風と地に遊ぶ
登録・閲覧、ありがとうございます!
白い街並みを進んでいると、次第にただ来るだけだった天使たちの動きが変化し始めた。ふわりと辺りに甘い花のような香りが漂い、やたら優しげな亜麻色の髪をなびかせた天使が増えたかと思うと、他の天使たちの受ける傷が減っていく。
「アル!ちょっと来てくれ!」
大声で呼ぶと、上から音がして、アルフレッドが呼んだ?とばかりに姿を現した。
「……意外に近かったな」
「足音と剣戟を聞きながら移動していたから」
「なるほど。で、リッツはどこへ」
「……あっち」
アルは背の高い民家の向こうを指差した。なんだか遠そうだ。
シャロンはトントンと家の壁を蹴って一度屋根へ上がり、そこで天使を嬉々として葬っているアイリッツを発見した。
「まったく、あいつは」
わりとあさっての方向にいるアイリッツに迷わず剣を振りかぶる。
ゴシュッ
「痛ッ……うわ」
突然風の塊がぶつかってきてそれに煽られ、アイリッツは慌ててバランスを取り直した。振り向き大分離れたところにいるシャロンたちに、急ぎ合流する。
「リッツ。なんだか天使の様子がおかしい。しばらく離れない方がいい」
そう真剣な口調で言うと、アイリッツは了解、といって素早くこちらに向かってきた羽がたくさんついた球体の天使を斬りつけようとして、その体から撒き散らされた燃える液体にたたらを踏んだ。
……数が多い。ここは急ぎ切り抜けて目的地へ行くしかない。
「一気にいくぞ!」
声を張り上げ風で炎の雨を逸らしつつ、アルが球体を斬りつけたのを横目で見ながら別の一体へ斬りつける。
「ほいよー」
気が抜けるような返事をしたのはアイリッツ。しかしこちらも鎧の戦士がぶん投げた斧を避け、その羽根を双剣で狙う。
だが、傷をつけたところで亜麻色の髪の天使が歌い、その傷はすべて癒えて元通りになった。
「治癒か!」
なら、一撃で終わらせる、と呟いて、シャロンは風をいくつか飛ばしてあるいは翼を、あるいは首を薙ぐ。その傍で先ほどから奮闘してたアルフレッドが鎧の天使に振りかぶり、その体を真っ二つに斬って捨てた。
「アル、凄いじゃないか!」
確か、あの天使は相当硬かったはず、と、シャロンが感嘆の声を上げた。
その様子をちらと見て、負けてられないと、アイリッツが跳躍し、二つの剣で目の前のローブ風天使を斬り裂いた。
その頭上高くに球体天使が飛び上り、炎を降り注ごうとしたので風でリッツのまわりを包み込む。
「助かった!」
すぐにアイリッツが別の一体に向かう。相変わらずその剣筋は綺麗な曲線を描き、楽しそうに敵を屠るその姿は、剣舞でもしているかのようだ。
シャロンも同じく風を繰り出しながら同時に手近にいた弱そうな一体を斬り伏せ、硬く白い石が敷き詰められた通りを、羅針盤が示す方向へと走り出した。風で天使を散らし、時に斬り結びながら先へと向かう。
「見よ!これぞオレの必殺、双撃破だ!!」
「……うるさい、黙れ」
憮然としたアルフレッドの横で、楽しそうにしているアイリッツと一緒に戦っているうちに、いつしかシャロンにも笑顔が浮かんでいた。
こんなに違うものなんだな、とシャロンは感慨を受けながら、戦っていた。力を尽くせばそれだけ余裕が生まれていく。
シャロンの風が、顔を引きつらせた天使をまた一体屠り、飛散させた。
――――――ただ、これが時に破壊を生む計り知れない力だ、ということだけは、心に銘じておこう。
そんなことを思い再び表情を引き締めた。
やたら広い街を走り抜け、徐々に中央、羅針盤の差す場所へ近づいていく。数多い天使たちの包囲網を時に斬り裂き、時に潰してひしゃげさせ、といった力技で切り抜けていったシャロンたちの眼前に、やがて、聖堂のような、オペラハウスのような、巨大な建物が現れてきた。
「……でかい」
呟いて取り出した羅針盤はその建物を示し続けている。しばらく呆然と佇んでいると、羽音がし始め、先発で近づいてきた一体を見るなりアイリッツが駆け出し、手早く斬り捨てすぐに戻ってきた。
「何してんだよ。さっさと行くぞ」
増え続けている天使を一瞥したその呆れ声に、シャロンは気を取り直し、四方向にあるらしい扉の一つを開いて、中へ入った。
中に入るとすぐ、広くぐるりとした絨毯の敷かれた控えのような空間があり、また扉がそこにあった。
「……これは、オペラハウスそのものじゃないか」
思わず呟くと、アルが首を傾げたので、そちらに向き直った。
「歌劇を楽しむための建物だよ。二重構造になっていて、音が反響し、外に漏れにくいようになってる」
外より歌声が綺麗に聞こえるんだ、とシャロンはどことなく浮き浮きした表情で言った。
「あ、まあ、それはとにかく」
慌てて真面目な表情を作り、内側の重そうな扉に歩み寄って手をかけた。
重い扉は、重量に関わらず、ほとんど音を立てずに開く。
「う、わ」
シャロンたちの目の前に広がるのは大きな舞台とその前に埋め尽くすような観客席。それらはすわり心地よさそうに設えられ、客が座るのをいまかいまかと待っているように見えた。
「……シャロン。あそこの扉の向こうに誰かいる。しかも、少し開いていて話し声もする」
「え」
アルフレッドが示したあそこの扉とは、ステージ横の、舞台裏控え室へと続くであろう扉の、左の一つ。
シャロンは思わず豆粒のようなそれを凝視した。まったく声や気配など感じとれる距離ではない。
「とにかく行ってみようぜ。シャロン、ここはやたら音が響くから、風の結界を頼む」
「……わかった」
風をめぐらせ、足音、物音が周囲に響かないようにして、ゆっくりと扉へ近づいていった。扉までは罠もなく何も起こらず、シャロンはほっとして結界を解き、中の様子を確認するため、細く細く開いている隙間をそっと覗き込んだ。
その中は、廊下かと思いきや、直で部屋に繋がっていた。可愛らしいアンティークの調度品が並ぶ広く居心地のよさそうな部屋、その中央のソファの前に、十代ぐらいの少女が二人、声を落としつつも何事か騒いでいる。
「あーもう、飽きたー。ってか本当に来るのかよ」
「まだ来てそんなに経っていないわ。まだまだこれからじゃないかしら」
なぜかソファに座らず絨毯上であぐらをかく不揃いな金髪の少女が駄々をこね、
「その台詞も聞き飽きたー。あー、ポティス食べたいポティスー。イモを油で揚げたやつー」
と言えば、部屋の中にはもう一人いるらしく、宥めていたゆったりしたローブというか神官服(?)に、肩まで切りそろえた焦げ茶の髪の少女がそちらを向いた。
「ねえ、近くの家で厨房を借りれないかしら」
「……ちょっと待った。よく考えてみて欲しい。もし借りたとして……揚げている最中に侵入者が来たらどうする」
神官服の少女は、思わずといったようにはっと手を打った。
「そうね、火事になってしまうわね!」
「ちっがーう、そこじゃない!」
彼女たちは、どうにも愉快な会話をしているようだった。