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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
253/369

月と星と、薄氷の万華鏡

 これまでのあらすじ。シャロンとアルフレッドは正体はわかってはいるが謎の多い男アイリッツの導きにより、元の世界を取り戻すため、幻想世界の“核”となる王を倒すべく先を急ぎ、魔術師団長シルウェリスを倒した後小休憩を取ってから、教えられたルートを辿っていた。



 戦闘描写があります。

 シルウェリスに教えられた入り口から建物内へ足を踏み入れると、静かな回廊は静寂に包まれ、複雑ではあったもののさしたる敵もない。


 ただ、術により決められたルートを進まざるを得ないのに少しばかり苛々としながら外へ通じる扉を抜ける。


「少し………場の力の気配が、濃厚になった。何か突拍子もない事が起きてもおかしくはないな」

 アイリッツがそう、額に汗を滲ませながら、呟き、気を取り直したように首を振って、

「まあ、力のおこぼれをもらうにはちょうどいい、ともいえるけどな」

そう明るく笑みを浮かべて見せた。


 目の前には林と、遠くには馬場と、北北東側にはだだっ広い、まさしく演習にぴったりの場所が広がるのが垣間見えていた。


「演習場、か…………。広い空間は待ち伏せにはぴったりだな」

 急ぎ足でそちらに向かいながらシャロンが零せば、

「ま、遠慮せずこちらもどかんとやればいいんじゃないか?」

とアイリッツがお気楽に返した。


「シャロン。これが、最後だから」

 道すがらアルがカバンから霊薬アムリタを二つ取り出したので、礼を言って分け合うと、

「ほんと仲いいよなおまえら」

アイリッツがからかい気味に声をかけるがそれを無視して、見えてきた演習場の方へと足を進めていく。

 ノリ悪いなもうちょっとうまく返せよ、とぼやくので、隙をついてゴスッと肘撃ちを食らわせると、うわ、と避けてアルフレッドを盾にする。そして、すぐさま彼の剣が引っ込めた首すれすれの空を切り、

「ああもう、もうちょいフレンドリーになれよおまえら!わかった、わかったよ。ふざけないようにするからさー」

と叫んでぶつぶついいながらも横に並び、目的地を目指す。





 辿り着いた演習場には、よくある屋根のついた休憩場所が設置してあった。視線の先で誰か――――――騎士の風体をした、なんだか見覚えのある男と、こちらを見、顔を強張らせた、栗色の長い髪を編み込み、動きやすい服装をしてはいるものの、どこか雰囲気が優美な女性と――――――背もたれのある椅子にめいっぱいくつろいでいたらしい、焦げ茶の髪の少女がこちらを振り向き、気の抜けたような声を上げる。


「あ、やっと来た」


その発言に、シャロンたちのあいだにも緊張が走った。何を仕掛けられるかわからない、と、辺りに目線を走らせ、相手と充分な距離を取って対峙した。


 ラスキがまず、彼らに先んじ、

「よくここまで来た、とまずは褒めるべきか。あのシルウェリスを打ち破り――――――」

「いや、似たような台詞もう聞いたし」

 ナスターシャにバッサリ中断され、

「何を言う。あの時のあれは、おまえの台本だが、今のは私の本心からの賞賛だ」

「なるほど、よくわかりました団長。手短にドウゾ」

騎士団長ラスキは一つ咳払いをして、再びシャロンたちを見据えた。


「あのシルウェリスを破り、よくぞここまで来た。が、しかしここまでだな」

 同じく、黙って隣に控えていたジゼル・コルセシュカが冷たい一瞥をシャロンたちに投げかける。

「ここは決して通しはしない。あなた方が諦めて別の地へ去るなら、こちらも考えてもいいですけれど」


 シャロンは無言で首を振り、剣の柄に手をかけた。

「悪いが、こちらも譲れない。是が非でも通してもらう」


「…………ま、結局そうなるんだよね。先に自己紹介でもしとこっか。あたしはナスターシャ」

 焦げ茶の髪と緑の瞳を持つ小柄な少女がぺこりと頭を下げた。

「前にも話したが……ラスキ・ハロルド・メースフィールドだ」

「…………ジゼル・コルシェシカです」

 彼らがそれぞれ名を告げ、シャロンたちも礼儀正しく名乗りを返した。


 んで、どうするよ、とナスターシャがラスキを見上げると、厳かに彼は頷き、

「私は、あのアルフレッドとかいう男をやる。ジゼルはそこの茶赤のを。アーシャは白いのを」

「…………いや、相手は名前で呼ぼうよきちんと」

 そう突っ込みながらも、ナスターシャはほぼ、自分の思い描いていた布陣と同じだということにひそかに安堵した。…………まあ、他の組み合わせがあまり考えられない、というのはあるけれども。


「そちらの意見は」

 ラスキの投げかけにシャロンたちも首を振った。


 シルウェリスもそうだが…………どうも調子が、狂う。


 そういえば珍しく静かだな、とリッツを見れば、探るような眼差しをナスターシャへと向けていた。


 ナスターシャか………彼女は。


 シャロンの沈みかけた思考を、じゃあ、始めるか、とラスキの低い声が遮った。


 それぞれ担当する相手に向かい合い、挨拶を軽くすませると、

「‘集いし光よ’」

まずナスターシャがアイリッツ目掛け、めいっぱいに弓を引き絞り、輝きの矢を放つ。同時に彼が動き、剣を抜いてナスターシャに向かうも、それは躱されすぐさま距離を取られる。


「甘いな。これはどうだ」

 白い輝きがいくつもアイリッツの傍に浮いた。閃光と、爆音とともに繰り出されたそれは――――――まっすぐにナスターシャを狙い撃ち、躱しながら林間の茂みの方へ逃げる少女を追い、アイリッツは姿を消した。


「…………派手だな」

 ラスキが呆れたような呟きを洩らし、アルフレッドへと向き直る。


 派手…………?


 何か、引っかかるものを感じた。ふと、アルフレッドと目が合った。彼の瞳は、まったく自分と同じ思いを訴えていた。シャロンも見返し、しっかりと頷き合う。


 あいつは、放っておこう。今は、それぞれやらなくてはならないことを。


「余所見なんて随分余裕ですね。人の地を攻め滅ぼそうというのに。……あなた方は、なぜここに、攻め入ろうと?」

 細剣レイピアの鋭い一撃とともに問いが発せられた。シャロンは避けつつ、この問いかけに意味はあるのだろうかと首を傾げ、しかし律儀に、

「この世界を、ここにある“核”を打ち砕く。自分たちの世界を取り戻すために」

そう返答を返した。

「私たちには、この世界がすべて。あなたのやっていることは、間違っている」

「…………正しいかどうかは、もう問題じゃない。それしかすべがないから、そうするだけだ。ここは存在するべきじゃない」

「…………」

 ギィン、と激しい鍔迫り合い、何回かの打ち合いで、互いに距離を取る。シャロンは内心で溜め息を吐いた。


 …………まるで、少し前の自分を見ているようだ。彼女の心の内側が、手に取るようにわかる。


 本来、争いごとは嫌いなのだろう、と結論付ける。だが…………こっちももう、譲れない。


「私は風を使う。例えあなたが剣のみで敵対するとしても……先へ進むために」

 風を纏わせ速度を上げる。ジゼルの瞳が大きく見開かれ、すぐさまそのスピードについていこうと対応し速度を同じように上げた。


 シャロンは少しだけ頭の片隅に憐憫の情を浮かべ……研ぎ澄まされた風の刃を無数に展開し、彼女目掛けて解き放った。



 茂みの中で、激しく閃光と音とで打ち合いの様を見せていたナスターシャたちの動きは、ほぼ互角に見えた。二人の表情は冷め、お互いにタイミングを見計らっている。


 アイリッツがちらりとラスキとアルフレッド、シャロンとジゼルの戦闘が始まったのを確認し、ぽそりと呟いた。

「‘幻影を展開’」

 白く眩しい輝きの中ナスターシャがくるりと身を翻し、ぴょんと飛んで手近な枝に腰掛け、 

「こちらも、“結界”と。で、どうするつもりなのかな?そっちは」

結界を張り、中の様子を外から窺えないようにし、同時にアイリッツがその横へと降り立ち、ナスターシャを見据えた。


 冷静に、相手を探り、出方を窺い――――――それからともに武装を解いた。


「……確認したいことがある」

 常よりやや沈んだ表情のアイリッツが、

あいつは、何を考えてる」

そうぶっきらぼうにナスターシャに問いかけた。




 アルフレッドとラスキは、ともに語る言葉を持たなかった。ただ持てる力を出し、そのすべてで相手を倒すのみ、と。

 剣で何合か打ち合えば、ラスキの口元に獰猛な笑みが浮かび、

「……やるな。楽しめそうだ」

との呟きに、アルフレッドは特に関せず、と言った様子で無表情に隙を狙い剣を打ち込んだ。まず、双方が小手調べの段階で、本気ではない。


 その向こうのシャロンをちらと見やれば……ジゼルを圧倒するのが見て取れた。



 アイリッツの問いかけにも、ナスターシャの瞳は凪いでいた。木々の葉の隙間から、静かにラスキ、そしてジゼルの戦いを眺め、記憶に留めている。


 アイリッツもちらりとそちらを窺い――――――ジゼルを圧しているシャロンに、苦い表情を作った。


 どうも、あのジゼルとかいう女はよくないな、とアイリッツは内心で呟いた。


 不安定、と、その一言に尽きる。すでに崩壊しどろどろに溶けた身の内を、硝子の箱に閉じ込めて必死で開かないよう守っている、そんな印象を受けた。


 万が一にも、足下を掬われないよう、近くにいてやった方がよくはないか。


 そんな考えにもかられ、自分の力の一部をまわせないかと張られた結界をひそかに窺い調査すると同時に。いつ絞ったのか。ギリリと軋む音とともにこめかみに冷たい感触が当たる。


「手は出さないで。彼らの邪魔をするのは、決して許さない」

 ずしり、と重みを伴い、凍てつくような声が少女の体から降ってきた。 

続きます。

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