ルチルとスピネル 3
戦闘シーン有。そしてH27年3月22日に改稿しました。本当に申し訳ない。
二人と離れ、距離がある、と思った瞬間に気づいた。……風を使えばいい。
剣にそう思念を込めれば、自然とそれは波のように広がり、繋がっていく。木々のざわめきや小さな虫の唸る音。風の音を拾わないよう極力気をつけながら、目的の相手へと声を乗せていく。
「リッツ、アル聞こえるか?」
一拍おいて、
<あいよー感度良好!>
意味のよくわからない答えとともに遠くのアイリッツが小さく手を上げるのが見え、
<で、どうする>
アルの低い声がすぐ側に届き、動揺のあまりふつりと声が途切れてしまった。
……いけない、平常心、平常心。
そんなことをしているあいだにも、離れた場所では、
「しぶといー。次はこれ!」
黒く金属的な光沢を持つルチルの体が、細く分かれ、くるくると螺旋状に八方へ放たれた。スピネルの体が崩れ、結晶体の集まりとなって風に乗るように散る。
一時会話を中断して、追い風をかけて、シャロンは湾曲しながら襲う黒の物体と、その合間を縫って襲い来る輝きを、ヒュンヒュンと避けつつ、二人と合流できるよう近づいていく。
小さく数が多いスピネルの結晶は素早く動き、見えにくく捉え辛い。シャロンは服や髪を斬り裂かれつつも、一度強く風の結界を展開してそれを弾き、目の前に来たルチルの触手(?)を剣に風を纏わせ斬り散らした。
これほど激しい戦いでありながら、樹木はおろか花一輪でさえ影響を受けていない敷地を不気味に思いながらも、剣と双剣、それぞれでスピネルとルチルの攻撃を凌ぎ、二人と合流すると、
「だいたいパターンは掴めた。……ここからは年長者による、仕置きといくか」
にやりと笑うリッツの声が、風越しではなく直接届いた。
悪い笑みだなー、と呆れつつも一応耳を傾ければ、
「シャロンはフォロー中心にしてくれ。ある程度動きを抑えた方がいい。アル、行くぞ、見せ場ちゃんと作っとけよ」
そう指示を出した。
「…………おまえに言われる筋合いはない」
例によって、すげないアルの殺伐とした返事もまったく意に介さず笑い……その背後から透明の結晶と鈍色の螺旋が来たので、それらを避け、互いに見交わして再び四方へ分かれていく。
放射状に伸ばし襲いかかるルチルの一部をアルフレッドが斬りつけるも、ぼよんと弾かれ、同時に細く分かれたそれ、が剣と体に絡みつき、その隙を逃さず結晶体が襲いかかった。
シャロンがそれを見て風で弾くより速く、アイリッツの投げた二つの剣がルチルの黒銀の触手をズッパリと斬り、回転して帰っていく。
「いやー実はこんなこともできちゃうんだなーこれが」
クルクルと戻った剣を弄べば、得意げな声を拾ったのかアルフレッドが呆れたような視線を投げかけた。
シャロンが離れた場所でその様子を見て、やはり唖然としつつ、出し惜しみしている手はあといくつあるんだ、と小さく呟いた。
城内、中からは見通しがよく、外からは無人にしか見えないようになっている廊下では、ラスキが部下への指示を終え帰ってくると、どこかから戻ってきたらしい暗い表情のジゼルとかち合った。
「エルズ様を呼んだのですが……来る気はない、の一点張りで」
「……まあ、あいつはそういう奴だからな」
それだけ言って中へ入ろうとするラスキを引き止め、
「でも……!今この状況で!この城に、攻め入ろうとされているんですよ!?なんで、どうして他人事のようにいられるんですか!!彼も、貴方も!」
もはや泣き出さんばかりのジゼルを落ち着け、となだめ、
「この城は……なんのためにあると思う?」
と逆に、真面目な表情で問いかけた。
「え……?それは、みんなのためにです」
「皆とは誰か。…………ゆっくり、考えるといい」
呆然と佇むジゼルを残し、騎士団長はさっさと中へ入っていった。
部屋は薄暗く、壁に張られた白い布には、ルチル&スピネルVS侵入者たち、の映像が映し出され……まったく映写会の雰囲気そのものとなっていた。
「ルチルとスピネルは、それぞれ違う性質ですが、ともにダメージが通りにくい、と共通点があります。……おおーさすが、相手もやりますね。あの二人の連携プレイを躱すとは」
音はないが、シルウェリスが時折、解説者よろしく、実況説明を挟んでいる。
ラスキと、混乱したままではあったものの、やがてジゼルも部屋へ入り、呆然と映像を眺め……はっと我に返ってそれぞれに腰掛けた。
「エルズさんは……こっちに来ないって」
「ん」
その言葉に、驚くこともなくナスターシャは了解っとばかりに手をひらりとさせ、再び映像へと視線を戻し、
「うーん……やっぱりじわじわ押されてるかな」
そう感想を述べた彼女と同じようにまたジゼルも、映し出される戦闘の様子をぼんやり眺めながら、
「彼らは……なんのために戦っているのでしょうか」
そうぽつりと呟いた。
相変わらず激しい猛攻が続いていた。だが、アルフレッドの剣戟と、アイリッツの双剣でのトリッキーな攻撃を受け、少しずつスピネルとルチルの消耗が重なっていく。……少しずつ少しずつ、こちらの勝機が近づいてきている。
「チッ、戻りがすくねーな」
ポロポロと欠けてきた体を見て、スピネルが呟き、そこにだるそうなルチルが身を傾ける。
「んー、こっちはまだまだいけるけどー」
強がる台詞にも、あまり力はない。
「退け!」
その様子を見、シャロンがルチルとスピネルに鋭く最後勧告をした。
「この先の結果は明らかだ。これ以上は、無意味に、」
あーあ、とアイリッツが隣で嘆息しつつも、止めるような真似はせず待機する。まあ、相手の返答もだいたい予想がつくが。
「その言い種はどうかと思うの」
ルチルが小首を傾げ、続いてまっすぐこちらを見た。
「私たちの創造主シルウェリスはね、生活力が皆無なの」
なぜいきなり、と戸惑うシャロンたちを尻目に、続けて、
「性格も悪くて、趣味の話を一度し出したら止まらない上に、他の人には良くドン引きされてる変人なんだけど」
「そこまで言っていいのかよ、今頃地味にショック受けてねえか?」
横で呆れるスピネルの言葉にも首を振って止まらず、
「でもね。魔術にかけては超一流で、右に出る者はいないの。その彼に創られたのが、私たち、だから」
すっ、と目を細め、
「嘗めないで。こっちにも誇りはあるの」
手を伸ばしてフリルの縁飾りがついた黒と白のパラソルを取り出した。
「今日の天気は晴れのち曇り、黒い雨。時々、白い結晶が降るでしょう」
いきなりかよ、とぼやきを残し、スピネルの姿が消えた。
ルチルから漏れ出た黒い霧が、雲を作り、にわかに空が暗くなる。
「く、そッ」
やはり戦うより他にはないか、とシャロンが風でルチルの体を薙ぐも、その彼女の姿も掻き消えた。
「シャロン、この雨はまずい!」
地に落ちシュウシュウと音を立てる雨にアイリッツが警告し、シャロンが風の結界を張る。黒く狭い視界の中で、雨に混じり、空からキラキラと白い結晶が降ってきた。
冷たく、白い輝く結晶は見るまに大きくなり、キンッと硬質の音を立てながらその枝を伸ばす。
くるくる回りながら広がる結晶は、こんなときでなければとても幻想的な風景だったに違いない。シャロンが風を使い枝を刈るその後から後からまっすぐ伸びてきて、蔦のように辺りを覆いつくしていく。
避けきれずシャロンが右足と腕の一部を、アルフレッドが左腕を突き刺され、剣で結晶を粉砕した。
「砕け散れ!」
シャロンは深く息を吸い風を溜め、白くはびこる結晶の蔦へと叩きつけてそれらを巻き込み打ち砕いた。
このぐらいなら……とアイリッツが二人に治癒をかける。
「霊薬も残り少ないからな」
「…………ありがとう、というべきなんだろうが」
そういいつつもシャロンが半目で睨んだので、いや、言いたいことはわかるけど、と苦笑した。
「前も言ったじゃないか。なるべく節約してるって話を」
そのやりとりのあいだにも、シャロンは降りしきる黒い雨を風の結界でずっと防いでいたが、さすがに疲れを感じ始めたので、黒く覆う雲を睨み、剣を構えて風の刃を飛ばす。分散させてそれぞれに圧をかけ潰せば、と風をコントロールし、練り始めた。
アルフレッドが散らばった結晶の塊を追い、一気に叩き潰そうと剣を掲げる。
おそらく二人が元に戻るなら、このタイミングしかない。
シャロンが頭の片隅でそんなことを思いながら風を集めていると、アイリッツが真顔でくいっと一か所を指し示し、蓋付き小バケツをそことシャロンとのあいだに高く放り投げた。
チャンスは一度きりとか言っておきながら雑な……!!
シャロンが怒りに顔をしかめつつ、溜めておいた風で旋風を起こし、液体状急速冷却剤を巻き込んで竜巻へと進化させ、目の前に形成されたルチルの体を取り巻き、そのすべてを凍りつかせた。
「ルチル!」
悲鳴のような声を上げ、スピネルが形を取り駆け寄ろうとしたが、アルフレッドに斬りかかられ二の足を踏む。
「クソったれ!そこをどけ、このクズ野郎が!」
叫ぶものの、阻まれた挙句に斬撃を食らい、一度バラバラになってルチルの近くで再びその姿を形作った。
「満身創痍、って、とこか……」
罅割れた顔を歪めて笑う、その隣の彫像に幾筋も割れ目が入り、大分形を保てなくなったルチルがどろりと身を起こした。
警戒を崩さないシャロンたちの前で、ルチルが、
「まだだよー私たちのとびっきり」
そう呟いて、
「あー、了解」
スピネルが手を上げた。
二人の姿がぐにゃりと歪んだ、と思ったら、美しく透き通った水晶の六角錐の連なる彫刻が、そこに鎮座していた。
すぐさまシャロンは風を自分とアルフレッドのまわりに展開する。アイリッツは避けるだろう、と、そう信じて。
予想どおり、次の瞬間そこから結晶の一つ一つの棘が発射され、巨大な雹のごとく結界に叩きつけられた。
なんとか防いだ、と思った次の瞬間、シャロンの視界は、繊細で細い、黄金色に染められていた。
「くそ、間に合わなかったか……」
六角錐から華のごとくあふれ出て広がった金色の結晶は、狙い違わず、シャロンとアルフレッドを串刺しにして美しく黄金色に染め上げていた。
ぞっとするような光景だった。このまま復活してはまずい、と、アイリッツは“力”を使い、一瞬で黄金の結晶を消し去った。ほぼ同時に、腕輪の石が砕け、二人が息を吹き返す。
「いま、のは……」
「最後の力を振り絞って、ってヤツだろうな」
「そう、か、終わったのか……」
儚く消えていった輝きに、何か思うところでもあったのだろうか。アルフレッドを助け起こしたシャロンが、
「戦うことを目的とした個体か……少し、寂しいな」
どこか遠くをみるようにぼんやりと呟くと、
「そんな同情は犬にでもくれてやれ。今生きている人間の方が大事だと、オレは思うね」
アイリッツが苦い調子でそう、吐き捨てた。
『なんでこんな黒っぽい体なの~。もっと綺麗な色にして~』
ルチルが駄々をこね、シルウェリスは彼女を見返して、
『……渋くていいじゃないですか』
まったく乙女心をわかっていない返事の仕方をした。研究室中に殺気が膨れ上がる。
『そうは言ってもねえ……体はもう構成されているんですから、そんなあっさり変えるわけには』
『えええ……こうなったらシルウェを一生恨んでやる~。そっくりな人形作って髪の毛入れて……』
『どこで仕入れてきたんですかその知識は。無意味だしそれもどうかと……』
しばらく悩む様子を見せたのち、
『ああ、じゃあ特別に内側に違う色を入れましょう。豪華にね』
『え!?ほんとにいいの?』
瞳を輝かせるルチルに頷き、ただし、と付け加えて、
『このことは、他には内緒ですよ。例えば、髪を七色に変えられるようにしてくれ、とか言われたら大変ですからね』
そうげんなりした様子で口止めをした。