白の街を駆る
大きくそびえ立つ白い門とどこまでも続く外壁。シャロンは思わずアイリッツに、
「ひょっとしてここが、城か……?」
と確認した。
その言葉にアイリッツは肩をすくめ、
「違う。だが、もうここしか残っていない。おそらく、どこかで繋がっているのは間違いないはずだ」
「……終わりの方はだいぶ駆け足だったな」
「いや。始めゆっくりだったからちょうどいいよ」
「それもそうか」
シャロンがアルフレッドの言葉に納得していると、
「中央、“核”近くに跳んだら、たぶんすぐにわかる。周辺の魔力密度そのものが違うからなあ。まあ、アルは魔力耐性桁外れだしシャロンは‘加護持ち’だから魔力酔いなんて起こさないだろうけど、心積もりはしといてくれよな」
「‘カゴ持ち’?なんだそれは」
パッと変な想像が浮かんだが、さすがにそれは違うだろうと、シャロンは頭を振って吹き飛ばす。
アイリッツはその言葉に驚いたように、
「なんだ、知らないのか。ほら、あれだよ、危険から身を守られているような気がしたことはないか?おそらく、シャロンがこの世界で平常心を保っていられるのも、それのおかげだと思うんだが」
知らないでここに飛び込んだんなら、すげえ勇気だな、と呆れながら呟いた。
「ああ、そういえば……」
シャロンは心優しい少女のことを思い出し、遠い目をする。
「……この門はどう開く」
アルフレッドが周辺を見まわしながら、扉に手をつき、探るように見て……いきなり斬りつけた。
ガキィン!
扉に傷がついた様子はない。
「外壁に入り込めるような場所は…………」
シャロンはひたすら横に長く続く壁を見てげんなりしたが、アイリッツがあっさりと、
「いや、オレが開けるよ。準備はいいか?」
そう尋ね、
「あ、ちょっと待った」
シャロンがカバンから飴を取り出して口に入れ、ついでにとアルフレッドに渡してから頷いたので、ゆっくりと扉に手の平をあてる。
すると淡く扉は光り、ギィイイイイイイ、と音を立てて内側に開いた。
すると、目の前に現れたのは、白を基調とした街。誰もいない通りには白い石が敷き詰められ、どことなく寒々しく存在していた。カツカツカツ、とやたら足音が響いて聞こえる。
羅針盤は、と取り出せば、大きな家の、さらに向こうを示していた。
「よし、行こう」
とシャロンが曲がり角へ続く道を歩き出そうとしたが、アイリッツがきょとんとして、
「なんでわざわざ遠回りするんだよ。家の中をつっきっちまえば早いじゃないか。誰もいないみたいだし」
「…………」
誰もいなくとも人の家に用もなしに入るのは嫌だな、とも思ったが、シャロンは一応やってみようかとしぶしぶ頷いた。
アイリッツはまったく気兼ねなくガチャリとドアを開け、家の中へ入った。さっと建物の造りを見て、ついでに何か使えるものがないか、ざっと確認しつつ裏口を探し出し、そこから出てまた家に入って再び通りに出る。
なんていうのか、こう、落ち着かない……。
そんなことを思いながらも、家の探索――――と言えば聞こえはいいが―――を繰り返して距離を短縮していると、
「…………?」
アルフレッドがふと立ち止まり、周辺を見渡した。それに反応してシャロンも立ち止まれば、遠くから、羽音のようなものが近づいてくる。
「何か来る」
「……ああ」
シャロンがすぐさま風を音の方向へぶつけると、そこに翼の生えた髪の長い女性が白いローブ姿で――――――。
「……天使?」
昔、本で見た天使にそっくりだったので、若干うろたえたつつも、剣を抜きすぐさま斬りかかる。三人がかりではひとたまりもなく、錫を掲げた天使は斬り裂かれ消え去った。
よくよく耳をすませば、羽音はかすかにあちこちから響いてきている。
「シャロン」
アルに頷いて、羽音の方へ向かえば、次々に翼を持つ者が現れ、こちらへとやってきていた。その姿も千差万別で、鎧を纏った筋肉質の男や、四本の手に四つの翼を持つ者もいれば、回転する翼の生えた奇妙な物体、といったものもいる。
シャロンは剣を抜いて構えた。隣でアルフレッドとアイリッツもじっと獲物を待っている。まだ、迎え撃つには遠い。
軽く目を閉じ、もう一度自分の意志を確かめる。仲間を守るために、何をすべきなのかを。
充分に引きつけて、シャロンは風の刃を放った。それは狙い違わず、あるいは天使の翼を裂き、またあるいはある者の首を落とす。同時にアルフレッドが駆け、地に落ちてもなお立ち上がる者の体を薙ぎ倒す。
「お、やるねえ」
シャロンとアルフレッドの連携を見て、アイリッツはにやりと笑みを浮かべた。これだけの戦力なら、手を貸さなくても大丈夫そうだ。
そもそも、誰かに気を使いながら、守り戦う、なんていうことはあまり好きじゃない。……これで好きにやれる。
建物の入り口の庇や飾りをとっかかりに屋根へ上がり、上空から来る手近な敵へと斬りかかり、倒しながら跳び移っていく。
「……あいつ、こっちの方向だって知ってるのか?」
「さあ?ただ、上から行った方が早いかもしれない」
「まあ、そうかも知れないが……」
「シャロン」
アルは、なぜか期待に満ちた眼差しでこちらを見た。あー、はいはい。
剣に力を籠め、アルフレッドを風で後押しする。そのまま天使の翼を斜めに斬り捨て駆け上がると、屋根伝いに走り出した。
シャロンはそれを見送りつつ、自分が風を使い、屋根の上に飛び上る様を想像してみた。
…………そんな悪目立ちはしたくない。
こちらは地味に目的地を目指そうと、正面の風をゆるめ、後ろに追い風をつけて、下の道を走り出す。寄り集まる天使たちを散らしながら疾走するその姿は、残念ながらとても地味とは言い難かったが……それを指摘する者は、誰もいなかった。