ルチルとスピネル 2
戦闘シーン有です。投稿遅くなりすみません。
お互い短く言葉を交わし、安否を確認するシャロンたちの前で、くるくるとルチルはまわる。
特に攻撃の予備動作、というわけでもなく、なんだか楽しそうだ。この隙にと邪魔なカバンを置き、ニ三必要な物だけを懐に入れておく。
「おいそろそろ行くぞ」
「はいはい~」
スピネルの声掛けにこちらを向き、彼女はにこにこと笑い、そして溶けて空へ広がって、天井のように覆っていく。同時にスピネルが透明になり、バシュバシュバシュッと弾けた水晶に酷似した物体が直線的な動きでこちらに襲いかかってきた。
襲う暫定水晶の欠片を必要最低限の動きで避けるシャロンたちの元に、空を覆いうねうねと動いていた鈍色の液体が、ゆっくりと下りてきていた。
……この状況まずくないか!?
水晶の切っ先を避けつつなんとか風を使い、垂れ下がり黒銀に輝く物体を逸らそうと狙うが、それらはいやいやをするように風を避けてくねり、再び下へと向かってくる。
「気持ち悪い……」
思わず呟くと、それに反応したのか、
「ええー」
いち早く地面に辿り着いた黒い何かがくねり、少女の姿を取って不満げな声を上げた。かと思いきや、再び弾けて細い筋となり、手近なアルフレッドに絡みつこうとし、彼は剣で打ち防ぎながら避けていく。
「おい気にしてる場合じゃない!」
アイリッツの叫びと同時に透明な輝きがシャロンを襲い、腕と服の一部を斬り裂いた。
「俺の攻撃は、そう簡単には防げないぜ?」
輝く水晶に酷似した物体がいくつかの塊を作り、そのうちの一つがスピネルを形作った。にやりと得意げに笑ったかと思いきや、それらは無数に分かれた細く鋭い破片となり、発射する。
小剣が濃灰の物体に刺さり、ぐんにゃりと力を失ったため、シャロンは慌てて離脱するが遅く、無数の水晶の欠片が彼女の体に突き立った。
「あ、ああぁああッ」
すぐに欠片は抜けてスピネルとして集まり、みるみるうちにシャロンの服は赤く染まっていく。
「シャロン!」
「大丈夫か!」
アイリッツとアルフレッドそれぞれが叫び、駆け寄るも、シャロンは手を振ってそれを制し、懐の霊薬を取り出した。
あと、どのくらい残っているのだろう、と不安の影がよぎるも、すぐに頭から締め出して一気に飲み干し投げ捨てて剣を握り直す。
「くっ……!ロクなのがないな」
アイリッツはカバンを探り、中から羽のついたキューブのようなものを数個空へ放り出した。それは、ひらひらと可憐な花や花びらを散らし、はばたきながらどこか彼方へと向かっていく。
「あー、見てよスピネル、手品手品ー」
「そんなの後でシルウェにでも見せてもらえよ。もっとすんごいの出せるぞ」
ただ、彼らを楽しませているだけのような気はするが……と見ているまに再びそれは戻ってきて、シュルシュルと音を立てて回転し、さすがに不審に思ったのかスピネルがそのキューブに攻撃する
も、華麗に避けられ、その後を追って迎撃する。
ルチルの近くにもブーンと飛んできて、彼女の髪でペイッとはたき落とされたがけなげにも起き上がり、再び空へと戻っていく。
「何一緒になって見てんだよ。あれはただのブラフだぞ。……それより」
アイリッツが声をひそめて呼びかけ、蓋のついた小さなバケツのようなものを掲げてみせ、
「こっちが本題なんだよ。これは急速冷却剤で、おそらくタイミングさえうまく合えば、あの黒いのの動きを完全に止められる。硬いのはともかくとして、だ」
「で、それをどうすればいい」
「体が集合している時に、風に乗せてほしい。いっとくがこれだけしかないからな。チャンスは一度きりだ」
「役立つものがなぜほとんど残っていない」
アルフレッドが冷静に指摘し、
「うるさいな、仕方ないだろ。そろそろ品切れだ」
アイリッツが苦く返した。
その瞬間パパパン、と爆音とともにキューブが破壊され、敵方もシャロンも身を強張らせたが、空からは攻撃ではなく、色とりどりの長いリボンが振ってきた。
スピネルが警戒しさらにリボンを串刺しにする隣で、ルチルはうわぁと手を叩いて喜んでいる。視界は賑やかになったが、特に何か発動する様子もなく、これはなんのためにあるのだろう、と思わずにはいられなかった。
その少し前。ルチルとスピネルが防いでいるあいだにと、騎士団長ラスキは兵を集め、ひそかに城の要所要所への配置を告げていた。
「いいか、一振り……いや、かすり傷でもいいから狙っておけ。小さな傷でも積もればそれは疲弊を誘い、活路へと繋がることになる。それには一人一人が自身で相手の首を獲るつもりなければいけない」
熱の籠った激励を受け、兵士の一人が感極まったように敬礼する。
「団長!私は、その言葉を胸に、この命に代えても城を護ってみせます!奴らの思いどおりにはさせません!」
「そのとおりです!我ら一丸となって持ち場を必ずや死守してご覧に入れます!」
口々に叫び手を振り立てる部下たちを見て、ふ、と気づかれないほどかすかな陰りがラスキの瞳に差すも、すぐに苦笑に取って代わり、
「その意気やよし!だが、慢心はするな。尻込みや自暴自棄などもってのほかだ。おまえたちが訓練で鍛え、培ったその力を出し切るつもりで当たれ。いいな!」
「「「「「はいッ」」」」」
怒号のようなその声は、幸か不幸か相手に知られることなく、タイミングよく響いた外のいくつかの爆音に掻き消されてしまっていた。
シャロンたちと、奇妙な二人組と。双方が呆気にとられたような時間は過ぎ、スピネルとルチルが再び相手へと向き直る。
「よーし、私たちもがんばろー」
「何をだよ。色モノになるのは嫌だからな」
スピネルが冷めた目でルチルを見て、その体を平たく三つに変えた。半月型で薄刃のそれは、断首台のそれに酷似している。すぐさま攻撃は来た。
速く、ぎらりと近づくそれを避け、風を振るう。視界の片隅で、アルフレッドが刃に斬りつけ、弾き、取って返した刃とまた斬撃を繰り返している。
ルチルは眉間にしわをよせ目をギュッと閉じたまま動かず、その体がぶるぶると震えている。チャンス、なのだろうか。
と、こちらも顔をしかめていたアイリッツが、短く首を振ると同時に、ルチルの体が大きく上と下、二つに分かれた。
「は!?手、って」
鈍色に広がり、上と地面から来てこちらを押さえつけようとしているのが、なぜか、巨大な、手で、、、。
ちょっと理解が追いつけなかったシャロンたちを―――――理解していたとしても大きすぎて逃げられなかっただろうが――――――確実に、挟み込んだ。
その合間を薄刃の輝きが襲う。
な、なんで、こんな……手と手に挟まれているんだ!?
しかし、そんな中でもアイリッツとアルフレッドは冷静だった。すぐに状況を悟り、アルフレッドが剣に力を籠めるのに合わせ、アイリッツが下側の手を斬り裂き落ちるように脱出する。
シャロンも同時に風を展開し、手が元どおりになるのを防ぎ、さらに圧力を込めて一部を爆散させた。
頭上をヒュンヒュン唸りながら刃が通り過ぎて、再び引き返してくる。上の手も合わせて押し潰そうとしてきたため、シャロンは咄嗟に自分と、アイリッツとアルフレッドのあいだに風の壁を作り、反対方向へと押し出した。
ごろごろと転がったものの、なんとか平面の人間になるのは避けられた三人は、それぞれすぐさま起き上がり、剣を構えた。
「……うにゃ」
なんだか妙な声とともに爆散した体を集め、ルチルがこちらを見、スピネルも三つに分かれた体を再び元へと戻して隣に立つ。
まずいな。アルたちと距離がある。
立ち位置を確認しつつ、再び少し離れたところへ浮かぶ二人を睨み、シャロンは手の平ににじんだ汗と血を服で拭って、ギリッと剣の柄を握り締めた。