籠と、鳥
途中視点が変わりますのでご注意ください。
アルフレッドが、探るように墓地を見つめながら、
「妙な気配がする……」
と呟いた。
「敵さんの何かだろ、そりゃ」
アイリッツが軽く返しながら、同じように墓地を眺めた。
暗い墓地を見ていると、魂まで引き込まれそうになってくる。次第に陰る光の中で、何か影のようなものが不気味に蠢くのが見えた。
「……で、どうする?別の場所を探るか?日が暮れるから、宿も探さないとな」
問いかけるアイリッツの声に、はっと我に返った。
「そうだな。候補はここのような気もするが……。また墓地か……。ひとまず、町の他の場所も確認しないと」
シャロンがそう言えば、アルフレッドとアイリッツが頷いて、
「それじゃあ、ぐるりとまわりつつ、宿を探すか」
そう辺りを見回した。もちろん、宿どころか、家など1軒もなかった。
鬱蒼とした森や林、茂みを抜け、シャロンたちが再び街へと帰ってくるころには、すっかり日が暮れ、通りと家々には明かりが灯り、辺りを明るく照らしていた。
この近辺は人気がないのか、ところどころ空き家らしき場所が目立っている。
「まあ、墓地の近くなんてあまり住みたくないだろうな」
シャロンは一人ごちた。
「そうだな。じゃあ、ここらで手を打つか」
タッタッタッと軽快にアイリッツが、そこらの家を物色し始める。
「おい……おまえには遠慮とかないのか」
ため息交じりに声をかければ、
「いやいや。どのみち、これから上がり込むんだし」
そう言いつつ、ほどよく空き家がいくつか並ぶうちの一角に足を止め、手早く鍵を開けさっさと入ってしまう。
「なかなかいいだろ?小さいが庭付き、日当たりおそらく良好」
「……」
私が何か言う前に、アルが一睨みで黙らせてしまった。ちょっとふてくされつつ口を開き、
「ちゃんと結界も張ったしさー。もう少しねぎらいの言葉があってもいいとオレは思うね」
「いや、それは感謝している、んだけれども……。ただ、なんというのか、リッツには、素直にそうさせない何かがある、というか……」
「一言余計だっつーの」
厨房を借りると煙が出てまずいので、アイリッツが水とお茶を出し、皆でドライフルーツや干し肉を分け合うことにした。アルが例の肉の塊を見て、心なしか肩を落としたので、リッツと二人で残っていた砂ねずみの干し肉を少しずつ分けてやる。
一つしかないカップに紅茶を注ぐのを眺めつつ、
「このポット……そこはかとなく不便な代物だな」
と言うと、
「一人用だろうな。まったく、創り主の性格が窺えるよ」
くつくつと笑いながらリッツがこちらへと渡してきた。
味わってから、再び戻し、アルへとまわす。…………普通に間接キ、いや、今さらだし、そんなこと気にしてたら旅なんかできない。
一瞬、羞恥とかで微妙な表情をしたシャロンを見たアイリッツは吹き出しかけ、慌てて咳払いでごまかした。
「……」
うろんな眼差しをしてきたシャロンを読めない、と定評のある笑顔で躱しておく。
そんなやりとりをしながら、三人が質素な食事を終えてしばらく。カバンの中身を確かめながら、物思いに沈んでいたアイリッツは、真面目な表情のまま、
「おまえらってさぁ、腕輪の石いくつ残ってたっけ」
と問いかけた。
「5」
「5つだな」
ほぼ同時に、シャロンとアルフレッドが返す。
「二人とも残り5つか……あれから減るのは防げたな」
安堵の息を吐き、
「大事にしろよ。ここからの戦いはシビアだ。おそらくな」
そう忠告する。
「ああ、わかってる」
シャロンがしっかり頷いた。アイリッツはそれから窓の外を見て、
「一応ここは悟られないよう結界を張りながら来たが……明日は夜明けとともに出発した方がいい」
アルフレッドが無言で頷こうとしたので、シャロンは隣を軽く肘で小突き、
「……異論はない」
「ああ、わかった」
とそれぞれ返事をした。
ヴォロディアでは、早朝であっても朝の支度をするそれぞれの者たちや、鍛錬をする兵などの掛け声で賑やかしい。
鍛錬場西側の林付近で、そんな喧騒と朝の冷たい空気の中で、ナスターシャは弓に矢をつがえ、点のように遠く向こうの的を射た。
ビュウ、と矢は飛び、狙い違わず中央に当たる。もう一度。
矢を何度も打ち込み、一矢も重ならせず綺麗な◎を上に作ったところで、一度手を止めた。
「ああ、やめやめ。やっぱ動くのじゃないと」
思わず口にして、弓を折りたたみ、矢筒に一緒に仕舞い入れる。
シルウェ辺りに的を頼もうかな、なんて考えつつ、張り切って部下に教える団長ラスキと自主練のジゼルの傍を抜けて、城内へ向かった。
いつもどおり、彼らは城の外へ出ることはない。さしてこだわりはないはずのエルズでさえ、城から連れ出せば、半刻とたたないうちに居心地悪そうな姿から、焦りが見え始め、何度も城を振り返り、やがて急ぎ壁の中へ戻っていくのだ。
精神的外傷、とでも言うのだろうか。
彼らは、城を守れなかった。それぞれがそれぞれに悔いを残し、命を失ったその時の強い思いのまま、ここに焼きつけられ、離れられないでいる――――――。
そんな彼らを余所に、自由に外に出るわけもいかず、ナスターシャはぐっと耐えた。“客人”があまり勝手な行動を取ってもいけない。
城の窓から外を眺めながら、歩き続けていると、ふと庭園の一角に小鳥たちが集まっているのが目に留まり、
「って、シルウェじゃん。おーい!何してんのー」
ガタッと窓を開け、手を振った。大声にも鳥たちは惑い飛び立つことなく、髪をつついたり、服を引っ張ったりと、シルウェリスに懐いている。
するするする、と二階の窓から出て傍の木を伝い、下りてきたナスターシャに、
「何って……餌やりですよ。やはり、小動物と戯れるのは、心が和みますね」
そう笑顔を向け、
「アンタが言うと、うすら寒いわー」
そう一刀両断された。
早朝の鍛錬を終えたラスキは、部下に集合をかけた。あれから、シルウェリスが何も言って来ないところを見ると……侵入者はまだ存命しているらしい。
恩に着せられても困るしな……ここはこちらも手を打っておくか。
ラスキはそう考え、精鋭の部下に声を張り上げた。
「おまえら!もうすでに承知とは思うが、この城下に不届きなる輩が潜んでいる!我々の任務は、人々の安全と、我が王を守ること!そのために、おまえらの力を見せて貰おう!市民には、気づかれず不安にさせず、不審者を見つけ、侵入者を捉えるかもしくはその息の音を止めることが、おまえらにできるか!?」
オオォオオオッ!
「必ずや不審な輩を排除してみせましょう!!」
代表格らしき者が胸に拳を当て叫んだ。兜と鎧を着こみ、その顔は窺えないが、きっと興奮に赤らんでいるに違いない。
その叫び声が、庭園にも届き、シルウェリスは眉根を寄せて、
「まったく粗野な……」
と呟き、ナスターシャは思わず空を仰いだ。
「うわー、なんだか大ごとになってきたよー」
彼ら、ここまで辿りつけるのかなぁ……?
と、ひそかに心で呟きながら。