満天の星の下で
10月5日、話の流れはそのままに、文章をわかりやすく改稿しました。それより前に読まれた方、二度手間ですみません。
暗い場所、いくつかの星のような輝き。あれが、エドウィンの言っていた光景だろうか。
先ほど輝きは……数えるほどしかなかった。
それらが示す意味、そして、アルに聞いたアイリッツの目的とは何か、というのを考え、うすら寒くなったので一度棚上げにすることにしたシャロンはアイリッツやアルフレッドと協力して夕闇の荒れ地に天幕を敷き、石や枯れ枝を辺りから集めて火を起こす。
それでも……アイリッツが敵とは思えないのは、ただ自分がお人好しだからなんだろうか。
自分の考えに自分で落ち込んでいる彼女の横に、アルフレッドはまわりを確認してからいつものように陣取り、頭を振って嫌な考えを振り払ったシャロンは気を取り直し、鍋に水、干し肉香草その他ありあわせの具材を入れて火にかけ、正面でのんびりと暖を取るアイリッツに強い眼差しを投げかけた。
「アイリッツ……」
「へ?……何なに?」
「ちょっと、アルと二人だけにしてくれないか?」
すると彼はにやりと笑い、
「いいよ。半刻ほどな。ちゃんと後始末まで終わらせとけよ?」
生々しい痕跡とか嫌だからな、といらんことを言うアイリッツ。
「は、な、し、をするだけだ!さっさと行け!」
シャロンが頬を染めながら叫んだが、軽くかわして、大きく伸びを一つ。
「じゃ、ちょっとメインディッシュでも探しにいくか。ここ頼むわー」
そして、お、いいもの発見!とばかりに近くの棒を手に取ると、たぁあああ、と勢いよくそれを引きずりながら去っていった。
なんなんだ、いったい、とシャロンは振り返り、アルフレッドの様子がおかしいのに不安そうになった。
「アル……どうした。大丈夫か?」
彼は先ほどからあまり表情を変えず口数もさらに少ない。問いかけると、閉じていた目を開けて心配ない、と応えを返して、ぼやくように、
「奴の考えが読めない……」
と呟いた。
「まあ、そうだな。なんていうか、時々鋭いような、あるいは何も考えていないような……」
シャロンはしばらく鍋をかきまわしていたが、やがて意を決して、
「なあ、アル。一度、アイリッツに正々堂々とぶつかろう。その方が誤魔化しもされにくいし、あの行動……まるで、訊いてくださいと言わんばかりだ」
「でも、どうも、それすらも奴の手の内、という気がして」
そう言ってアルフレッドは嫌そうに顔をしかめ、面白くない、と短く息を吐いた。
「手の内、か。でも放置するのも気持ち悪いじゃないか。このままの関係をずるずる続けるよりは、余程いい。まあ尋ねたら状況は激変……いや、意外と変わらない可能性もあるけど、とにかく、何かが動きだしそうな気はするから」
そうこうしてるうちに、鍋もくつくつと煮え出し、その音とは別に、ズ、ズズズズズズズと何か――――――細長いものを引きずるような音が聞こえてきて、すぐさま二人はそちらを向く。
「よお。持ってきたぜ」
ズルズルと彼の身長以上ありそうな棒というか太い枝(?)をわざわざ遠くから引きずり、近づいてきたアイリッツは、それにくくりつけた穴ねずみを四、五匹こちらへドサリと置いた。
……なるほど、棒で追いたてて捕まえたのか。
ねずみにいい思い出がないシャロンは顔をしかめつつ、ひとまずどうもと言って手に取ろうと近づいたが、それより先にアルフレッドがさっさと手近な茂みへと持っていってしまった。
「アル、半分は丸焼きに」
燻製用に皮を剥ぐつもりだろうが、そう一声かけるとドサリとこちらに投げてよこす。
「お礼もなしかー」
苦笑してぼやくアイリッツに、シャロンは律儀にああ、捕ってきてくれてありがとう、と改めて返し、そして、深く息を吸った。
「リッツ……」
ん?とこちらを向く彼をまっすぐに見つめ、
「そろそろ、訊きたいんだが。おまえは、いったい何者で、何が目的だ。何を私たちに隠している?」
鋭く問いかけた。
アイリッツが、ふっ、と読めない表情を作る。
……見ようによっては、穏やかにも見える表情を保ったまま、
「オレの存在と、目的の話はした。二度も言う気はないよ」
あっさり言って、
「まあ、話していないことなんてザラにあるけど。え、なになに、オレの女性遍歴とか聞きたいわけ?」
にやりと笑うので、いらない、と切り捨てた。
シャロンが苛立ちまかせにその辺りの堅そうで燃えにくそうな棒を穴ねずみに突き刺し、火にかける。やがてアルフレッドが、皮を剥ぎ終え、戻ってきた。
「まあ、冗談はともかく。話は明日の早朝にしよう。興奮したら眠れなくなっちまうだろ?今は、充分疲れを取るときだ」
そう言われると、逆に気になって仕方ないと思うのは、私だけだろうか。というか、今は駄目な理由ってなんだ。
そう考えたものの、アイリッツの顔を見ていると、なんだかこれ以上追及しても無駄になりそうな気がした。
抗議の声を上げそうなアルフレッドを目で抑え、シャロンは、
「わかった。明日だな。必ずだぞ」
そう念を押して、煮えてきたスープを皿に盛っていく。
「…………ああ」
念を押されるとどうしても、“だが断る!”とか言いたくなるのを我慢して、アイリッツは真剣な表情を作り頷いた。
夕食を食べ終え、さて寝るのはどうする、という話になって、
「アイリッツ、おまえが話さないというなら……こちらも信用はできない。その辺ででも寝るといい」
とアルフレッドは宣言した。
「ちょっと……待った。いくらなんでもそれは……」
結局アイリッツの捕ってきたねずみを綺麗に食べ終えてしまったシャロンは、アルの空になった串を見ながら、思わず呟いた。
「それはそれだと思わないか?これも、そいつが勝手にやってることだ。一つの策かもしれない」
そう真剣に返す。
だったら食べるべきではなかったんじゃ?
そんなことを思うシャロンを余所に、
「うわ、随分嫌われたねー」
特に気にした様子もなくアイリッツが、
「了解。オレは夜通し見張りでもしとくよ。二人は明日に備えて休んでおく方がいい」
オレと違って、きちんと寝るというのは大切だからな、と意味深なことを言う。
「もういい。これ以上余分な、しかもややこしい話なんてたくさんだ……!」
頭が痛くなるから、もう寝る!とシャロンは言って、天幕へと入った。アルフレッドもアイリッツを一瞥して、我関せずとばかりに彼女を追っていく。
取り残されたアイリッツは、これは、あれしかない、と一人呟いた。
続けてカバンを取ってがさごそと中身を漁り、そこから半透明の硝子に美しい花々が透かし彫りされた瓶を取り出し、
「これぞ秘酒、ネクタル。この美酒を開けようって時にたった一人で見張りかあ、辛いなー」
この酒本当にうまいのに、と呟きながら、いそいそとぐい飲みに注いだ。
天幕の中のシャロンたちは、これからについてもう一度話し合っていた。外でアイリッツが何か言っているが、気にしないことにして、
「アル……明日、いったい何が待ち受けているんだろうな」
「さあ。でも、今夜は交代であいつを見張った方がいい。どんな手で来るかわからない」
苛々としているアルフレッドに対し、いや、そうかな……これまでも何かしようと思えばする機会はあったわけだし、とついシャロンはアイリッツを庇う。
「これからしない、という保証もない」
「まあ……そうだな……」
ためらいながらも頷き、
「じゃあまず私が奴を見張る。だからアルは休憩した方がいい。赤くなってる」
寝不足なのか充血しがちなアルフレッドの目を覗き込み、その縁をなぞろうとした。
すっ、とその手を躱し、地味に傷ついてるシャロンを尻目に、じゃあ先に、とわざわざ離れた位置でごろりと横になった。
シャロンも短く息を吐き、天幕にもたれながら、じっと耳をすましてみた。アイリッツひとりしかいないはずなのに、何やら賑やかだ。
「くっ……!これうまッ……!エドウィンめ、こんなものを創るなんてやるなあ……!!」
喜びを噛み締めながら空を仰げば、空には三日月と、降るような星々。
「あー、本当残念だ」
ちらと天幕を見ながら、
「どうせあいつら、オレの持ち物は警戒するだろうしな。ああ、見せびらかしながら飲む酒が一番うまいのに」
ぐいっとまた手の器を空にして、ぷはっと満足げに息を吐いた。
シャロンはしばらくアルフレッドの背中を見るともなしに見ていたが、アイリッツはどうしているだろう、と天幕から少しだけ覗いてみた。
空には手を伸ばしたら届きそうなほどの満天の星。欠けた月を肴に、酒盛りをしているアイリッツ。
あ、あれは……!あの酒瓶の半透明の美しさといい、凝った意匠といい、めちゃくちゃ上物じゃないか?なんだか一人でかぱかぱ飲んでいるが……!!
しかし、まさかここで酒盛りに参加するわけにもいかない。アルもいるし……くっ……あいつ……!!
シャロンは天幕で拳を握り締め、身を震わせながらも、仕方がない、となんとか呼吸と気持ちを落ち着け、静かに交代の時を待った。