作戦会議→解散
前回の裏にあたります。ほぼ同時進行に近いです。そして、主人公たちは出てきません。
侵入者が城下町まで来た、という情報は、ヴォロディアの上層を震撼させた。同時に、城内で平穏に暮らす人々に不安を与えないよう秘密裏に、会議を行う責任者が選ばれ、一部の者に収集をかけられていく。
なぜ俺がこんなことを、と心で舌打ちし――――事実を知ってもなお宰相室隣でだらだらしていたから悪いのだが――――おまえが会議責任者をしろとどやされたエルセヴィルは、渡されたメモを睨みつけながら一人、談話室も兼ねた小ホールでメンバーが揃うのを待つことにした。
演習場、兵士たちが自主練習をする隣では、団長ラスキが飾り気のない上着とズボン姿のジゼルの特訓をつけていた。
「脇が甘い。それでは扱うどころか、剣に振り回されるぞ!」
「はいッ」
何度か打ち合い、腕が落ちていないか確かめる。普段あまり見れない分、力が入っているが、ジゼルも負けてはいない。上手に足を捌き、相手の剣を受け流して隙を狙う。
「ふむ。少し腕が上がったか」
「あ、ありがとうございます!」
しかし、ジゼルが笑みを浮かべた瞬間、ラスキはクルッと手首をひねり、剣を弾き飛ばしてしまう。
ガーン、と効果音さえつきそうな程ショックを隠せないジゼルに、城をあごでしゃくり、
「どうやら収集のようだ。ザグルールが呼んでいる」
そう告げるとすぐに、騎士団長づきの小姓が駆け寄ってきて、
「騎士団長様、それからジゼル・コルシェシカ様。至急小ホールに」
「えっ、と……私も、なのでしょうか」
困惑しつつ剣を拾い上げて鞘に仕舞いながら、
「せめて汗を拭いて着替えるぐらいはしたいのですが……」
「別に構わんだろう」
ラスキはあっさり言った。
「全員集まるまでにはそれなりに時間はかかる」
「……そうですね。じゃあお言葉に甘えて」
ジゼルは急いで自室に向かいかけ、何を思ったか踵を返し、
「あの、すみません。ベスたちに食事をお願いできませんか」
演習場隅で飼われ、いつも世話をし可愛がっている犬のことを、控えていたザグルール青年に頼むと、今度こそ駆け足で自室へと戻っていった。
騎士団長ラスキの言葉は正しく的を得ていた。実際ジゼルがお湯と布で入念に汗を拭い、着替えて急ぎ足で小ホールに入った時も、まだ人数は揃っておらず、そこからまた時間だけが過ぎ、焦れてナスターシャが部屋を飛び出していった。
ちっとも来ようとしないシルウェリスを訪ね、ナスターシャは研究室まで来るとトントントンとドアを叩く。
「失礼しまーす。シルウェってここにいる?」
きらきらした新緑の瞳と、少し高い位置で結ばれたぴょこんと跳ねる焦げ茶髪を覗かせ尋ねるその姿に、魔術研究員たちは癒され、笑顔で、団長なら奥にいますよ、と部屋を指し示した。
「おっけー。シルウェさっさと出てきなさいよ!さっきから皆ずっと待ってんでしょうが!」
ドンドンとドアを叩き、返事はなかったものの、鍵もかかっていなかったのでさっさと入り込んだ。
中は、本、本、本――――――。うず高く積まれた山の合間に、薬瓶や試験管、フラスコが散らばり、惨憺たる有り様を見せている。しかし、どうやら最近掃除されたらしく、埃がないばかりか、ちゃんと人の生活が送れる程度には、隙間が空いているのが救いだった。中央のシルウェリスも、普段とはうって変わり小ぎれいになって、、
「シルウェ、いい加減にーーーって、うわ、一人でお楽しみかー」
片眼鏡をつけ、じぃぃいいっと食い入るように書き物机の前にある鏡を眺めているシルウェリスに、ナスターシャは半目で思わず呟いた。
「誤解される言い方は止めてください。調査ですよ調査」
「そうかなぁ……?民の生活を隠れて覗き見!ってのはイイ趣味だよね」
「覗き見……って言われるほどしてませんよ。そもそも王からのお達しで、公共の一部しか見れないことになってるんですよ。知られれば不快感を与えかねない、とかで」
「そんなの当り前じゃない。で、収穫はあった?」
「ああ。なんとか追いかけたんですが……どうやら結界を張ったらしいですね。ここの場所で、気配が消えました」
「ふーん。じゃ、もう来れそう?作戦会議だとかで、収集かかってんだけど」
「ああ、作戦会議!それは大切ですね!すぐ行きます」
「うわっ」
いきなり身を乗り出したシルウェリスを避けたナスターシャは、机を掴もうとしてそこにある大量のメモ書きの紙に手をついて、滑べらせた挙句なんだかどろどろの黒い煙が渦巻いている大瓶を引っ掛けた。
「げっ、まずッ」
即座に体をひねり反転させ、反対側の手でぽろっと落下した瓶をキャッチする。
「何これ……“選定者の素”ぉ……?まったくまたよくわからないものを」
そう言いながら瓶を戻し、原因となったにっくき紙を乱暴に束ねて隅へ置いておく。
「割らなくてよかったですよ。それはまだ数回しか使用していない、改良の余地ありの試作品……割れるとあちこちへ飛散して戻すのにも一苦労ですから」
ふーん、そうなんだー、と興味なさそうに言うと、
「ともかくさっさと出る!ラスキは時間に厳しいから、早くしないと首が飛ぶよ!」
「ほう、それは面白いですね。じゃあまず身代わりを立てて……」
「馬鹿なこと言ってないで急げっての!」
わあわあ騒ぎながらも部屋を出、研究員たちにちょっと団長借ります、と断って、廊下は走らないでください!との誰かの悲鳴を聞きながら、急ぎ小ホールへと向かう。
扉を開けると、もうそこにはいつもの面子がいて、ジゼルがほっとしたように笑顔で手をひらひらと振ってみせた。
「えーそれでは全員揃ったようなのでー。これから第一回作戦会議を始めます」
エルズはさっそく手元のメモ書きを読み上げた。
「まず城下にいる異邦者は、三人。いずれもここまで苛烈を極める戦いを乗り越えてきた強者と思われますので、この城内で、引けを取らぬ者たちが選抜されました。それが貴方がたです。おそらく、それぞれ思うところ、意見などおありでしょうから、ここを意見交換の場として、大いに議論を交わしてください」
まあ、意見がでなかったらさっさと解散しよう。会議をした、という事実が大切なんだからな、と考えながら、出揃った面々を見渡していく。
「ここに侵入者とは……嘆かわしい。困りましたね……」
首を振り、いかにも真面目に考えてます、というようにこちらを見つめ、まともそうな発言をしているシルウェリスだが、口元には妙に嬉しそうな微笑みが浮かび、分厚い魔道書のページを、一枚一枚丹念に確認しながらめくっている。ど・れ・に・し・よ・う・か・な……?
そんな副音声まで聞こえてきそうなノリだ。
ジゼルとナスターシャを挟んで、その隣の騎士団長ラスキは、ソファの肘掛け部分に腰を下ろし、剣を抜き、布を滑らせ一心に磨いていた。
武器の手入れは武人としての心得、と言わんばかりだが……。こいつは幼少時に、話は人の目を見て聞きなさいとか、余所事をしてはいけません、とか、躾けられなかったのだろうか。
思い思いの沈黙が続く中、まわりを気にしながらも、ジゼルがおずおずと片手を上げた。
「あの……そんな危険な人たちが相手なら、まず、市井の方々を避難させるべきではないでしょうか。もし人質にでも取られたら……」
「確かに。それは一理ありますね。相手は、私のお気に入り、“カルテヴァーロ”を滅ぼすほどですから、おそらく冷酷な人間には違いありません」
「そんな……!今こうしているあいだにも、市民の身が危険にさらされて……!!」
慄くジゼルを、ぽんぽんとナスターシャが宥めて、
「いやいや、そんな報告入ってきてないから。それに、彼らだってここまで来るほどだよ?さすがに、城下と城双方の人間敵にまわすほど馬鹿じゃないって」
「まあ、ここでは王が倒れれば終わりですから、むしろ目立たずことを進めるのを選ぶでしょうね」
あっさりとシルウェリスが言った。
「え……?あれ……?」
取り残されたジゼルが、戸惑っているうちにも次々に話は展開し、
「城下はともかく、城内はそのまま戦場になるかも知れないので、避難はさせておいた方がいいでしょうね。ひとまずこの状況なら様子見として……毒羽虫を出しましょうか。小指の先ほどの大きさですから、襟元などに隠れて見つけにくいですし……市井にも不安にさせないよう、倒れた者の回収は速やかにさせましょう」
にっこりと微笑んでシルウェリス。
「それで倒せるほどの相手なら、苦労はないな」
それに対しふんっと鼻で笑う騎士団長ラスキ。
「ええ、もちろん城内に侵入された時の対策も万全に整えるつもりですよ。まずはこの美しい城が破壊されないよう幾重にも防御結界を張らなくては……ああ、やることが多くて困ります。もう話は終わりでしょうか」
窺う魔術師団長に、エルズは頷き、
「それじゃあ、城下の異邦者に関しては、魔術師団長殿に一任する、ということで。後はおいおい決めましょう。いざというときの、城の住民の避難はジゼルが担当してください」
「はい!」
ジゼルがビシッ、と小気味いい音が立ちそうなほど敬礼する。
「それでは、もうこれで失礼する。鍛錬の時間を越えているので」
そういうや否や、さっさとラスキが退出していった。
「私も準備がありますので……」
とシルウェリスが、一礼して同じく部屋を出ていくと、あ、ちょっと待った、とナスターシャがその後を追う。
「あの……もういいのでしょうか」
ジゼルがおずおずと尋ね、ああ、とエルズは苦々しく頷いて、
「ああまったく、まだ解散宣言していないってのに……まあいいさ、解散だ解散」
と言い捨て、これまた同じように出ていこうとしたので、ジゼルも一緒になって部屋を出た。
一足先に出ていたシルウェリスだったが、元々運動を得意としない彼の歩みはゆっくりめで、あっさりナスターシャは彼に追いつき、速度を合わせ連れだって歩きながらタイミングを見計らい、これまで、喉に引っかかった小骨のように気になっていたことを、思いきって尋ねてみた。
「あのさ、シルウェ。そういえば、どうして鍵の条件……カルテヴァーロの死と引き換えにしたの?あの子たちあたし結構好きだったのに」
ああ、そのことですか、とシルウェリスは頷き、歩みは止めずに、
「確かに純粋な強さで言ったら、スピネルとルチルの方が上でしょうね。あの子たちは人間に近い分、感情に左右されるところがありましたから」
「それを知りながら、なぜ……!!」
「一般に。誇り高く惑わされず、ここまで辿り着こうとする輩は、善の気質を持つ可能性が高い。それこそ、弱きを助け、強気をくじく、というような、ね。そのために、扉を守るのはカルテヴァーロが適任だった。実際、彼女たち相手に挫折した者も少なくはなかったのですから」
「でも、それじゃああまりにも……」
悲しそうな表情をするナスターシャを、研究者の眼差しで見つめ、シルウェリスは言う。
「情を移すからややこしいことになるのですよ。カルテヴァーロは、まあ、誰とはいえませんが、人の感情をそっくりそのまま写し取り、吹き込んで創り上げた複製物です。物事は、時にシンプルで美しい術式のようにはっきり線引きしなくてはいけません。人は人、人造生物は人造生物とね」
「…………」
創られたものだというのなら、あたしたちとどう違うのか。ナスターシャは、込み上げてくる思いを押し殺して、そっと目を伏せた。
夢の中に生きる者にとっては、夢こそが現実で、真実を直視させるのは残酷なことだと、知っていたから。
……だったら、あたしはあたしの好きなようにやる。それでいいよね?
そして、動かぬ城の主に、心の中でそっと問いかけた。