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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
241/369

ここにいる理由

 映し出された戦闘が終わり、映像が離れた視点からに切り替わると、嘆息の声が洩れ、身じろぎの気配が満ちる。


「……負けちゃいましたね」

 ひっそりと零すジゼルに、まあね、とナスターシャは頷き、つかのまの休息を取る侵入者三人に再び視線を戻した。


「ルチルとスピネルは役目を果たした、けど、この後どうする?」

 シルウェリスはそう尋ねられ、

「ひとまず彼らの特徴と対策を出しましょう。城にはきちんと仕掛けがほどこしてありますから、ご心配なく」

そう、読めない表情で微笑んだ。


「そんな悠長な……!アーシャさん、あの彼らの様子……どう思いましたか?」

 ジゼルの言葉に、真面目な表情を作り、

「うん……三人のパーティってさ、他二人がくっつくときついよね」

「え。そんなこと聞いてるんじゃありませんよっ」

「あ、でもそれは私も思いました」

 そこにシルウェリスが口を挟み、それから、ひとしきり作戦とはまったく別の議論が花を咲かせることとなった。


 くだらない、と言わんばかりに、ラスキが立ち上がり、部屋を出ていく。ジゼルもできればそうしたかったものの、

「あの二人の様子からして、まだこう、付き合いは始まったばかりというか、初々しいというか……。ジゼルはどう考えた?あの銀髪の方は空気読んでるし、さすがに逆ハーとかはないと思うんだよね」

「ちょ、ちょっと……!もっと真剣に考えてください!」

「まあ、そろそろ本題に入りましょうか。騎士団長サマは……別にいてもいなくても問題ナシ、と」

シルウェリスがさらりとそう言って、その皮肉めいた軽い調子に、ああもう、とジゼルは頭を抱えた。


 場所は変わり、どうせ素振りにでもいったのだろう、と思われているラスキは、廊下を一人歩いていた。城は、普段の喧騒が嘘のように静まり返っている。……随分と、あの頃とは様子が違うな。そう彼は自嘲した。



『これしきのことでへばるとは情けない!他に手合せするものはいないか!』

 居並ぶ騎士団の面々、手合せを願う者たちすべてを叩き伏せ、ラスキは叫んだ。しかし呻き声が返るばかりで、もはや出ようとする者はいない。


 少しでも技を、戦い方を学ぼうと、振り下ろされる剣をあるいは捌かれ、あるいは弾かれ、面当てや鎧を打たれ、仲間が転がされる様子を見ていた団員の一人が、ぽつりと、

『団長……隊でかなう者なんていませんよ』

『それはそうだが……もう少し骨のある奴はいないのか』

ラスキは剣を収め、呆れたように息を吐いた。


『おまえら……まだまだ鍛錬不足だな。いいか、我が騎士団は、少数精鋭だ。この城を護るため、まず己の精神、そして身体を鍛え、常に励め!』


 敬礼とともに、小気味良い返事が返り、ラスキは満足げに微笑んで先を続け、

『いいか、国王陛下や城だけを護ると思うな!陛下と王城は、民を見守り束ね、導くためのもの!我ら騎士団は王城を護り、民の安寧を守るために存在する!』

大きく歓声が沸き上がり、厳しく手ほどきを受けた者も再び立ち上がった。ラスキはそれを見て、笑みを閃かせ、

『よし、来い!実践を積み、その身体に技を叩き込め!』

そう再び部下へと剣を構えた――――――。



 騎士団は、陛下を、城を護ることで、ひいては民を守る。その中で、より強い者と戦い自分を鍛え上げたい、という願望はあったものの、それはあくまで付随するものでしかなかった。いまや、守るべき民もなく――――――。


 そこまで考え、いや、何を言ってるんだ、と混乱してラスキは首を振る。守るべき民はいる。城下に、この王城に。

 そう思い直しても、かつて堅固であったはずの意志が、まるで指の合間を砂が零れていくかのように、さらさらとすり抜けていく。


 もう一度、ラスキは首を振った。あの黒髪の男……かなりの強さと見た。試してみるのも悪くはない――――――。

 そう考え、今度はしっかりとした足取りで、階下へと向かっていった。



 しばしの休憩を終え、三人は再び立ち上がった。腕輪の石は残り四つ。それを確認して、シャロンはアイリッツに、

「リッツ……今の状況についてきちんと話がしたい。だいたい予想はつくけれども」

そして、やや不安げに、そんなに、この先は危険なのか、とそう問いかけた。

「ああ、その前に遮断の結界を張らせてくれ。いやー有名人だともう視線が熱くて熱くて」

 アイリッツがそう笑い、すぐに結界を張る。


 そしてふっと表情を真剣なものへと変え、

「オレからの支援は、残り少しの魔道具と、普通の人間としてのアイリッツの動き、しか期待しないでくれ。繰り返しになるが、王に辿り着くまでは温存したい」

「……奴は、それほどなのか」

 シャロンの言葉に、

「本当は、この城も、さっきの魔法生物ホムンクルスも必要ないんだ。この世界も王がしている児戯に過ぎない」

乾いた笑い声を立てる。

「まあ、それは言い過ぎか……。魔導装置に記憶されたモノと、王が人であった頃の名残り、それらとオレたちは向き合っているだけだ。“核”に辿り着くまえで力を使い果たしてしまえば、砂上に零した水のごとくすべてが無駄になる。“核”に記憶された状態のまま、また再現すればいいだけの話だからな」

まあ、再生のために魔力は膨大に使用するかもしれないが……と呟いた。

「そう、なのか」

「ああ。もし、“核”との戦いにオレたちが勝てなかったら、だな。その後はどうなるんだろうな。強力な思念を持てば、それが“核”へと記憶されるから……」

「そんな‘もし’の話は、いい。つまりしばらくリッツは空気だと、そう考えればいいだけのことだ」

「だ、れ、が、そんなこと言った。アイリッツとしての戦闘力はあるっていっただろうが。まあ、後は最後の戦いの支障にならない程度にちまちまと使うぐらいで……くそ、“核”の強さがおおよそでしか掴めないからなあ……自然、こっちも後手にまわらざるを得ない……オレの性質たちじゃねえんだけども」

アイリッツははあ、と大きくため息を吐いた。


「……事情はわかった。こちらもそのつもりで動くから。その、すまなかった」

 シャロンはしゅん、と肩を落とした。


「相手に情けをかけている余裕などなかったな。……悪い」

そう謝ると、アルが首を振る。

「シャロンは、それでいい」

 う、この天然タラシが、と頬を染め返しつつも、いいわけないだろう、と返したが、

「いや、まあ、シャロンのそういうところは、短所でもあり、長所でもあるから。きっと、シャロンの優しさに救われる奴もいると思うよ。それに……その性格、今さら急に変えられないだろ」

とリッツも笑いながら言った。


「好きにすればいい。フォローはする。そのための仲間なんだから」

「……ありがとう」

 シャロンがほんの少し震える声で、礼を言った。ブン、と何かが風を切る音とともに、アイリッツは瞬時に首を下げた。

「悪い。手が滑った」

 キン、とアルフレッドが剣を鞘に納めた。

「いやおまえ、人に台詞盗られたからって大人げねえぞ!」

「何を言ってるのかわからないな。たまたま剣を振ったところに、リッツの首があっただけだが」

「いや、ほぼ本気で狙い打ちしただろうがよ」

 首をさすりながらアイリッツがぼやき、シャロンが笑う。

「スピネルとルチルは、カルテヴァーロより強かった。それは間違いない。だから、シャロンたちは確実に強くなっているから、心配すんな」

と、彼はそう締めくくり、シャロンをちらりと見て、特に彼女は……守るものがあると強くなるタイプだから、きっと伸び代もこれからだろうな、とその思いが浮かんだが……これ以上アルフレッドの逆鱗に触れてもあれなので、心に留めるだけにしておいた。



 城内では、シルウェリスの講義が続いていた。

「真面目な話、こちらの二人とこの銀髪の青年とのあいだには、差異が感じられます。一見普通に見えますが……自己にずっと薄い結界を纏わせているんですよねー」

「防御壁?」

 ナスターシャがそう言い、

「それなら常時張りつづける必要はないでしょう。あれは、自分の能力を相手に悟らせないためのもの、と見ました。まあ黒髪の彼も時折探るような動作をしてはいますが、彼はこちらの観察にもはっきりと気づいていることでしょうね」

「え、そうなんですか?あまりそんな素振り感じなかったですけど……」

「あれでしょ。能ある猫は爪を隠す、ってやつ。つまり要注意人物、だと」

「ええ。私の予想では彼は……って、あれ、遮断されちゃいましたね」

 映像が消え、明るくなった部屋に、シルウェリスが呟く。


「先ほどの話の続きですが、おそらく、“核”である王に対する力を何か蓄えているのではないかと」

「ますます危険度が高く……このままでは」

 辛そうなジゼルの声に、シルウェリスがなぐさめるように、

「大丈夫ですよ。王に匹敵するものなんて、化け物と言っても過言ではないでしょう。そうそうは居ません」

さり気に不敬なことを言った。


 んー……とナスターシャは考え、

「あのさ。一応侵入者なんだから、もう一度窓からどの辺なんだか確認しとこうよ」

ラスキもいないし、とそう提案し、それもそうかと、部屋を出ることになった。



 会議室(仮)すぐ傍の、見通しのいい窓の外、すぐ目の前にナチュラルガーデンがあって、あちこちに芝が植えてあり、その真ん中の通りの、よく見える場所に、侵入者三人と、騎士団長であるラスキが、無言で睨みあい、対峙していた。

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