスターシャとラスキが真っ先に動き、ジゼルの元へ辿りつき、彼女の体が傾ぎ、ドサリと倒れる前に受け止めた。そのままゆっくりと横倒しにする。


「あ……負けてしまい、ました……」

 ジゼルは震えながら涙に濡れた顔をくしゃくしゃに歪め手で覆う。

「知っている。よく頑張った。ジゼルがどれだけ努力していたのかは、知っている」

 なんとか彼女に言葉を届かせようと、必死で言い募るラスキに、ジゼルは、ため息のように、忍ぶように、

「私は…………許してもらえるんでしょうか……?」

そう嗚咽を洩らす。

「ああ。もちろんだ。すべて見ていた。これまでで一番いい動きをしていた。おまえも、相手も同じように譲れないもののために全力で戦っていた。どちらが勝ったか負けたかなんて関係ない。おまえは、やれるだけのことはやったんだ」

「そう、です、か」

 ジゼルはしばらく、顔を手で覆い、言葉を反芻し噛み締めるかのようにしていたが、やがて、ゆっくりと手を下ろし、肩の荷が下りたかのような笑顔を見せた。

「よかった、です。あの……あ、アーシャさんは…………」

「なに?あたしなら、ここにいるよ」

 ナスターシャが慌ててジゼルに顔を寄せると、彼女は目を見て顔をきりっとさせ、

「アーシャさん………ありがとう、ございました………」

そう微笑んで。


 その体が、一気に輝き、光の粒となってどこからか拭いた風とともに、ざあっと宙に浮き、空へと舞いあがっていった。遠く遠く、高く、彼方まで。


「…………お礼なんて、言わなくていいよ。だって、あたしは、これだけしかできなかった。これが、あたしの、ジゼルにできる精いっぱいだったんだから」

 そう、ナスターシャの呟きを、後に残したままで。

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