日没後、垣間見えた暗夜
今回かなり短めですみません。※10月5日、文を少し付け足ししました。
空の底が抜けたような豪雨。雨粒が痛みを伴い叩きつけられる。シャロンは慌てて剣を使い、自分とアルフレッドのまわりに結界を張った。
「そこで頭でも冷やしとけ。この、早×野郎が」
雨避け対策をしたのか、まったく影響を受けていないアイリッツが高らかに笑う。
……もうあいつは、私の存在を忘れてやしないだろうか。
先ほどから下ネタ発言しかしていない奴は放っておき、無数の穴が空いた黒い断面からシュウシュウと煙を出すイーカルスへと剣を構え風の刃を放ち、即座に切迫して腕を斬り裂いた。同時にアルが横から、首と背中にかけて斬りつける。
反撃を怖れ飛び退いたが奴は動かず、斬りつけた場所からぼろぼろとその体が崩れた。
「く、この程度……。俺は不滅の太陽!たとえ冷やされても、また燃え上がるさ!」
叫ぶと同時にその内側から炎が燃え上がり、蛇のようにうねって五つの方向に弾けた。
「おいおい、足元に火がつくどころか体ごと燃えてんじゃねえか」
アイリッツが自分に襲い来た炎を剣で八つ裂きにし、切迫する。
こちらも、炎を散らそうとして……その炎が、巨大な手の形になって広がった。
「くそッ……!」
体がジュウジュウと焼かれたものの、なんとか内側から炎を斬り裂き、生きた炎と戦うアルにかろうじて援護の風を送る。
バシャッ。
そして頭から突然、水が浴びせられた。
「なっ……」
水かと思ったのは霊薬で、続いてアイリッツは、炎を裂いたが全身に火傷を負ったアルフレッドに同じ瓶を投擲する。
「よし、クリーンヒット!」
ガッツポーズをしながらも動き、ぐるりと方向を変えて襲い来る炎に対峙するアイリッツ。その背中を頭からびしょぬれになったアルフレッドが睨んでいる。
も、もうちょっとやり方はなかったのだろうか。というか、アルの方はわざわざ投げなくてもいいような距離だが……。
まあ助かったんだし、とアルに頷き、すぐにこちらも生き物のように鎌首をもたげる炎に対峙する。そのシャロンの視界の隅には、アイリッツを憎々しげに睨みながらも剣を構えるアルフレッドの姿が映った。
なんか、覚えとけよ的な表情をしてるな……なんて余分なことをちらりと考え、哄笑しっぱなしのイーカルスに向き直る。
その体はどろどろと溶けて、液体となった炎が動いているようにも見える。
「ふはははは!俺の力を見よ!」
その身体から再び炎が弾け飛び、どろどろの朱い液体が床を伝って近づいてくる。
「おい、行くぞ」
その様子を冷めた眼差しで見やるアイリッツは、シャロンとアルフレッドに合図すると、ベルトにあった鉤つきの紐を取り、イーカルスへと投げた。
ただの紐にしか見えないそれは、空中でほどけ、すぐにイーカルスへ巻きつきその粘質性の動きを制限する。
すぐに察したアルフレッドが動き、シャロンが弾ける溶岩を風であるいは、抑え込み、あるいは散らしていく。
アイリッツとアルフレッドによってイーカルスの体は斬り刻まれ、それでも炎の勢いは止まらない。もはや炭状になった中心部、その体が、にやりと笑った、気がした。
しかし、アイリッツが燃え盛り、もはや内部は崩れ落ちようとしているその体の中央から、硬く黒光りする黒曜石を取り出すと、それはやがてざあっと溶けて消えていく。
「うわッ」
間髪入れず通りに、光の線が走った。石畳、その下の地面から発しているだろう朱光は幾重にも、縦横無尽に広がり、町中を覆っていく。
その光景に圧倒されるシャロンの視界の隅、地面を滑るように何かがよぎった。は、と下を見て、気のせいか、なんて首を傾げるうちに、
「自爆か。まったく外さないな」
呆れたようにアイリッツが呟き、とりあえず集まれー、と気の抜けるようなことを言った。
「よっ、と」
いつのまに用意していたのか、彼が剣を手に取り下に突き立てると、そこを中心とするように石畳に亀裂が入り、円となって伸びていく。
外側はまるで灼熱地獄だった。地面から噴き出した溶岩と炎が建物を舐め、倒壊させ、火柱が突き立ち火の粉とともに空を覆っていく。そしてふいに、世界の底が抜けた。
シャロンは慌てて手近にあったアルフレッドの腕をギュッと掴み、身体を安定させようとするが、そのまま黒々とした奈落の底へと落ちていった。
広がる漆黒の闇に、星にも似た輝きがいくつか点在し、ゆらゆら、ふらふらと動いている。しかしその光景も一瞬で、三人は落ち続けて足元にあった輝きの一つに衝突した。
さ、寒い。
まばらな植物と、硬く荒れた地面。宵の紺色の空に、瞬き始めている星々。いつのまにかシャロンたちは、ただっぴろい荒野に、辿りついていた。
足元に火がつく……危険が差し迫る、という意味。