ルチルとスピネル 1
戦闘シーン若干あります。
その昔、“カルテヴァーロ”が創られてしばらく経った頃。聡明な彼女たちは城の人間と自分たちの隔たりに気づいていた。
姿を現せば顔を背け、皆一様にどう扱えばいいのかわからない、といった表情をする。
『あいつらあたしたちが噛みつくとでも思ってんのかな』
ミリウムがぼやけば、
『きっと対応を図りかねているのですよ。ここは一つ、オシャレでもして無害さ、可愛らしさをアピールです!』
サーラがそれに返す。
シルウェリスがその報告を受けたのは、ちょうど週に一度行われる、ルチルとスピネルの調整作業の最中だった。
『……カルテヴァーロがオシャレに目覚めた?それは、またなんで』
『さあ……私にもわかりかねますが』
部下の中でも生真面目で知られるその男はそう真顔で返す。
うーん、、、とシルウェリスはほんの少し考え込んだが、
『ま、別にいいでしょう。さしたる問題でもない』
とあっさり承諾した。
それからしばらく、思い思いに服装を変える“カルテヴァーロ”が見られ、シルウェリスにも、戦闘に耐えうる服が欲しい、との要求がくる。
そして、楽しそうにはしゃぐ彼女たちを見ていたルチルもまた、
『……もっとオシャレな服が着たい』
と言い出し、シルウェリスは改めて彼女の服装をまじまじと眺めた。
髪に合った、まったくシンプルな鈍色のワンピース。正直なところ、どこが不満なのかわからない。
『そうはいってもですね……あなたの体の造りからして、動作の妨げにしかならないんですが』
『創ればいいと思うの』
そうあっさり彼女は言い、ゆずらず、作ってくれるまでは外へ出ないと言い張って地下研究室の出入り口を塞ぎ動かなくなった。
まったく……伸縮自在の服なんて、と最終的には創ることを渋々承諾したシルウェリスはぼやき、はたと気づいた。
少女用の服の構造など、まったくわからない。あと、この場合下着なども作成するのだろうか。
気づいたことに衝撃を受けつつ、ぐるりと研究室の面々を見渡した。ニ、三日どころか一週間同じ服装のままで、髪や髭もそのままの研究員たち。しかも、
『なんで、この研究室にはうら若き女性がいないんでしょうね?』
相談すらできそうもない、と愕然と零したその言葉に、
『……団長、その発言はどうかと」
研究員の一人は突っ込んだ。
数日が過ぎ、仕立て屋に頼んで……いえいえ、それだとなんだか不名誉な噂が立てられる気がします……と悩みながら王宮の廊下を歩くシルウェリスに、伝令の一人が、
『シルウェリス様!大変です、庭園が!すぐそちらに向かってください!』
と慌てて駆け寄ってきた。
急ぎ足で向かったそこには、
『見ろ!これぞ芸術作品だぜ!』
庭園の草木や花々にクリスタルの欠片を突き立て喜ぶスピネルの姿があった。
『あああ、もう、いいかげんにしなさい!』
「で、一番手はどうするの?」
即席の緊急会議室にした部屋の中。向けられた言葉に、シルウェリスははっ、と我に返る。問いかけたナスターシャに笑顔を向け、
「もちろん私が、といいたいところですが……まだやり残した部分もありますので、スピネルとルチルがすでに待機しています。データも取らないと」
それまで物思いに沈み、話を聞いてなかったことなどおくびにも出さず、ふふ、とほくそ笑む彼に対し、何やら一悶着あったのかずっと不機嫌なラスキが、
「……この幼女趣味が」
と鼻を鳴らす。
スピネルは幼女ではないですね、とシルウェリスは律儀に訂正し、
「それに。そのネタは少々飽きました。もっと斬新なものをお願いします」
そう毒のある笑みで突き返す。
「彼らが倒されたら、私が行きますよ」
「はいはい、わかったわかった」
さらりと言うナスターシャに、ジゼルがうろたえ、こっそりと彼女を呼ぶ。
「アーシャさん……エルズさんは、どこへ」
「ああ、あいつは相変わらず例の部屋かな」
「彼も呼びましょう。もう少しきちんと作戦を立てないと」
真顔で提案する彼女に、ふっと微笑み、
「まあ、そうなんだけど。……とりあえずルチルとスピネルには足留めを頼んどいて、と。じゃあ、エルズを呼んできてくれる?」
「わかりました。すぐに行ってきます!」
そう言って、彼女は急ぎ部屋を去った。
「エルズは動かないんだけどね。彼は、“最後まで動けない”という縛りがかかってるから」
それに……と後のを見回し、
「綿密な作戦立ててもそのとおりに動いた試しがないし……やるだけ無駄かな」
そうこっそり呟いた。
シルウェリスが、私もちょっと行ってきます、と出ていき、ラスキももう一度兵の配置を見てくる、と部屋を出たので、ナスターシャも再び外の様子を窺うことにした。
空は高く晴れ。曇ったことなどないその天気が、ひどく疎ましかった。
シルウェリスは、王宮の仕掛けをハミング交じりに確認し、一人悦に入っていた。そういえば、と懐の例のものを思い出し、庭園から少し離れた、西の演習場へ向かう。
そして、その片隅。小屋の中に取り残されていた存在を発見して、彼の瞳が輝いた。
シャロンたちは、搭から出て、ひたすら広い敷地内を王宮へと道に沿って向かっていた。周辺には、森や、綺麗に刈り込まれた芝生、花畑が広がっている。
「……どうも、隠れる場所があまりないせいか、落ち着かないな」
とシャロンが零せば、
「あちらさんはとうに気づいてるよ。そろそろ来る頃合いじゃないか?」
とアイリッツが答え、アルフレッドが至極冷静に、もう来ている、とものすごく遠くの二つの点を指差した。
「…………やたら遠いな。ていうか知っていたならもっと早く教えてくれ」
先に気づいていたらしい二人にシャロンが文句を言いつつ、もう一度その二つの点を振り返ると、それらはもう、姿がはっきり見えるところまで近づき、みるみるうちに目の前に迫り、肩までの鈍く重たい銀色の髪を編み込み、同色の眼差しに、黒を基調に白のフリルをあしらったドレスを着た少女と、肌もとい体全体がやたら白い……どころか半透明で、カーキ色の狩猟服を着た少年とが出現した。
「ルチルです~よろしく」
「俺はスピネルだ!おまえら俺の姉たちが世話になったようじゃないか!ああ!?」
二人は交互にそう発言してきたので、シャロンも、
「シャロンだ。こちらはアルフレッド、アイリッツ」
と一応紹介した。
「おし、じゃあ始めようか!」
スピネルが笑顔で言う。
なんだろう、目がガラス玉のようだ……。
話は通じなさそうだな、と思ったが、シャロンは、
「ルチルとスピネル、ここを通して欲しい。私たちは、無駄な争いに来たわけじゃない……」
と言ってから自分の台詞の空しさに気づいた。案の定、二人は驚きに目を丸くし、何を言ってんのこの人、とばかりにこちらを見る。
「と、こんな台詞は無意味だな。ここを通してもらう」
そうさっさと訂正して、すでに剣を構えるアイリッツとアルフレッドの隣で、柄に手をかけた。
「おう!」
となぜか嬉しそうにスピネルが返事をし、
「じゃあ、いっくよー」
とほよほよした口調でルチルが手を上げる。
それは、鈍色と透明の二つの輝き。
ルチルの体が放射線状にいくつも分かれ、伸びた。三人の体に、絡みつく。シャロンは風を使い、内側から弾くがそれとほぼ同時に美しい水晶(?)の欠片が地面から生え、下から突き刺した。
「チッ、逃したか」
スピネルが舌打ちし、ルチルが再び手足を元に戻す。
受け身を取りつつ相手を油断なく見据え、
「傷は」
「問題ない」
「オレの心配は?……って、スルーかよ」
短く会話して、シャロンたち側もお互いの状況を確かめる。
対を成すような二つの生命体。それらと対峙しながら、シャロンは不思議と気分が高揚するのを感じ、自然と笑みを閃かせる。
例え、長時間の戦いに及ぼうとも、必ず勝ってみせる。
そう心に抱きながら。