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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
226/369

果ての場所へ

 H26年12月20日、そして28日にさらに付け足し改稿しました。すみません。

 花びらの最後のひとかけらが消えると、カチャリと小さな音がして、舞台袖右側の扉が薄く向こうを覗かせた。隙間から白い光がぼんやりと零れ落ちている。


「さて、と」

 床に落ちていた魔力の結晶を回収して、アイリッツが扉に歩み寄っていく。アルフレッドが剣を鞘に納め、それに続く。


 シャロンもそこへ駆け寄ったところで、アイリッツが振り向き、

「あ、一応出しとくな」

トポトポとティーカップに紅茶が注がれる。

「…………」

 それを黙って会釈し受け取り、口にしながら、シャロンはオペラハウスに飾られた豪華なシャンデリアを仰ぎ見た。


 彼女たちとは、ほとんど話もせず終わってしまったな。話せば分かるのではと、実は、ほんの少しだけ考えていた――――――。


 しかし同時に、他に選択肢がないような気もしていた。倒さないかぎり、道は開けない、と彼女たちは言っていた。結末が同じなら、長く対話すればするほど、冷静でいられなくなっていただろう、きっと。


 こんなとき、こんな後悔や沸いた情を、それはそれ、と切り捨てられる人がうらやましく感じられる。


 ……そうであれば、未だ耳に残るミリアムの悲鳴混じりの叫びに心痛められずに済むのに、と。


 アイリッツは、と見れば、彼はやはり、普段と変わらず飄々としているように見えた。

もの問いたげなシャロンの視線に気づいているのかいないのか、

「何か大きなことを成し得ようと思ったら、選び進んだその背後や足元がどうなってるかなんて、じっくり見ない方がいい。囚われ、引きずられ、動けなくなる。……英雄は、決して後ろを振り向いたりなんてしないのさ!」

そう告げて、返されたカップを取り、もう一回紅茶を注ぎながら、

「アルさー、戦闘中、舌火傷しただろ。今度は覚ませよ」

とにやっと笑い、アルフレッドに無言で足を踏まれ痛てッ、と声を上げた。


「そうか……そうだな」

 変わらずにあろうとするアイリッツの姿と言葉に、シャロンは頷き、気を取り直すと、

「この扉を抜ければ、また別の世界へ行くのか?」

そう問いかけた。


 飛び跳ねていたアイリッツは、椅子の背に腰掛け、しばし考える様子を見せつつ、

「おそらくそうだろうが……このオペラハウス自体が、そもそも入り口ともいえる。カルテヴァーロの消滅とともに外は消えたけれど、ここは切り離され残っているから……まあ、どのみち、扉をくぐらないかぎり進めないようになっているから、同じだな」

「じゃあ、心構えをしておいた方がいいな」

「まあ、別にいいけど……いきなり王城に飛ばされるってことはないだろ。装置が動き続けているのなら、その記憶に従い、核となる者の周囲と環境、つまり、側仕えの者や、在りし日の王都、果てはその周辺の村々までを忠実に再現しようとしているはずだから。ただ、中心地だから魔力濃度は半端ないはず。心構えをしておいた方がいい」

「そ、そうか」

 深呼吸をして、アルが紅茶を冷ましつつ飲み干すのを待ち、三人で扉の前に移動した。


 やはり、不安が先に立つ。ミストランテの……。


 そう考え、さりげなくアルの手を取ろうとしたものの、すっと躱され、地味にショックを受けた。


 こうなったら、アルの上着の裾だけでも握り締めて離さないようにしよう。さすがに上着だけ脱げるってことはないだろう、たぶん。


 裾を気づかれないよう慎重に取ってギュッと掴むと、アルの背中がピクリと反応したものの、振りほどかれることはなく、ほっとした。


「じ、じゃあ、準備は、いいか?」

 口元を軽く押さえ肩を震わせながら苦しそうに笑いを堪えるアイリッツ。そしてそれを射殺しそうな眼差しでアルフレッドが睨み、その斜めにいるシャロンがしっかりと頷いた。


 彼が手をかければ、キィイ、と軽い音を立て扉が開いた。光が三人を包み込む。



 気がつくとそこは、柔らかな草原の丘の上だった。空には青空が広がり、穏やかな風が髪を撫で草の上を渡っていく。草と土の匂い。そして空気が濃い。

 一度、深く息を吸おうとして、シャロンは思いきり噎せた。頭がぐらりと揺れる。視界の隅に隣でこめかみを押さえ顔をしかめるアルフレッドが入った。

「あーやっぱり魔力酔いを起こしたか……。オレは天然の霧シャワーでも浴びている気分だけど」

 頭を掻きつつ、アイリッツが手を二三度振って何かしたのか、ふいに空気が軽くなった。


 幾分生まれた余裕にまわりを窺えば、草原の向こうには青い穂がなびく畑と一心に手入れする人々、そして、その畑の反対側に、馬車が通りやすいよう平らな石で整備された道が続き、その先は……石積みと煉瓦の壁と、歴史を感じさせる古く大きな街門と、その奥、城下を望める位置に聳えたっているらしい城、その一部が見えた。


「やっと、、、来たんだな」

 震え声でシャロンが言う。

「なんだろう……体が……」

総毛立ち震える体を抑え、再度城を見据えて平常心を保とうとする。


 厳しい表情で前を睨みつけているアルフレッドの隣で、まったくいつもと変わらない様子のアイリッツ。

 シャロンは腕をさすりながらも、どうしてもこれだけは、と意を決してそちらに向き直った。

「以降、二度とは訊かない。本当にいいのか、リッツ」

そう問いを投げかけた。

「装置の核を滅ぼしたら、おまえは、」

「……オレの意識が残るとは思えない。ま、ほぼ確実に消滅するだろうな」

濁した言葉を至極あっさりと、アイリッツは答える。


「他に、」

「他の方法は、ない」

 今さらかよ、と思わないでもなかったが……まあ悩んだ末言わずにはいられなかったんだろうな、と思いながら見ているアイリッツの前で、

「どうしてそう平然としてられる……!!ひょっとしたら、別の何か、解決策が……!!」

 立て続けに起こる悲しい出来事にやるせない思いでシャロンが憤りをぶつけると、アイリッツは一つ、息を吐いた。


「オレは、純粋なアイリッツというわけじゃないが、敢えて言う。シャロン、死んだ人間は、生き返らないよ」

 その答えに、シャロンの体から力が抜ける。


 わかっていた、ことだった。失われたものは戻らず、過去は覆せない。なのにどうして、願わずにはいられないんだろう。アイリッツには、助けられることが多く、何も返してすらいないのに、こんな……。



 手の平を、爪が食い込むほど、きつく握り締め、薄く血が滲んでいく。


 黙ってアルフレッドが、傍に来た。それだけで、随分と気持ちがなぐさめられ、シャロンは顔を上げる。


 アイリッツの話は終わっていなかった。シャロンが顔を上げるのを待って、何もかも吹っ切った笑顔で彼は、言葉を紡ぐ。

「死んだ人間は生き返らない。……だけれど、いなくなったわけじゃない。誰かの思い出の中に。脈々と受け継がれる血の中に。もしくは、関わった者の志の指標として。確かに、生きてるんだ」


 喉が詰まって、目頭が熱くなった。間を置かず、温かな雫が頬を伝い落ちていく。


 アイリッツは、やれやれ、と呆れたように首を振った。

「まったく、なんというか、涙もろいなあシャロンは。おいアル、おまえぼうっと突っ立ってないで、胸ぐらい貸してやれよ」



 街門まではまったく平坦な道のりだった。シャロンはすっきりしたような、どこか寂しいような心持ちで、アルフレッドと、アイリッツとともに門の前に立つ。嘆くより、ともにいる時間を大切にしよう、と心に言い聞かせながら。


 そこはがやがやと賑わっていて、どこから来たのか、そしてどこへ行くのか、旅行者や荷物を運ぶ商人でごった返していた。どうやら門の脇の詰所で簡単なチェックを受けているらしい。


 シャロンはふと、街門の近く、壁の下の隅、草に埋もれるようにして、文字が彫ってあるのに気づいた。

 “どうか、ずっと、平和のままで”



 この世界の人々に取っては、私たちこそが、侵略者なのかもしれない。だがもう……迷わず、というか、例え迷ったとしても自分の信じる道を選んでいこう。先にきっと、希望があると、信じて。

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