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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
227/369

 “城の中”

 主人公たちが欠片しか出てきません……。

「よし、いい出来だ」

 王城一階の厨房で、クランベリーのパイと木いちごのムースを味見しながら、料理長のカルディオは呟いた。

「これなら、あの、凝った味が苦手とかいう客人も気に入るに違いない」


 昼食を出してから、下拵えまでのわずかな時間。料理人たちのまかないの鍋と、皿を並べていた男の一人が、

「料理長!あそこのやつ、どうします?」

小鍋に盛られたいくつかのどろりとした……こっそり厨房を覗きにきた客人ナスターシャ曰く『犬のゲロみたい』な物体を指す。


「あああれは、魔術研究員用だ。王直々にお達しがあってな。放っておけば餓死しかねん奴らになんとしてでも食わせろ、と。そいつを小分けにしてだな、作業中でも手軽に飲めるよう容器に管を通すんだ。問題は味でな……まだまだ改良せにゃならんが」

「そ、そうなんすか。じゃあ、脇に避けときますよ」

「いや、詰めといてくれ。とりあえず試作品として研究室に送る」

「了解しました」

 男が容器にオートミールの親戚を詰めて並べていると、パン生地を練ったり、野菜屑を片していた者たちや、自然と集まり、夕食に用意したとびっきりの淡水ロブスターの話などしながらテーブルについた。


 管付きの容器はメイドに渡され、磨き上げられた廊下を通って別棟の一角にある魔術研究のための区画へ入り、そこの、執務室なのか簡易書庫なのか溜まり場なのかよくわからない部屋へと運ばれていった。


 コンコン、とノックをして返事を待ち、メイドは扉を開く。

「……ッ」

 髭も剃らず、風呂へいつ入ったのかよくわからない男たちが机に向かい、熱心に本を読みふけるのを、極力邪魔をしないようにしつつ入り口近くへワゴンを置き、彼女はそそくさとその部屋を後にした。


数刻のち、本に没頭していた研究員の一人が、一冊読み終わり、ゆっくり満足の息を吐きながら顔を上げ、ふと入り口の冷めきった器に気づいた。

「おい、なんかあるぞ」

「…………………え?ああ、あれか。あの」

「とりあえず手元に置いとくか?」

「不味いだろそれ。こう、鳥や馬の餌的な雑穀がふんだんに使われ奏でる不協和音《ハーモ二ー》」

「……そういやここしばらくまともな食事取ってないな……」

 もう一人が言えば、

「団長よりマシだろ。あの部屋に入ったきり、出てきたの最近見たことないぜ」

「内鍵かかるし、トイレとかも完備されてるからなあ……」


 研究員たちは奥の、魔術師団長専用部屋、と言っても過言ではない、二週間ほど閉ざされている部屋を怖ろしげにじっと見つめていたが、やがて誰ともなく、

「…………たまには、外へ食べに行ってみるか。どうせここに緊急なんてないしな」

そう呟いた。


 おそらく、ああはなりたくない、との思いがあったからだろう。その場の皆が賛同し、部屋の外へぞろぞろと出た。


 研究室及びその周辺の廊下と部屋担当のメイドは、突如起こった異変に、慌ててメイド頭補佐に知らせにいく。

 その知らせを聞いた相手は、目を細めて、

「よく知らせてくれました。各自、急いで動きなさい!すぐに湯殿と、軽食の準備を!ああ、そこのあなたたちは、人数を連れて、彼らをこちらに連れてきて。外へ出てしまう前に!」


 パン、と打った手を合図に、それぞれ専用のメイドが準備のため動き出す。


 もそもそと薄汚れた者たちは歩いていたが、突然わらわらと現れたメイドの集団に驚き、

「わ、なんだ。いったいどうした」

なんて言っているあいだにさっさと腕を取られ、連れていかれてしまった。



 それから少しだけ経った研究室では、リーンリーンと非常用のベルが空気を震わせていた。しかし、本来対応するべき研究員は誰もおらず、ベルは次第に、割れんばかりの大音声を奏で始める。


「…………」

 奥の部屋では、魔術師たちの長、シルウェリス・トリチェリが長い薄茶金の髪を払い、こめかみを揉みつつ、顔を盛大にしかめていた。彼はこう考えていた。誰だ、今いいところなのに!


 しかし、待っても一向にベルは止まず、渋々髭の伸びた顔を上げると、わざわざ机正面に設置した縦長の鏡が揺れ、そこに街門と三人の異装の者が映っていた。


 ぱかりと口を開け、大変だ、と呟こうとしたが、言葉が出なかった。慌てて立ち上がりドアまで行こうとしたがずっ、と長いこと座って動かずにいたため、腰が立たずそのままへなへなと床に座り込んでしまう。


 そのままなんとか四つん這いで扉へにじり寄り、開けたが、意に反してそこには誰もいない。

「く………」

 再び扉へと長い距離を前進し、扉を開ける。研究室の器を片付けようと近くまで来ていたメイドが、押し殺したような悲鳴を短く上げ、すぐに仲間へと連絡したため、屈強な使用人に左右から脇を取られ、研究員たち同様、連れていかれそうになった。


「すぐに湯殿にお着替えの支度を!」

 ま、待ってくれ、との言葉はかすれて切れ切れだったが、途中でなんとか通じ、ひとまずと研究室片隅の、伝達鳥に伝言を持たせて放った後、半ば引きずられるように持ち上げられ着替えと食事のため連れ去られてしまった。


 伝達鳥は廊下を飛び、開いてる窓から出て、まずはと演習場で部下の訓練真っ最中の騎士団長ラスキ・ハロルド・メースフィールドの元へ急を知らせに行く。


「そこ、振りが甘い!蠅が止まるぞ!……おい、気合はどうした、もっと声を出せ!」

 ビリビリと空気を震わせ次々怒声を張る黒髪の騎士団長の元へ、伝達鳥が姿を現した。ひょいと肩に止まり、首元をつつきながらピィピィと存在を主張する。


「……なんだ、私は忙しい」

と言いながらも、鳥の足に結ばれていた小さな紙片を取れば、それは一気に広がってそこに文面が浮かび上がる。


 ひょっとして、休憩ができるんじゃ……と期待に胸ふくらませる騎士たちの前で、団長はさっさと要点だけ読むと、

「ジゼル・コルシェシカ!」

少し離れた場所で訓練の様子を見学していた柔らかな栗色の髪と目、しなやかなドレス姿の女性を呼んだ。

「は、はい!」

「これを、宰相のところに。急事だ」

「承りました。絶対に届けてみせます!」

 決意を秘めた表情で彼女は頷く。

「……ああ、頼んだ」

 本来こういった時伝達係に頼むが、伝言が重要なものだけに、信用できる者を選抜しなければならない。その面倒を避けて、たまたまそこにいたジゼルに任せると、騎士団長ラスキは聞き耳を立てている部下に再び声を張り上げた。

「何やってる!素振り千本追加!」


 任されたジゼルはドレスを捌き大切に手紙を握り締めながら、急ぎ宰相の執務室を目指す。その歩みは優雅でありながら速い。


 ニ、三人何事かと振り返ったものの、彼女は気にせず、くつろぎと控えのサロンを通り過ぎたところにある宰相執務室へと足を走らせた。


 その頃、宰相部屋手前の部屋では、宰相の息子エルセヴィル・ハディール・ストルーヴェと客人ナスターシャが遊戯グロースで対戦していた。勝負は終盤間近、ナスターシャのキングへと、騎士の駒が王手をかける。


「くっ……いや、まだ逃げ道はある!」

 一歩だけ僧侶の駒を動かし、道を塞いで騎士に対峙させるナスターシャに、

「詰みだな」

ひょいと歩兵の駒を王の隣へと動かした。

「ちょっと!歩兵は王には……ってあー、これ暗殺者!」

 暗殺者の駒は歩兵の見た目だが、裏底に大きく×印が描いてあり、隠すことができるようになっている。僧侶で倒せばそのまま騎士が王へ辿りつく。ナスターシャは完全なる敗北に頭を抱えた。


「あー、もういいや。こういうのほんと駄目」

 ソファで大きく伸びをしたところで、ジゼルがドアをバタンと開け飛び込んできた。

「エルズさん、宰相様は執務室にいらっしゃいますか!?」

「あー、親父なら城下視察。なんか用事だった?」

「え?そ、そうなんですか……どうしよう……」

 ジゼルは目を潤ませたが、なんかあったの、とのナスターシャの気づかいに気を取り直し、

「どうやら、城下に侵入者みたいなんです……それも三人も来て」

「え!?うっそー、何それ見たい!」

 瞳を輝かせ飛び起きたナスターシャを潤んだ目で睨みつつ、

「遊びじゃないんですよ!?ああ、ここまで来れるなんてよほどの腕の者では……」

 報告を握り締めたままうろうろとするジゼルを見かね、エルズが手を出した。

「わかった。早急に王の元へ届けとく。まずは上だろ」

「お、お願いします」

おずおずと渡すジゼルの横で、

「侵入者なんてレアだよレア!どうしよう、ここはお・も・て・な・しだよね?」

浮き浮きと心弾ませるナスターシャの姿があった。


 宰相の息子エルズは、王城の奥、王の書斎へ向かっていた。最近はそこで仕事や読書をすることが多いと聞いている。


 控える護衛兵に挨拶して、執事に声をかけ、彼が先触れするのを待って室内に入ると、中央の人物の影響か静謐な空気に、身が引き締まる思いがした。


「要件は」

 まず臣下の礼を取り、

「はっ。三人の侵入者のようです」

 なるほど、と面白そうに笑い、そちらで好きにするがいい、との返答があった。

「城内も、活気が出ていいだろう」

 これが宰相である親父であったなら……とんでもない!と反論したかも知れないな、とエルズは心でひとりごちた。

「では、そのように。御前、失礼致します」

 正直、どうでも構わない、と、エルズはいつものように宰相室前サロンでぐだぐだするため、のんびり戻っていった。

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