シルウェリス 4
戦闘シーン 若干グロい描写あり。ご注意ください。
身体に瘤のようについた頭。襲い来る多数の腕。シャロンたちは素早く、しかし慎重に避けながら巨大な魔物への反撃のチャンスを窺った。
……なんとか冷静でいたつもりだったが、いつのまにか手の平に汗がにじみ、髪の毛がは顔に張り付いてくる。それを振り払う間もなく即座に魔法攻撃が黒い稲妻の形を取って襲い来た。
避け切れなかった放電の一部が剣と腕を強度の痺れと痛みを伴い走り抜けていく。
「ほらほら、しっか避けないと終わりますよ。‘彼’もまだ体力充分のようですし」
やや動きの遅い醜悪な化け物に斬っては返し、斬りかかってはその巨大丸太のような腕を躱して攻撃を繰り返すアルに唸り、防ごうとするあまりバタンバタンと木々や建物、美しい庭園にまでその力が及んでいた。しかし、庭園は謎の力で守られ、花壇の花一本ですら散る様子はない。
木を引っこ抜こうとして失敗し、巨人が不満げな唸り声を上げた。
「はっ。醜い化け物だな。まさしく召喚主の心を映し出してんじゃないか?」
「なんとでも言ってくれて構わないですよ。この魔方陣を編み出すのには、十数年かかっています。これが初お披露目なので、充分楽しんで貰えれば幸いです」
アイリッツとシルウェリスの皮肉の応酬を背後に聴きながら、シャロンは風でアルフレッドの脚力と膂力を後押しする。
効きそうな場所は目と、耳ぐらいか。
同時に疾風で顔を狙う。この際、卑怯などとは言ってられない。
いくつもある一つを狙えど、またその横の顔がこちらを威嚇して吼えてくる。効いているのかどうかもわからないが……。
合間合間を器用に魔物の身体を避け、朱色の光がシルウェリスから放たれる。
いくつかが腕に斬りつけ先を斬り落とすアルフレッドに直撃し、背筋が凍りついた。
「アル!大丈夫か!?」
慌てて傍へ寄ろうとするも、彼は軽く手を上げて見せる。
「小さく結界を展開することで力の発動を抑えるつもりでしょうが……それがいつまで保てるでしょうね。出し惜しみしていると先にあの二人が死にますよ?」
双剣で斬りつけてくるアイリッツをひらりと避け、シルウェリスは笑う。アイリッツの前できらきらと輝く魔法結界はそれこそ幾重にも織り成され、相互に光を反射して虹色に見えていた。
表面に例え少しばかりの傷が入っても奥まで届かずすぐに修復されてしまう。シャボンのように儚く見えるが内実は。
「分厚い面の皮……まさしくお前みたいな結界だぜ」
「ははは……なんとでも」
隙を見てシャロンも風を放つが、結界は傷ひとつつかず厚みを一定に保っている。
(あれさえ破れれば……)
アイリッツはいったん身を引き、急ぎシャロンの元へと向かった。
へカトンケイオスは、魔力の視覚化のためかどす黒い煙が上がり、赤黒い液体を撒き散らしながら、その腕と頭の数を減らしていっている。
シャロンの剣では内部まで通らずいたずらに魔人を怒らせるだけなので、悪いとは思いつつも、アルフレッドの攻撃を主軸に最大限サポートする形で、巨人の攻撃距離外にいた彼女の元へ、アイリッツが急ぎ駆け寄ってきた。
「シャロン、無事か」
黙って頷くと、ならよかった、と言って、
「悪いが、体力気力ともに限界まで振り絞ってくれ。あの傍若無人野郎に一泡吹かせるぞ」
そしてシャロンの手を取ろうとしたが、なぜかこちらを見る余裕がないはずのアルフレッドから刃で斬りつけるような殺気が放たれたので、仕方なく諦めて自分の手の平で円を描き、トントントンとそのまわりを指で数回叩いた。
シャロンは再びしっかりと頷くと、
「任せろ。奴の口車には乗らない。おまえはまず、力の温存を第一に考えろ」
と言った。
「ああ、わかってる」
アイリッツも頷き返して、心の狭い御仁の怒りをこれ以上買う前にと急ぎその場を離れた。巨人と戦い、剣に力を溜め、その体を斬り裂きながらもちらちらとこちらを窺っていたアルフレッドにシャロンは手を上げ、一度、肩から振り下ろすように手刀を斜めにしてみせた。
「何を企んでいるかは知りませんが……この多重結界、そんなに甘くはないですよ」
ふふっと余裕の笑みでじわじわと追い詰めるような言葉を放つシルウェリスに、離れた場所でアイリッツも不敵に笑い返す。
「その手には乗らねーよ、阿呆。シャロン、アルフレッド!!全力でサポートするからやっちまえ!」
アイリッツが、そう宣言して痣と傷だらけで動きが鈍り始めていたのアルフレッドへ寄り、急ぎ霊薬をかけた。バシャリとかかり傷を癒したアルフレッドは、巨人の腹に剣を立て潜り込み、内部からその身体を抉ろうとしている。
痛みに身を震わせ、アルに向けてその拳をぶん回すでかい怪物の攻撃から、シャロンが風を盾に彼の身を保護し、一度刃を大きくし化け物の体を押し返した。
うーん……そろそろ別の手を打ちますか、とのんびり構えていたシルウェリスは、巨人の腹の一部を裂き、そのまま向かってきたアルフレッドの剣を、慌てて魔力を蓄え硬くした手元の魔術書で受け止めた。
「いきなり、びっくりするじゃないですか!」
「例え、強固な結界であっても……続けて撃てば、たわむ」
その言葉通りに、剣に“気”を乗せ、アルフレッドは執拗に攻撃を繰り返していたが、
「いいぞ、頑張れアルフレッド!」
近くで応援するアイリッツを見るや、身を翻し刀身を唸らせ、慌てて避けたアイリッツをかすめてその向こうの、傷のダメージから足元がふらつく巨人を下から上へと斬りつけた。
その様子を見ながら、これぐらいか、とシルウェリスが光る球状の魔力塊をいくつか用意し、小さく呪文を唱え――――――シャロンの風と、アイリッツの飛ばした波動により中断して、魔術書の白紙部分を破り、はらり、と投げた。それは瞬く間に三振りの半月刀に変わり、ぐるんぐるんと回転しながら巨人の回りにたかる蠅のような彼らを狙い撃つ。
その刀を弾き、避ける彼らに追い打ちをかけるように数多く、短い光線を放つ。あるいは避け、あるいは弾きながらも、完全には避けきれず、その攻撃はシャロンとアルフレッドの肩や太ももを斬り裂き、通り過ぎて再び戻ってくる。
「くそ……!!」
シャロンはアルフレッドに体当たりをしながらそのまま急ぎ怪物と魔法攻撃から距離を取って風の結界を展開した。霊薬を使おうか迷ったが、残り少ないからと本人に止められ、細く裂いた布で止血するだけに留めておく。
「そっちも、そろそろネタ切れだろ、このイカレ××ポ野郎!」
射程圏外からのあまりに下品な台詞に魔術師団長もさすがにうっとうしそうに首を振り、
「意味がわかりませんね。使いたいのが多すぎて迷うぐらいなのに」
そう言って今度は呪文を唱え回転する輪っかのようなものを数十出現させ、さらにシャロンたちへと放った。
のたうちまわっていた醜悪なるへカトンケイオスも、まだ滅びたわけではない。
シャロンたちは、その巨大な体の動きを読みながら髪一重で避け、相手に斬りつけ、腕と顔の数を確実に減らしていく。
「さすがにここまで来ると容姿にもバランスが取れてきたな……一気に行くぞ!」
シャロンが声をかけ、三人が巨人へと集まる。
「良い動きをしているのですが……ここまででしょうか」
真新しいことも無くなったようですし、と少々期待外れの様子で肩を落とすも、意識を斬り替える。……もういくつかの大技を出して、決着をつけてもいいかも、と、巨人にかかりきりの彼らの横で、呪文と、魔力を徐々に練り、大きく錬成していった。
――――――そろそろへカトンケイオスの命が尽きる頃、か。
そう判断すると同時に、もはやぼろぼろで見る影もない巨人のその身体を撃ち破り、血塗れのアルフレッドが剣を大きく振りかぶってきた。
「――――――またですか」
冷静に他二人の位置を確認しつつ、呆れてシルウェリスが言う。
「こんな攻撃で私の結界がやぶれるわけないでしょうに」
そのシルウェリスを、全く別の方向から、大きな衝撃が襲った。
「――――――ッ!?」
結界が揺らぐほどの衝撃を、意識外の方角から受け、思わずそちらを見た。庭園と城の一部。シャロンとアイリッツとかいう二人の場所は確認していた。そこから動いていない。
何が、と思う間もなく、次々に結界目掛け、魔力の塊が飛んでくる。その媒介は――――――石。それも、そこらにありそうな、小さめのただの石が……彼らのこれまでの攻撃とは比較にならないほどの威力で、結界を撃ち破ろうと、ただ一人目掛け霰のように降り注いでいた。
それまで練っていた魔力をすぐさま結界の維持にまわし、さらにアルフレッドの攻撃を受ける。
――――――ごめん、アル……。
少しの合図でおおよそを察したアルフレッドは、いつものように剣に“力”籠め、振りかぶる。これまでと同じ姿勢を崩さず、また攻撃力の高い彼が、囮だとは、誰も思わないだろう。
シャロンは鼻の奥がツンとするのを堪え、ただひたすらシルウェリスの結界に目を凝らし、全神経を集中していた。
強固な結界も、いくつかに絞られた同じ個所を凄まじい力で撃たれ続ければ、綻びが現れるはず。
不意を打たれ結界の修復に集中するシルウェリスが、冷静になって打開策を打ち出すまでの短いあいだ。降り注ぎ続ける石は、結界の修復に打ち勝ち、ほんの少し、結界に親指の先ほどの隙間ができた。
待ち受けていたシャロンはそれを見逃さず、すかざず溜めていた風をその隙間から潜り込ませる。
強固な結界は、魔力エネルギーが内側に潜り込んでしまえば、そのまま反射させる鏡と変わる。
結界の内側を暴れまわる凝縮された風の魔力塊に、シリウェリスが溜まらず結界を解いた。暴走した風でパラリとローブとサーコートが切れ落ち、鎖骨部分中央に緑青の魔宝石が現れた、その瞬間、最後のボウガンの矢に強力な魔力を籠め、不敵な笑みを浮かべるアイリッツ。
「行けぇえええっつらぬっくん!」
気力の失せそうな叫びとともに、その渾身の一撃が、彼の魔宝石を貫こうとして、防がれわずかに逸れてシルウェリスの肩を吹き飛ばす。
即座にアルフレッドが、矢が逸れた鎖骨中央の魔宝石を突き刺し、肩へとから斜めにその身体に斬撃を走らせて……強烈な爆音と閃光が、宵闇の落ちた辺り一面を照らし出していった。
「アルッ!」
すぐさまシャロンはアルフレッドの安否を確かめに傍へ寄る。
「だい、じょうぶ」
彼は血と汚れで上体がひどくとても大丈夫に思えないが……
「残念だが、一つ使った」
そして、とても悔しそうに腕輪を見た。
「ああ、とにかく……無事でよかった」
「おいッまだ終わってないぞ油断するな!」
アイリッツが咄嗟にシャロンとアルフレッドを吹き飛ばした。慌てて風でシャロンがバランスを取り、同時に、彼らのいた場所を、赤く濁った色の衝撃波が駆け抜けていく。
「……やりますね……正直、駄目かと思いました」
シャロンが驚愕とともに聞こえた方向を見やる。そこには……。
「なぜ、なぜ生きてるんだ……!?」
ちょうど首の下から、左側。上半身を爆発で抉り取られ、肩から左手までを失って、白のローブとその体を血の赤と焼け爛れた茶褐色に染めたシルウェリスが、やや疲れた様子で、佇んでいた。
そして、第二ラウンドへ。