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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
234/369

それは、すぐ近くに

後半わりと甘めなのでご注意ください。

 すぐ傍に常にあって、ごく当たり前の日常に溶け込んでしまったもの。喜びとともにあり、浮足立つ。欠けていた自分が、満ちたような、そんな存在。


 ……素面でそんなこと言える人間いたらお目にかかりたいものだ。泥酔状態ならひょっとしたら言えるかもしれないが。



 朝、夜明け少し前に外へ出た。薄暗く、肌寒い中、少しずつ空が白み始めてくる。

「あまり時間はかけたくない。急いでまわろうぜ」

 やたら元気なアイリッツに引き替え、こちらのテンションは低い。まあ、寝起きだから、というのもあるが。

「……やはり、町の中心部より、外れの、壁沿い周辺を当たった方がいいんじゃないだろうか。そんな気がする」

「そうだな。町の中より狙われやすそうだけどな」

「戦って排除すればいい」

相変わらずの無表情で、アルフレッドが言う。

「ブレないなアルは……」


 そんな会話をしながら、市街を避け、歩いていくと、

「あ。まずい」

とアイリッツが辺りを見て声を上げた。

「なんだよ急に」


 シャロンはそう返して、まわりを見渡してみる。朝だからか、鳥たちが林や空高くに、数多く見られ……それらは鳴くこともなく、その無言の視線が、一様にこちらを向いていた。


 パサパサパサ……とまた一羽飛んできて近くの枝に止まる。


「シャロン、風を!」

 そう叫ぶのと同時に、鳥たちはいっせいにこちらへ襲いかかってきた。羽をすぼめ、一直線に弾丸のように落ちてくるもの、空中で一度停止し、顔や手足を狙ってくるものなど、動きはさまざまだが、シャロンの展開した風の結界に阻まれ、ガツンガツンとぶつかりながらぼとぼとと地面へ落ちていく。


 黒い炭を撒いたような群れが再び向こうからやってくる。

「おい、こっちだ!」

 次々に鳥の死骸を増やしていたシャロンとアルフレッドは、アイリッツの指示で一度、傾き具合は激しいが入るぐらいはできそうな廃墟へ避難することにした。


「油断してた。結界は薄く張ってはいたんだが……気づかれたか」

 壁の隙間から外を窺いながら、アイリッツが言う。

「……なぜ結界を強化しない?」

 アルフレッドの問いかけに、

「あまり“力”を使いたくない。ここにいる者は魔力濃度が高く、固定されている……吸収もほとんどできないし、これから目減りしていくのは火を見るより明らかだからな」

そう舌打ちして、シャロンに手を伸ばした。

「シャロン。‘天幕’を出してくれ」

「あ、ああ」


 シャロンが戸惑いつつもカバンの奥から天幕を出してアイリッツに渡すと、彼はなんと小刀でその布をビリビリと三つに裂いた。


「……この先天幕なんて無用だしな。これに魔力を籠めて使用すれば、少しはマシになるはず」

 くるりとアイリッツが首に布を巻きつけたので、シャロンたちもそれにならう。

「なるほど。こうか?」

「ああ、上出来だ。行こう」

 アイリッツが頷いて、廃墟を出た。確かに鳥たちは近くを飛び交い、うろうろするものの、こちらに気づかず通り過ぎていく。


 鳥たちの群れをやり過ごしながら、壁に沿って郊外を歩いていく。目立たないところにも、考古学博物館と看板のある建物や、栽培地なのか囲われた塀の中で多種多様な植物が育てられ、ちらりと見ただけでも、赤や黄の色とりどりの実がいくつか生っていて、それを幾人かがあるいは覆いを被せ、あるいは摘果して、丁寧に世話をしているのが窺えた。


 こんな場合じゃなければ寄って見たくなるほど、小規模だが品揃えが豊富な野菜市や花市がある通りを、手がかりがないかどうか慎重に探っていく。すると、昼前に差しかかった辺りから、穏やかな田舎道にはふさわしくない、物々しい兵士たちが、そこかしこをうろうろしているのに出くわした。


 竜の紋章をつけた鎧の兵士のうち一人が、道でも尋ねるかのように気軽に手を上げ、こちらを呼び止めてくる。

「すみません、お窺いしたいのですが。考古学博物館というのは、どこにあるかわかりますか?」


 ……なんだか、本当に道を尋ねてきた。


 アイリッツが余所行きの笑みを張りつけて、同じようににこやかに、

「ああ、そこの通りをまっすぐ行って、交差路を二つ渡った先の……右側にありましたよ」

「そうなんですか。ついでに、霊園への道のりも教えていただきたいのですが」

「霊園……?そんなのありましたっけ……?ちょっとわからないですね。何かあるんですか?」

「ああ、ちょっとこの辺りの改修工事を計画しているものですから。ご親切にどうもありがとうございました」

 ほがらかに挨拶をして、その数人からなるグループは去った。


 完全にその影が隠れてからアイリッツが忌々しげに、

「王国の騎士が城下の道を知らないわけがないだろ、見え透いた手を……」

と吐き捨てる。

「何がしたかったのかよくわからなかったんだが……」

シャロンが首を傾げると、アルフレッドが、

「霊園は、この町の人間には、必要ない」

と端的に説明する。その後を継いでアイリッツが、

「おそらく質問でふるいにかけてるんだろ。立ち入り禁止の墓場の場所なんて、もしあそこで詳しく答えてたらどうしてそこまで知っているんだと問い詰められただろうさ」

「……そうなのか。また、まわりくどいやり方を取っているな」

「表立って大きく動かないのはありがたいけどな」

そうぼやきながら、また調査を進めていく。


 上空を飛びまわる鳥たちや、さりげなくだが、周囲を探るようにあちこちうろつきまわる兵士たちをやり過ごしながら、町の西から東へと向かっていく。王城のある丘のふもとから少し外壁寄りの僻地を探索していくと、またいくつかの廃墟……というわりには手入れが行き届いてそうな建物群の近くへやってくる。


 ぐるりと灰色の物々しい壁がまわりを取り囲み、その門には外れかけた看板がキシ、キシッと音を立てながらぶら下がっていた。


“バティトス牢獄跡地。どなたでもお気軽にご見学ください”


 特に鍵が掛かっているというわけでもなく、手をかけ開くと、軋みながらも門は開く。周辺の人影はなく、様子を窺いつつ中へ入ると、その建物群の中心部はあちこち放射状に伸びたような不思議な造りをしており、さらにそこを取り囲むように四角く幾重にも建物が造られ、巨大な迷路を思わせるような構造となっていた。


 建物の中へ入り、ざっと入り口から奥へ奥へと看守部屋、牢屋を見ていき、アイリッツの提案に従い、中央部は看守部屋や廊下はもちろん、牢屋の中までわざわざ入り、一つ一つをじっくりと見、調べてまわっていく。


 いったい何度目だろうか。薄汚れた壁を丹念に手の平でなぞり、拳で叩く、というのを繰り返していたアイリッツは、奥の牢獄の、ある部屋の壁を叩いている最中ぴたり、とその動きを止めた。

「シャロン……この奥に、空洞がある」


「は……空洞?つまり、通れるってことか?」

 驚いて頭が真っ白になりかけたシャロンが慌てて尋ね返すと、アイリッツは頷いた。

「まあ、ただの建築上できた穴って可能性もある。もしくは罠か……。とりあえず壁向こうで動くものの気配はないけど」

「そうか……」

「で、どうする?」

 アイリッツがこちらに再び意見を求めてきた。


「アルは……」

 困惑しつつそちらを見れば、迷いすらも感じさせず、

「別に、壊すのにためらう理由もない」

とあっさり断言した。


「…………壊して、みるか。それから考えよう」

 シャロンはそう、結論を出した。

「よしわかった。じゃあまず風を」

 アイリッツの言葉に、風の結界を張って外に音が漏れないようにし、壁に向かい剣を突き立てた。


 壁は古く脆くなっていたのか、あっけなく壊れ、ぽっかりと穴が空いて黒々とした闇がその向こうに広がって見えた。


 カンテラに火を点け、その闇の中へ入っていくと、そこは短い通路になっていて、すぐに行き止まりにぶち当たった。

「……シャロン、この壁もだ。多分壊せる」

「わかった」

 同じように剣で、というかほぼアルの一撃で壊すとすぐ前に扉があり、開けたそこは――――――人が二人並ぶのがやっと、というぐらいの小さな部屋になっていて、中央から地下へと梯子が下りていた。



「こんな、上手く行き過ぎる……」 

 ここまでトラップも何もなく、普通に来れてしまった。

「アイリッツは、何か感じないのか?」

「オレか……悪いが、駄目だな。そもそも、ここら一帯は魔力濃度が濃すぎて、探ることもできやしない。この先も同じだ」

そう首を振った。


「それで、どうするんだ?いったん戻るか?例えば、あの墓場に行ってもう一度探ってみるとかはどうだ?」

 穏やかに問うアイリッツ。

「それをしたいのは山々だが……時間はかけない方がいいんだろう?」

「まあそうだ……時が経てば経つほど、あちらの準備が整う。また、今度は別のことを仕掛けてくるだろうな」

「シャロンがいいように。試せばいいとは思うけど」

 なんの衒いもなくアルフレッド。


「墓か……」

 シャロンはしばらく目を閉じ……考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

「この梯子を下りてみよう。これは勘だが……墓は違うような、気がする」

 ああ、了解、とアイリッツが言って、アルフレッドが頷いた。何があってもすぐ対処できるようにと、アイリッツが真っ先に下り、シャロンが真ん中、アルフレッドが一番後ろを担当する。


 ………………思ったよりも、深い。


 暗く細い梯子の穴を、下がり、少しずつ手に汗が滲んできたところで、やっと下に到着した。そこは細い廊下が伸びていて、通路を照らすと壁にいくつかの扉が照らし出され浮かび上がる。


 扉を、用心して開けては見たが、ただ空っぽの空間があるだけで他に何もなかった。たまに部屋によっては、簡易寝台が備えてある場合もあリ…………こんなところで寝る者などいるのだろうか、息が詰まりそうなだな、などとシャロンを呆れさせた。


 細い通路は長く長く長く続いていて、どこへ向かっているかわからない。ふと思いつき羅針盤を取り出してみたが、ぐるぐる回るだけでまったく役には立たなかった。


 長い道を、時折休憩しながら歩く。幸いなことに、息苦しくはならなかったが……閉塞感と本当にここでよかったのだろうかという不安に押しつぶされそうになりながらどこまでも歩き続けていくと、やっと前方に、梯子らしきものが見えてきた。


 その元まで辿り着き上を見上げれば…………これまた長く長くずっと上まで伸びていて先が見えない。


 それまであまりしゃべらなかったアイリッツが緊張の面持ちで上を見上げ…………。

「シャロン。この上は……位置的に、あの、城壁の内側にあたる」

とごくりと唾を飲みかすれた声で告げ、ああ、そうだな、とアルフレッドも同意した。


「じゃ、じゃあ、この梯子を上がれば……」

「ああ。おそらく、城は目と鼻の先だ」

 自然と、三人ともが黙り込む。ここまで、何もなかったことが、さらに不安を助長していた。


 まあ、よかったじゃないか、とアイリッツが言い、ことさら明るく続けて、

「この先はなにがあるかわからないからな。やれることは今のうちにすませとけよ」

と言ったので、いや、特には、と反射的に答えかけたシャロンを遮り、アルフレッドが珍しく強さを宿した声で、

「ああ。悪いがリッツ。少し、シャロンと話す時間が欲しい」

と彼に言った。


「え……」

 動揺を隠せないシャロンを尻目に、ああ、いいぜとアイリッツは朗らかに笑い、近くの、まったく何もない四角い部屋に入ると、四隅を撫でて結界を張り、ごゆっくりーと愛嬌たっぷりに言って出ていった。


 バタン、と扉の閉まる音が、やけに大きく響く。


「アル……いったい、なんのつもりだ」

 恨みがましい口調で、シャロンが上目使いにアルフレッドを睨みつける。

「やっぱり、諸々の前に、すっきりはさせておきたい」

 アルフレッドは一つ息を吐き、

「前に話したとおり、僕はシャロンが大切だし、ずっと傍にいたいと思ってる。シャロンは僕のこと、どう思ってるんだ……?」

そう直球で投げてきた。……うっ、ぐはッダメージがっ。


 思わずまわりを見た。しかし、逃げるどころか、隠れる場所すらない、シンプルな空間がそこにあるだけだった。


 アルは、こちらを見つめ、辛抱強く返事を待っている。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……」

「……」

「……き、嫌いじゃ、ない、よ」


「うん。……で?」

「えっ」


 や、やっとの思いでそう言ったのに、まだ他にもあるだろうと言わんばかりの沈黙が痛い……。


 アルフレッドが、続きを忍耐強く待っていたので、シャロンも仕方なく、再び口を開いた。


 ああ、強い酒が欲しい。そう、切に願いながら、目線を彷徨わせて床に落とし、

「え、っと、最初は、誰かと一緒に旅をするなんて、ごめんだと思っていたんだ。私は、私のことで精いっぱいで、余裕なんてなかった。その分荷物が増える、と」

乾いた喉をこくりと鳴らし、心の内を探りながら、シャロンは必死に言葉を述べていく。


「だけど、それは違ったんだ。いつのまにか、私はずっと助けられてた。今はアルが傍にいることが嬉しいし、ほっと、安心できる。一緒に旅をしていると、足りない自分が、本当はまだまだだってわかっているけど、それでも、少しでも完璧に近づけたような、そんな気持ちになれるんだ。だから、アルと一緒にいられて、旅ができてよかった。そう、思ってる」

頬どころか顔全体が熱くなったが、なんとか微笑んでシャロンがそう告げる。


 対するアルフレッドは、片手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。

「あ、アル……?大丈夫か……?」

 よくわからないながらも、シャロンが若干慌ててそう尋ねると、

「油断、した……」

そうかすれた声が返ってきた。そして、しばらく沈黙が降りる。



 続く沈黙をなんとかしようと、シャロンは動揺しっぱなしの頭を働かせ、

「本当は、こんな時間なんてあまり取りたくないんだ。だって、必要ないじゃないかこんなの。別にすべてが終わってからだって、遅くない。そうだろ?」

と確認を取る。


 それからなんとか衝撃の告白から立ち直ったらしいアルフレッドが、首を振り、

「いや、本当は……決戦前に、僕の故郷の風習を、と。何か大きなことがある前に、大切な相手から祝福を受ける、というのがあって。生存確率を上げるためのジンクスみたいなものかな」

「ああ、そうだったのか。いいんじゃないか?」

そう言ってから、ああ一応、内容とか聞いておいた方がいいかな、と尋ねようとアルフレッドを見返すと…………なぜだかいきなり唇が降ってきた。


「……!?…………ちょ………~~っ……」


 ドンドンとかなり強く胸を叩いたつもりだったが、放されたのは大分経ってからだった。濡れた音を立てて唇が離れていく。


「…………」

「シャロン……?」

 ぺちぺちと半ば気の抜けかかっているシャロンの頬をアルフレッドの手の平が叩く。ようやく我に返り、

「な………っ何を」

「だから、祝福を受けようと。以前、やりたいようにやっていいってのも言われてたしいいかなと」

 そんなこと言っては……といいかけて、シャロンは以前自分が言った台詞を思い出した。


 言ってた、な、確かに……。いやいや!


「それにしても……!もうちょっと、なんていうか、前段階とか心の準備とかがあるだろうが!」

「…………シャロンの心の準備ができるのを待ってたら、年寄りになってしまうよ」

ため息交じりに言われてしまい、まずい……!言い返せない……とブツブツ言いつつ真っ赤になりながら額を抑えるシャロンだったが、せめてもの仕返しにと、拳を固め、アルフレッドの肩辺りをバシッと叩いておく。


「シャロン……なんなら、アイリッツをもう少し待たせておいても」

 なぜか真剣な顔で言われ、即座に首を振る。

「な、ななにを言っ……いや、もういいから。やめてくださいお願いします」


 最後はなぜかお願いをする形になってやっとアイリッツの待つ廊下へと戻って来れた。


「……随分遅かったな」

 責めるでもなくアイリッツが言うと、

「ちょっ……と、いろいろ……いろいろあって……だが、もう大丈夫だ」

「シャロン、あのさ、そっちは壁……ってあー」


 シャロンはわざわざ壁に向かい、ぶつかって、額を抑えて蹲ってしまった。



 もちろんアイリッツが二人の纏う雰囲気が変わったことに気づかないわけがなく、シャロンってからかうと面白いよなーと考え、アルフレッドがちらっと目線で牽制してきたので、やらないやらないとひらひら手を振っておく。


 しかしなあ……と未だ動揺が収まりきってないシャロンと、味見でかそこはかとなく満足げなアルフレッドの姿を眺め、アイリッツは天井を仰ぎ……オレってなんでここにいるんだろ、とついつい黄昏てみたりしたのだった。

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