竜出現!?
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ターミルの建物は日干し煉瓦と、門など目立つ部分には石が使われており、不思議な様相をしている。
短い草がところどころ生えた乾いた道を歩いていると、それだけで喉が渇きそうで、誰もがそう感じているのかあまりしゃべろうとしない。
三人で道を歩いていると、建物の壁をチョロチョロと小さなトカゲが這っているのに出くわした。
「またトカゲか」
誰にともなく呟くと、前を歩いていたエドウィンがこちらを振り向き、
「ここら一帯では、トカゲは竜の使いと大切にされていますからね。タカなどの天敵も来ない町には数多く見られるんです。周辺には、もっと大きいのもいますが……地域の人から非難を受けるので食べちゃ駄目ですよ」
アルフレッドには特に念を押す。
確かに昨日見かけたのは肉付きもよく、食べがいはありそうな気もする。
表情を読み取ったのかエドウィンがシャロンにも疑わしげな眼差しを向けた。
「……いや、トカゲの話はともかく、この町の竜の噂はどうなんだ?あの宿に泊まっていた人たちもほとんどがその話ばかりだったが、それの聞き込みはしないのか?」
「それがですねぇ……どうにも不明瞭な点が多くて。今まで出会ったこの町の人は竜はいる、の一点張り。あの宿に竜を見たという人がいたので特徴などを聞いてもみたんですが……白いだの、長いだの、曖昧な答えしか返って来なかったんです」
ひょっとするとただ噂だけが先行して、実際にはいないのかも知れません、とエドウィンがため息とともに呟いた瞬間。
突然南西の方角から歓声が上がった。
「い、いったいなんだ」
「こういうときは、まず行ってみましょう」
エドウィンは一応雇い主なので、その言葉に従い三人で建物の間の小道を走り抜け、声のした方へ向かう。
進むにつれ、辺りには人がだんだんと増え、皆同じ方向へ向かっている。
「竜が、竜が出たよ!」
丈長の上着を着た町の子どもたちが乾きにも負けずキャーキャーはしゃぎながら横を通り過ぎていった。
……危機感がなさすぎやしないだろうか。
そう思いながら走り続け、やっと町の端の開けた場所に辿り着いた。
誰もが驚き、指差す遥か遠くに、砂煙と竜(?)の長く白い体がくねっているのがはっきりとわかる。
しかし、遠すぎて太い紐が踊っているようにしか見えないな、とシャロンは身もふたもないことを思った。
ひとまず水だ、と喉を潤すシャロンたちのその近くで、
「すごい!竜がこの目で見られるなんて!」
若い男が髪をくしゃくしゃにしながら叫んでいる。
これはエドウィンもかなり興奮しているだろうと窺うと、彼は思いの外冷静に竜が地べたを踊る姿を観察していた。
「……おかしいですね。文献の記述と姿が一致しないんですが」
「その文献はどれほど信憑性のあるものなんだ?古いものなら当然実際のものと大きくかけはなれることもあるんじゃないのか」
「まあ、それはそうなんですが……どうも腑に落ちない」
失礼、と断って、彼は宿に置かずずっと背負っていた大荷物を下ろし、その中から硬そうな筒を取り出してグィィンと引っ張り伸ばした。
「そ、それは、遠望眼鏡!?そんな高価なものをどこで手に入れた」
「私としてはこれを知っているあなたも驚きですが……まあ、いいでしょう」
エドウィンは長くなった筒を右目に当て、竜のいる方向へ先を向けた。
ちょいちょいと肩を叩かれたので振り返ると、アルフレッドがこちらに説明を求めている。
「?……ああ、遠望眼鏡のことか。中央で高級品を取り扱う商人が売ってる、遠くのものをすぐ近くで見ることのできる道具だよ。あんまり本物は出回ってないから、父さんも偽物を掴まされッ……」
いったん言葉を切って、続ける。
「ええと、すっごく安い偽物も出回っていて、本物は少ない、そういうことだ。エドウィンが持っているなんて意外だな……」
なんとかごまかすことに成功した(と思っている)シャロンがアルフレッドと、遠望眼鏡を覗くエドウィンを眺めていると、彼は次第に肩を震わせ、ぶふっと大きく吹き出した。
あ、ははははっとくの字に体を折り曲げ、涙を流さんばかりに笑っている。
「く、くるしぃ……シャロンさん、アルフレッドさん、これ……貸しますよ。丁寧に扱ってくださいね」
ぶるぶると筒を震わせ、こちらに渡してくるので、シャロンもその遠望眼鏡を片目に押し当て、竜のいる方角を覗いてみた。
霞、もとい砂たなびく竜の白い姿、と思いきや、やけに作り物めいた……というか張りぼてに近い竜の先に、いくつかのロープが付けられ、その先は砂埃の中につながっていて、舞い上がる砂のあいだにちらほらと、たくさんの人間の姿が……。
唖然とするシャロンの横で、エドウィンはうずくまり、バシバシと地面を叩きながらまだ笑っていた。
遠望眼鏡=望遠鏡。