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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
216/369

黎明に染まる

 ※戦闘の中での暴力場面、痛そうな描写があります。ご注意ください。あと、今回かなり長めです。

 シャロンと、アイリッツ寄りの視点です。


 ※そして10月11日夜再び付け足し改稿しました。本当申し訳ない。

 深夜に交代してから、長く。天幕の外に神経を尖らせていたアルフレッドは、アイリッツが動く気配に、黙ってシャロンを揺り起こした。


 二人で出た外の空気はまだ刺すように冷たく、吐く息は白く続いていく。アイリッツは、と見れば、遠くへ出かけたわけではなく、ただ立って地平線遙か向こうの山々を見据えていた。


 夜が、明ける。


 空が少しずつ白み、暗闇に慣れた目には若干眩しく、彼方から陽の光が差し込んできた。そして、みるみるうちに辺りは光に照らされ、植物もまばらな、荒れた大地の姿を晒し始めていた。


「ああ、やっぱり夜明けはいいな。例えどんなことがあっても、朝は必ずやってきて、淀むすべてを払拭してくれる――――――」

 そんな気がして、と照れたように笑う。


 シャロンは呆然と、目の前の光景を見ていた。陽の光に照らされたのは、乾いた黄土色と褐色が混じり合ったような土、ただっぴろいその地面に、くっきりと引かれた線の跡。それは、天幕を始まりにぐるりと遠く一周し、再び同じところへ戻ってきている。


 完全な円ではなく、端と端に少しだけ空間が空いていたが、アイリッツは手近にあった棒を取って、その合間を埋めた。


「よし。ここからここまでオレの土地っ、と」


 夜中は、私とアルが交代で見張っていたから、こんなものが描けたはずはない。ということは……。

「描いたのは、あの時か…………!」

 シャロンが呟くのと同時にアルフレッドが舌打ちする。


 獲物を捕ってくると言ったアイリッツ。その手には確かに棒が握られていた。


「まあね。あの時はからかって悪かったよ。こっちもちょっと苛々してたんで」

 いやー、予想どおり驚いてくれて、大成功、とにやりと笑う。


「……何のためにこんなもの、を」

 顔をしかめつつシャロンが問えば、アイリッツが、

「ここを舞台にするに決まってるじゃないか」

と返し、

「オレも、真実を話すのは(やぶさ)かじゃないんだが、やっぱり対価なしにってのもちょっとな。というわけで、」

バッと手で目の前の囲みを示しながら、

「ここに多少暴れても主に気づかれないよう結界を張った。条件は単純に、おまえたち二人が、それぞれ、オレに一太刀でも攻撃を当てることができたら、すべてを話す、ってことで」


「え」

 ぽっかりと口を開けたシャロンの前で続けて、

「ほら、二人の修行にもなるし、バッチリじゃないか。やっぱり鍛えるにしても、褒賞があった方が、何かとやる気が出るだろ?」

にこやかに力説するアイリッツ。


 何を企む、と忌々しげに言って睨むアルフレッドの横で、

「それは…………もし当てられなかったらどうする気だ」

真剣な表情で尋ねるシャロン。


「えっと、それは……話が進まないだけっていうか……やる前からうまくいかないこと考えてどうするんだよ」

 アイリッツはそう呆れつつ、

「ちゃんと条件もつけるからさ。まず、シャロンと戦う時は、右手で、“穀潰し”しか使わないことにする。ただ、剣は風が斬れるようにする。風の刃でも剣でもいいから、オレに防がれず体のどこかに当てればいい。それだけだ。ただ、そっちの鍛錬も兼ねてるから、手加減しないけどな」

シンプルだろ?と得意げに笑う。


「……わかった。よろしく頼む」

 隣で留めようとするアルフレッドに首を振り、シャロンはぎゅっと剣の柄を握り締めた。


 ――――――やれるかどうかわからないが、これはきっと、強くなるチャンスだ。


 アイリッツはそのまっすぐな眼差しを受け、重い心中でこっそりため息を吐いた。


 正直なところ、オレにこの役どころは向いてない。……本当なら、こうするまでに、もっと突き放し、憎まれるような態度を取るべきだったんだろう。その方がきっとやりやすかった。


 アイリッツはそれができない自分の中途半端さも……よく、理解していた。

 

 これから、曇りなく見てくるこいつ、シャロンを叩いて、その成長を妨げている引っ掛かりを暴いて引きずり出し、乗り越えさせなきゃならない。


 アイリッツは内心でもう一度ため息を吐いた。押しつけ――――――じゃなかった、頼める相手がここにいないことがひどく、惜しまれて――――――。


 感傷を押しやり、彼は描いた結界の内側にシャロンと向き合い、外でこちらを睨み続けるアルフレッドを見た。


「じゃあ、アルは二番目だから大人しくそこで見ていてくれよな。よし、さっそく開始だ!」

 そう宣言して剣を抜き放つ。同時に、シャロンも剣を抜いている。


 しばらく、睨み合いが続き……シャロンが先に動いた。剣を振りかぶり風の刃を作り出す。


「行けぇええッ」

 それをアイリッツは――――――大した労力もかけず、ひょいひょいっと横に避け、そのままぶつかってきたシャロンの剣を受け、弾いた。


「くっ……!」

「ええと、なんていうのか……ぶっちゃけやる気ないだろ」

 幾度も走る剣撃に応戦しながらも、余裕を崩さずアイリッツ。


「…………」

「…………まあ、いきなりだったってのもあるが」

 しばらくお互い視線を交わし、剣をいったん収めた。そして、アイリッツは考える。


戦いの経験値は積んでいるはず。技もおそらく、シャロンの中に会得されているはずなのに、それが使いこなせられていない。何かきっかけさえあれば――――――。


「シャロンはさー、人を殺したことは?」

「…………ある。それが何か?」

「じゃあ、人と争ったりするのは、あまり好きではない?」

「…………誰だって、無用な争いは避けたいと思うが」

「ああそう」

 アイリッツはがっくりと肩を落とす。思ったより根が深かった。というより、結構基本的な、根本的なところで引っかかっている。


 これは長期戦になりそうだな……と遠くを見つめながら、

「剣というのは、人を殺すための道具だ、というのはわかるか?」

「私は、身を守るためのものだと思う、が」

「ああそう。じゃあ、今教えとくよ。これは、人殺しの道具だ。飾り用でない限り、剣はいかに効率よく人を殺せるかが大前提。切れ味、使い勝手、それらすべてにおいてそれが優先される。当然、使う時には覚悟と責任が常に伴う」

そう剣をかざせば、シャロンが嫌そうに顔をしかめたが、気にせずアイリッツは言葉を紡ぐ。

「覚悟なしにこの先へ進むのは無理だ。腕輪があっても役に立たず、すぐに効力が切れて必ず死ぬ」

「それは、わかっている…………だが、私は…………」

 この後に及んでもなお、迷いを見せるシャロン。


 人と争い、傷つけるのを厭う少女が、剣を手にしたことにより起きた矛盾、か。


「迷うということは、本当の意味で理解はしていない。それはわかっているとは言わないんだよ。……今のシャロンは、ナイフをおそるおそる手に持ち、なるべくなら使いたくないと怯えているだけだ」

 アイリッツも剣を構え、そして、打って出た。


 弾かれ、弾く。剣戟の合間にシャロンが風の刃を作り出し、アイリッツを攻めるが、やはりことごとく躱され、あるいは剣に弾かれ、届かない。


「頭で考えて、それを実行に移すまでのあいだに起こる予備動作、目線。これらをどうにかしない限り、オレに当てることは無理」

「くそッ……!」

 アイリッツの剣が胴を薙ぎ、シャロンは跳ね飛ばされ、なんとかしゃがみこんでなんとか体制を立て直すが、そこに追い打ちが来た。肩に、鈍い衝撃が走り、反射的に剣を繰り出すもすでに相手は間合いの外にいた。


「…………ッ」

「なんていうか、もったいないんだよな。ちょっと借りるよ」

 離れたと思えば、すぐに間合いを詰められ、手首を打たれ、あっさり落ちた剣を奪われる。


「風はどこにでもある……もっと自由なものなんだ。例えば、肩、上腕、太もも、脛」

そう言いながら奪った風の剣を振るうアイリッツ。その手から起こる風は、シャロンの肩、上腕、太もも、そして脛を、正確に斬り裂いた。


「あ、くッ……!」

「ほい、霊薬アムリタ霊薬アムリタ

 シャロンが転がり、悶え苦しむまもなく、霊薬アムリタによって、傷は立ちどころに消える。

「そして道具は、使い方次第では、その能力が飛躍する。実際食らってみるとわかるだろ?この剣がいかに優秀か、が。誰が創ったのかは、わからないけどな」

 剣を賞賛し、それから彼女の元へと返した。唇を噛み締め、戻ってきた剣を握り締めるシャロンは、再び、剣を構え、アイリッツへと振りかぶった。


 幾度かの剣戟。だんだんとそれは質を変え、しばらく経って。一方的な攻勢へと変わっていく。シャロンはそのあいだに何度も剣を弾かれ、その身に刃を叩き込まれ吹き飛ばされ、その度にまた再び剣を構え、アイリッツに向かっていく。


 天頂でジリジリと焦がすような光を放っていた太陽が次第に傾き、少しずつ西へと沈んでいく。


 あくまで、鍛錬が目的のアイリッツの剣は常に峰打ち状態ではあるものの……首や脇腹を容赦なく打たれ、すでに息が上がっているシャロンの、その瞳は、まだ力を失ったわけではないものの……すでに満身創痍だった。


 アイリッツは剣をトントンと肩に構え、慎重に彼女の表情、動きを探る。


 どうも、強くなりたい、という意思は本当らしいが……。だんだん弱いもの苛めしてる気分になってきた……。


 やりづら、と呟きつつ、アイリッツは容赦なく最も狙いやすい顔へと一撃を放ち、庇ったシャロンの腕がゴキリ、と嫌な音を立てた。


「くそッ……!!」

 腕を押さえ咄嗟に距離を取るシャロンだが、アイリッツは容赦なく追撃を加える。さらに足を負傷し片膝をついたところで、まっすぐ喉に切っ先を向ける。


「…………!!」

 結界の外で、アルフレッドが駆け寄ろうとするのを、動くな、アルフレッド!とアイリッツが制し、

「アル、来るなよ。今助けたら、シャロンのプライドはズタズタだぞ」

鋭利な刃物じみた視線をぶつけてきたアルフレッドに断言した。


「そう、だ……アル……私は、強くなりたい、から……止めないでくれ」

 血の混じった唾を吐き捨て、シャロンが言う。この後に及んでもなお、濁りのない眼差しをしている。…………死ぬことをも、ためらわない者の目だ。アイリッツは舌打ちした。


 こういう目をした者の取る行動は……ろくなものではない。しかも多くが崇高なる目的、という身勝手な理由によって、嬉々として死ぬ。


 それでは駄目だ――――――。


「どうもさっきから、勘違いしてないか?強さってのは崇高なものじゃない。むしろ、血反吐を吐き、汚泥の中を這いずりまわって得られるものなんだよ。……わかった、一度死んでみるといい。腕輪の力がまだあるうちに……本当に無意味な死、というのを味わえば、何かは学ぶだろ」


 アイリッツの体から、殺気が溢れた。触れるだけで切れそうな空気が、彼を包む。

「シャロンは、強くなる前に、こんなところで死を選ぶのか」

そんな呟きとともに、アイリッツは剣を薙いだ。


 そのアイリッツの呟きは、シャロンの心に波紋を生み、強く彼女を揺さぶった。


 強くなりたい、強くならなければ、と何度も、何度も繰り返し自分に言い聞かせ、そう思ってきた。……そもそも、どうしてあれほど強くなりたかったんだろう……。あの光景を目にしたから。力が足らず、同じことを繰り返した。あんな思いはもう二度と……。


 ミストランテの遺跡で。守れず、光となって消えたニーナ。そして、今またこの世界で、目の前で魔物の攻撃を受けたアルフレッドの死の瞬間が、蘇る。脳裏に焼きついて、今なお離れないあの――――――


 アイリッツの剣が、シャロンの体を薙ぎ払った。打たれた体は、木の葉のように飛ばされ、地面へと叩きつけられる。



「…………防いだ、か」

 剣の切れ味を戻し、殺すつもりで放った一撃だった。本来ならまっぷたつになって終わりのはず。


 遠くで起き上がったシャロンは、震える手で剣を構え、こちらを見つめている。


「風の結界、か。あー……ここからやっと、本番になりそうだ」

自己矛盾を抱えながらも、闘志を失わずにいたシャロンに、内心わずかに安堵しつつも、悟られぬよう平然を装い、地を蹴って彼女に斬りつけた。


 先ほどより返しが速い。

「風、か」

 本当にいい仕事をしてる剣だ。本来、魔道具は使い込めば使い込むほど持ち主の魔力が馴染み、その力が発揮される。だが、一部の職人はそれだけに飽き足らず、魔道具を媒介に魔力を変質させ行使できるようにと、粋を凝らし、至高の品といえるレベルにまで魔道具を極めたらしい。


 口笛を吹き剣を賞賛しながらも迎撃の手は緩めず、シャロンの隙を狙い打つ。斬り返しを捌きつつ脇を狙うアイリッツの頬を、穏やかな風が撫でた。


「……ッ」

 距離を取り様子を窺うが、シャロンに表立った変化は見られない。むしろ急に離れたこちらを訝しみながらも追撃しようと迫ってくる。


 ――――――一撃だけでいいんだ。なんとしても、アイリッツに当てなければ!!


 ただひたすらその一心で剣を振り斬りかかってくるのがよくわかった。おそらく無意識に、だろう。シャロンのまわりに風が柔らかく渦巻き、その髪を揺らしている。風はうねり、広がりを見せ――――――。



「げっ」

 アイリッツは呻いた。確かに、少し前に、自分は言った。風は自由で、どこにでもある、と。

「たぁあああッ」

 シャロンの剣と同時に、取り巻いていた風が牙を剥き、八方からアイリッツへと襲いかかってきた。


 この時ほど、双剣でないのを後悔したことはない。


 対する剣を弾き、シャロンに蹴りを叩き込んだものの、あらゆる方向から襲い来る風はさすがにすべては避けきれず、アイリッツは、その身に、怖ろしいほど正確に次つぎ急所へと打ち込んでくる風の刃を受け、あるいは躱し、地面に爪を立てて姿勢を保ち、やがて、立ち上がった。


 それから、咳き込むシャロンの前に行き、深く息を吸い込み…………そして、やったな、と言って破顔する。


 その首からは、だらだらと血が流れていて――――――かなり猟奇的な光景だったが、アイリッツはすぐにその傷を拭って消しながら、

「戦いというのは命の取り合いだ。手を汚すのを厭っては何もできない。でも、それでも、もし、まだ迷うことがあるのなら……。自分の命や、他の大切なもの、それを守ることを一番に考えればいい」

そう手を差し伸べた。


 その言葉にシャロンは、自分の中での、わだかまりがするするとほどけていくような、不思議な感覚を味わっていた。


「ありが、とう」

 憎まれ役を引き受けてくれた彼に、と、お礼をいいながら、シャロンはその手を取り、

「あれ……?」

その瞳から、ぽろぽろと涙が零れ始めていた。拭いもせずそのまま彼女は微笑んで立ち上がる。


 なんだか、急に霧が晴れたような気分だ……今なら、きっと、なんでもできる。


 暗い夜の帳が降りてくる中、涙を流しながらも晴れやかな笑みを浮かべた。


 その後ろでアイリッツがひそかに、しかし首とはね……なんだか大物になりそうだな、と首元をさすりながらぼやく。


 ずっと待ってくれていたアルフレッドにも礼を言おうと、それまで無言でいた彼を振り向き駆け寄ろうとしたシャロンは……そのままビシリと固まった。


「次は、僕の番だ」

 黒いどろどろとした雰囲気を纏いながら、アルフレッドが腰を上げ剣の柄に手をかける。


「ちょっと待ったー。シャロンも疲れているし、休息を取って明日に……しそうもないね、これは」

 シャロンを先にしたのはまずったかなあ……と呟くアイリッツ。


 先ほどの途中から、まったく身じろぎせず声も出さず、ただひたすらこちらを目で追い濃密な殺気と斬り刻むような怖ろしい視線を向けていたアルフレッド。


 口元に笑みを浮かべながらも凍てつくような眼差しと、表情を見たアイリッツは…………。


 ああ、オレ、死ぬかも。と、柄にもないことをつい、頭の片隅で考えていた――――――。

〈ここに存在するアイリッツの能力(一部未開示)〉

・天性の遊び人(器用度MAX)

・瞬足&逃げ足

・簡易結界

・×××のものは××のもの(××)

・×××ング

・メ××××××ク

〈備考〉

 アイリッツの武器・服・身につけている装飾品はほぼアイリッツの体を構成するモノと同質でできている。

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