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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
237/369

誰がために城は在る?

 相手側の視点につき、ご注意ください。

 城内はざわめきに包まれたものの、避難は女性と若年者優先に比較的スムーズに行われた。


 魔術師団、とは名ばかりの奇人変人研究者の集まりは、資料、魔道具諸々をめいっぱい持ち運ぼうとしたため咎められ、現在に至る。


 魔術師団長シルウェリスの輝かんばかりの(黒い)笑みを受け、彼らはいたずらが見つかった子どものように気まずげに肩をすくめてみせた。


「あなた方は、何を聞いていたんですか。すべて魔術結界を張って保護すると通達があったでしょうが」

「……すんません。でも団長。万が一ってことも」

「万が一ね……いいでしょう。そこまで言うのなら」

 シルウェリスは呆れたように首を振った。


 万が一が起こるとするならば、ここはすべて消え失せる。どれだけ貴重だろうが、古書なんて持ち出しても意味はない。


 それらには言及せず、

「あなた方の避難は、後回しです。先に手伝ってもらいます。この城が陥落されないよう尽力してください」

ひどくないですか!だの、鬼だ!などと悲鳴混じりの叫びを、

「いいから。私についてきてもらいます」

とより大声で封じ、最後に研究室をちらりと確認して、何かに使えそうですねと“選定者の素”を取り、白いローブ風上着の下のサーコート、その腰元のポーチに押し入れた。



慌ただしい騒ぎを遠くに聞きながら、エルセヴィルは今日も変わらず、宰相執務室隣の談話室のソファに寝ころんでいた。


 城を放り出し逃げるわけにはいかない、と、宰相は残るらしい。エルズはテーブルから“白銀のため息”と銘のついた、煙草によく似た嗜好品を取り、火をつけた。


 寝そべり、アンニュイな溜息とともに吐き出した銀の薄煙が広がり、薄荷草とティートリーの澄んだ香りがゆっくりと部屋中に漂っていく。


 関係ない、と嘯きながらも、エルズの心はずっと黒混じりの曇天のままだった。


 この場所に執着やこだわりなどなく、自分の中を探っても、空っぽの答えが返るだけのはず……だが――――――どこか、片隅で何かが、引っかかる。


 何かあったような気がする。忘れている何かが。


 それはエルズの心をかすかに内側からずっと、引っかき続けているのだ。こうしちゃいられない、と――――――。



 空は青く澄みきっていた。美しく可愛らしい花々が咲き乱れ、蝶々がひらひらと合い間を舞う、のどかな庭園風景が広がっている。塔からの動きは、今のところ、ない。


 非戦闘者の、離宮への移動もつつがなく行われているようだった。……さしたる混乱もなく。


「まったく、こんな仮初めの……」

 ナスターシャは呟きかけて、響いてきた軍靴の足音にはっと口をつぐむ。


「ここにいたのか。ジゼルが心配していたぞ」

 すぐにラスキが姿を現し、早足で近づいてきた。


「ここからが、一番よく見えるから」

「……ああ、確かにな。何回か前の時は、ここまで辿り着かなかったが」

できれば強い相手であって欲しいものだ、と心中が駄々漏れになっている。


 城を護る者の発言としてはアウトかなー、とナスターシャは内心思いつつ、

「で、騎士団長様がこんなとこでのんびりしてていいの?」

「ああ。兵は皆残るといっている」

「ふうん。ま、そうだろね」

と気のない返事を返した。むしろ、それ以外の者が出たら、天変地異を怖れるかもしれない。


 じっと、塔を見つめてみた。動きは、まだない。


「しかし、ここは本当に見通しがいい。近くに小広間があるからそこを臨時会議室とするか」

「ええー」

「……何か問題でも?」

 心底不思議そうな、その黒の双眸に、いや、特にないけど、と首を振った。随分前も同じようにしたのを、ラスキは忘れているに違いない。


 確かにここだった、と窓を見て、誰かに突っ込まれる前にと、去りかけたラスキに口を開くも、

「っって、早ッ」

あっさり見えくなった彼に、あーあと嘆息し、

「ここ、かなりお気に入りの場所なんだけど。また騒がしくなるなあ……」

前と同じように呟いた。


 

 相変わらず青く澄んでいる空、遠くその下に目を凝らし、変化ない状況にせめて敷地内森林に棲む鹿などの動物たちでも見えないかと目を凝らしつつ見張りを続けているナスターシャの元に、

「ああ、やっぱりここですね」

と今度はシルウェリスがやってきた。

「まためんどいのが……」

「悪口は本人のいないところでやってくださいね」

「いや、聞こえるようにいうのがポイントだし」

 半目で即行返してから、

「なんで皆わざわざ来るかなあ……?」

とぼやくと、

「そりゃあちらの様子見ですよ。そろそろかなあ、と」

返事をして、いきなり一抱えどころか二抱えほどもある巨大レンズらしきものを取り出した。


「うわッ、ってそれかぁ……。毎回思うけどポーチの中どうなってんだろ」

「知りたいですか?」

 きらりとシルウェリスの瞳が輝いた。

「いや、いい」

あっさりと両断され、肩を落としながらも、窓に拡大機能付き望遠レンズを設置したところで、突然塔の天辺の一部が割れ、人影が飛び出した。


おおー落ちる落ちる、と見ている間に二つの人影は落下し、風の魔力展開をして、地面に下り立った。


「詠唱や展開の素振りもなしですか……十中八九魔道具によるものとは思いますが、どういう仕組みになっているんでしょうね。通常は、強いイメージと‘力ある言葉’もしくは‘術式’はセットになっているはずですが……」

興味深々にそちらをじっと見て、

「あれだけのものとなると、内部に魔導石と、術式を組み込んでそれから、」

「いや、もういいって。そういうのまた研究室でやってよ」

始まりかけた解説をすげなくナスターシャにシャットアウトされた。


 シルウェリスはひそかにため息を吐き、小さな三つの人影をわざわざレンズで拡大し、何事かやりとりしているらしいその姿を、期待を籠めた眼差しで熱く見つめることにした。……彼らなら、きっとこの談義を受け止めて付き合ってくれるに違いない。


 シルウェリスのその様子に、うわうざそう、と、ナスターシャもレンズ越しの相手に同情の視線を送る。


 やがて、廊下に足音が響き、足音が聞こえ、彼らが集まり始める。


 挨拶代わりにと、ナスターシャはレンズに拡大される姿と、塔の裾を確認しつつ、矢にメッセージを添えて弓につがえ、ギリギリと引いて、短い呪文とともに射た。




 塔の麓でどう進んでいくかという話をしていたシャロンたちは、風切る音に、即座にそちらを向き、飛来するものを認め、アルフレッドが剣を抜こうとしたのをアイリッツが制した。矢は狙い違わず三人の足元の地面へと突き刺さる。


 シャロンが矢に結ばれたその紙を広げると、そこにはこうあった。


 “ヴォロディア城内にようこそ!”


――――――と。

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