レーゾンデートル
5月31日0時過ぎ、若干表現を改稿+後書きに備考を付け足ししました。
閃光が、その場を支配した。
はっ、とシルウェリスは身を起こす。
[雷鳴か……外は嵐でしたね]
窓の外には暗雲が立ち込め、稲光と轟きが空を支配している。……もっとも、団長部屋に籠もっている自分には全く関係がない事柄だが、と呟いた。
内鍵は施錠したし、言伝もした。
机に高く積まれた本の山脈を眺め、今夜もどうやら徹夜になりそうだ、嘆かわしいな、とひとりごちながら、口元には自然と笑みが浮かぶ。
こういった、自分の時間が、本当に好きで――――――。
*
爆音と閃光。同時に、アイリッツとアルフレッドが爆風に吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。不明瞭になった視界の中で、ドサリ、と地面に何かが落ちる音。
「な、なんとか……。ま、間に合わないかと……」
呻きつつ立ち上がろうとする二人の様子が瞳に映り、思わず膝をつく。自分の息が荒い。
爆発の刹那、起爆物であるシルウェリスと彼らとのあいだにかろうじて風の結界を張ることに成功した。固定すれば破られかねないと、敢えて勢いに逆らわず彼らを包み込んだのが幸を奏したらしい。
……まあ、多少ダメージを受けたかもしれないが、命に別状はなさそうだ。
肩で息をしながらもなんとか立ち上がり、急ぎ彼らの元へ向かう。
「大丈夫か?」
まずアルフレッドを助け起こすと、彼は首を振り、
「ああ、大丈夫」
と短く答え、アイリッツが、
「シャロンは……もう少し術の繊細さを学んだ方が……」
と渋い顔で打ちつけた背中を伸ばし、後頭部をさすりつつ不満を零した。
「助けられといて文句を言うな。無事だったんだからいいじゃないか」
シャロンは、あっさり言って庭園をぐるりと見回し、確かここの辺りから聞こえたはず、と、あちこちを探す。ほどなくして、彼は見つかった。噴水からやや離れた、草花の中に。
胸部から下をすべて失い、白く無機質にも感じるほど血の気と表情の失せたまま横たわるシルウェリス。
……さすがに、もう生きてはいないだろう。
赤黒い汚れがところどころこびりついていなければ、まるで胸像のようにも見えるその姿に、“偉大なる魔術師、ここに眠る”という言葉が、自然と心に浮かび上がる。
「あれだけの傷を負いながら、ほとんど動揺も激高も見せず……あれだけの術を放つなんて。凄まじい能力と胆力の持ち主だったな」
シャロンはそうしみじみと呟いた。
「……そうでもありませんよ」
パチリと眼が開き、そんな返事が返った。
「なっ……な、なん……っ!?」
驚きでぱくぱくと動くだけで口が回ってないシャロンの横で、シルウェリスは身を起こそうとして失敗し、ドッ、と頭を地面に落とす。
しばらく、星の少ない夜空を見つめ、夢でしたか、と誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
「砕け散った魔宝石の欠片が刺さったのか。悪運が強いな」
そう言ってアイリッツは、警戒したままのアルフレッドに、必要ない、と首を振った。その魔力も、あと残りわずかでしかない、と。
「まったく……またネタバレですか」
そう顔をしかめつつも、続きを、と、再び首をめぐらせてシャロンを見、
「怒りや嘆きといった負の感情は、持ち続けるにはひどくエネルギーを消耗する……ひどく非効率だとは思いませんか?それぐらいなら、研究や読書など、好きなことをやっていた方が、よっぽどいい」
そう薄く笑った。
「飛ぶ鳥や獣に、生きる意味を尋ねたって、返ってなど来ないでしょう。そんなものは後付けに過ぎない。……それぞれが、見つけるもの、で」
あの時、破れかぶれに放った問いかけの答え。シャロンがじっと次の言葉を待つ。
シルウェリスはふぅ、と大きく息を吐き、
「理由なんて、意外とそこら中に転がっているものですよ。気づかないだけで」
と言い、シャロンの持つ剣に暖かな眼差しを投げかけた。
「この剣……そちらの、アル、でしたっけ。彼が持つのもそうですが……内側に複雑な術式を彫り込み、それらをよりシンプルに発動できるよう、丁寧かつ繊細に組み込んで仕上げてあります。私が作った術式を基に、さらに発展させてあるんですよ。……いい魔導具ですね」
そう、まるで親が子どもを褒めるときのような表情で笑う。
それから、辺りをぐるりと眺めて目を細めると、
「この先には、私がいろいろギミックを施した場所があります。楽しんでください。……ああもちろん、彼らを倒せれば、ですけどね」
にやっと笑いながら、ふと溜息のように、最後に、と、
「空気中の分子を摩擦させて御覧なさい。綺麗なものが見られますよ。風の剣ならできるでしょう……」
そうささやいて、ゆっくり瞼を下ろした。
ふわりと光がシルウェリスの体を包み、細かな粒子となって辺りに飛び交うように拡散していく。その儚く美しい光を目で追いながら、シャロンは体を光らせて相手を乞う、短命な虫のことを思い出した。
「…………」
沈黙が、その場に、落ちる。
もっと、彼と話をしたかった。そんな思いが胸に湧き上がる。敵同士でなかったのなら、状況が今と違っていたのなら。きっと、もっといろいろな話を興味深く聞けたに違いない。
続いて、魔導装置の仕組みのことも思い出し、手をきつく握り締めた。
アイリッツのこともそうだが……もし、魔導装置が、人の性質、感情や記憶、能力までも写し取り、正確に再現するのだとしたら。
それは本物と、そう変わりないのではないだろうか。
考えにふけるうちに、ゆっくり光が消え……なんだこれは、とアイリッツの苦い声が届いた。
確かに先ほどまではなかったと断言できる。噴水脇の、ちょうど庭園がよく眺められるであろうベストプレイス。そこにどん、と、テーブルと椅子、それにティーセット、ビスコッティやサブレの入った籠があって……ご丁寧にメッセージカードが添えられていた。流麗な字で、“どうぞ、おくつろぎください”と。
部屋にかかっていた魔力の質が変化した。会議室で待機していたラスキ、ナスターシャ、ジゼルの三人は、すぐさまそれに気づき、シルウェリスが逝ったのだ、と理解した。
ラスキが無言で磨いていた剣を腰にしまう。
「そん、な……シルウェリス様が……なんて、こ、とに」
ジゼルが手で口元を押さえ、がたがたと震えだす。
ああ、これはまずいとナスターシャが慌てて駆け寄り、落ち着かせるため背中を撫でた。
「ジゼル……しっかり。大丈夫だから」
震えは止まらない。ナスターシャは何度も、これはあなたのせいじゃない、と彼女に安心させるように言い続けた。
「泣かないで。……彼は、きっと満足していったんだから」
震えが止まる。ナスターシャがほっとしたのもつかのま、ジゼルは哀しい表情のまま首を振り、
「泣いたりなんて……しません。私にはそんな資格なんてない。……今は、彼らを滅ぼすことだけを」
服の裾をギュッと握り締め立ち上がった。
複雑な表情のナスターシャに、ラスキも頷き、
「そうだ。ごちゃごちゃと考えている余裕はない。急ぐぞ。奴らは通常どおりだと、演習場まで来るはずだ。あそこには戦いに充分な空間もある」
さっさと部屋を出ようとする。
「そうだね…」
願わくば、とナスターシャは、心に強い思いを抱えて、二人を見つめ、頷いた。
「――――――行こう」
願わくば、彼らが本当の笑顔を取り戻せますように。
<シルウェリス・トリチェリ>
・大陸の片隅――――――というわけでもないが辺境の森でひっそりと生活していたところを、まだ冒険者だったゼルネアスたちに発見され、その後の勧誘ののち、まあ研究を充分にできるなら、と魔術師団長の位に就任する。当人はほぼ肩書きだけだと思っている。
埋め込んでいる魔宝石は鎖骨中央と腹部下(丹田)の位置に一つずつあり、それぞれ魔術式の記憶と、魔力による体内構成、細胞の保持、活性、ターンオーバー促進を務めている。
余談だが1つ埋め込む度に三日三晩高熱と、常人なら発狂してもおかしくないほどの激痛にのたうちまわることになり、彼は魔術への探究心と貪欲さの双壁でそれを乗り切った。
このことを知る者からは、真正の魔術マニアだ、と畏れられている。
自他ともに認める、魔術の第一人者。しかし肝心な時に魔力を封じられ、術を持たなかった。それだけが彼の無念。