晩天来たる
戦闘シーン、若干グロい表現あり。
ゴォッ、と炎が吠えた。いくつかの家が爆発とともに勢いよく弾け、火柱が上がる。
「これぞまさしく飛ぶ鳥を落とす勢い!この力を見よ!」
遠くで叫びながら手から出された紅炎は、輪を描きセイレーンを襲う。それを慌てて避けながら、乙女たちは焦燥にかられこちらへ向かってくる。
よくある例えを実践されても……。
呆れるシャロンの前で、羽音とともに低い警戒音を囀りながら、セイレーンの生き残りが炎を避けつつこちらへと向かっている。
「わ、ワタシたチなんて襲ってル場合ジャないワ!侵入者ヲ狙イなサいよ!」
「そうヨ!あっち二活きのいいノが三匹もイルんだかラ」
そう口々に喚く鳥の乙女たち。
誰しも考えることは一緒のようだ。厄介者の押しつけ合いか。
生温い表情になり突っ込みつつ、アルフレッドと頷き合い迎え討つ構えを取る。
「混戦になりそうだな……」
そうシャロンがぼやけば、
「じゃ、オレはまず鳥たちをなんとかするから。ひとまず適当に弱らせといてくれ」
とアイリッツが爽やかに、且つさりげなく押しつけようとしてくるので、
「……待て。あいつはなるべく人数揃えて当たった方がいい」
「え~、オレあの変態との火遊びは、嫌だなぁ」
気の抜けるような口ぶりで言う。
アイリッツはその近くで、どうしよっかな~と呟きながらごそごそカバンを探り、道具を入れ替えてベルトや懐に捻じ込み、カバンを隅に放った。
「……来るぞ」
シャロンがそう言うのと同時、あちこち跳躍し、破壊してきたイーカルスが、大通り、やや離れた位置に文字どおり降ってきた。
「さあ、次の相手は誰かな!?」
爽やかに、その実無情に、おそらく仲間であろうセイレーンを落としながら、男が叫んだ。疲れた気配もない男は、頭部から流れる血も、琥珀の硝子の瞳もまったく何一つ変わっていない。無邪気で無情。その言葉がぴったりくる。
キュィィイイ!
背後からのセイレーンが鳴き声とともに空気が震え、慌ててシャロンは風の結界を張った。鳥乙女たちの数は次々に増えている。群れの生き物だからだろうか。
「こいつラを盾にスればいいワ!」
風を強引に突き抜けシャロンを鋭い爪で襲うセイレーンにアルフレッドが斬りつけ、さらに追撃を加えようとしたところをあっさりアイリッツが奪い、そのまま逃げる相手を追って駆け抜けていった。
「大丈夫だ、オレに任せろ!」
イイ笑顔で追うアイリッツは、顔を引きつらせるセイレーンの群れへと、地面を蹴り、突っ込んでいく。羽を薙ぎ払い、さらに飛び立つ獲物を家々の壁を蹴って追うその姿はまるで、圧倒的な力で周囲を蹂躙する、一刃の風。
「はははは、これはどうかな!?」
いや、のんびり見ている場合じゃなかった。アルが血を流す変態男から放たれる炎を避け、斬りつけようと肉迫している。シャロンは急ぎ援護の風を送った。
風を受けた炎がアルフレッドを避けて曲がる。シャロンは自分も参戦するため、イーカルスへと近づいた。
協力して、交互に男の体に斬りつけ、斬り返す。
「それで、全力か!?そんなんじゃ足りないな!もっともっと、俺を熱くさせてくれ!」
哄笑しながらわけのわからないことを叫ぶイーカルス。体から噴きこぼれる血は、灼熱の熱さを持っているため、自分の動きが鈍り長くは近くにいられない。
「アル!」
至近距離から炎が放たれ、体当たりで庇うと、そのまま石畳をごろごろ転がった。
すぐさま起き上がり体勢を立て直し、再び放たれる炎を避けた。奴は、と見ると、動こうとはせず、突っ立ったままつまらなそうにこちらを見ている。
「あ~……つまらん。これだけかおまえたちの力は」
「別におまえを楽しませるつもりはない」
きっぱりと言うアルフレッド。
「それじゃあ、面白くない。もっと己の無力に憤れ!もっと全力で、燃えて燃えて、力の限り戦え!今から俺が、見本を見せてやる!」
いらない、と言えたらどれだけいいだろう。
男のまわりに紅の炎の線が走り、石畳に切り込んでぐるりと円を描き、そこから放射状に広がっていく。なんだかまずい状況のようだ。
「いくぞ」
アルと頷き合い、風の刃を放ち、同時に奴の懐へ飛び込んだ。
「いいぞいいぞ、もっとだ、もっと熱くなれ!この町ごと、世界ごと!」
叫びながら斬られ、どろりとした血が地面に落ち……炎の円はますます広がっていく。
「熱ッ!くそッ」
地面が熱くなり、立っていれない。靴に火がつき、いったん離れ瓦礫に乗ってやりすごすも、このままでは――――――。
「あああ、俺の、この力、この光は、世界を包み――――――」
「はいはい、うざいうざい」
ザシュ、ザシュッ
剣がどこからともなく飛んできて、イーカルスの胸を貫いた。壁に飛ばされ、縫い止められたその体に遅れて腹に小ぶりの剣が突き刺さる。
「あああーーせっかくいいところで!」
「おまえさ、オレの存在忘れてただろ」
半眼で心底うっとうしそうにアイリッツがやってきた。
「もっと早く来れなかったのか……」
「まあ固いこと言わずに」
ひらひらと手を振り、男に対峙するアイリッツ。いつのまにか炎が消え、刻まれた溝だけがシュウシュウと煙を上げていた。
「ふっ、くッ、抜けん!力も……おまえなにをした!」
もがくイーカルスに、
「さあ?体の調子でも悪いんじゃないのか?」
クールに返すアイリッツ。
ふ、ふふふと男は不敵に笑い、
「はは、わかったぞ!貴様、同種食いか!他人の力を奪うしかできん能なしめ!」
「いや、常時マ××きプレイ野郎に言われたくねえよ」
そうリッツが返し、ちらっとこちらを窺った。
「いや、見るぐらいだったら言うな」
シャロンは憮然とそう返す。
「はっはぁ、この程度のことで、俺がどうにかなると、思うな!」
どろり、と剣が刺さった部分が、朱く溶けた。ずり、ずり、と壁に剣を残して男は足を踏み出し、歩み寄ってくる。
「こんなものじゃないんだろう?俺を、もっともっと燃え上がらせろ!」
「じゃあ、そんなおまえに、とっておきのアイテム、それはこれだ!」
アイリッツが懐から不可思議な文様を描く卵を取り出し、その足元へ投げた。またか。
卵は割れ、中から緑と枯れ草色の手の平サイズの……蛙が登場し、ぴょこんと跳ねる。
ゲコゲコッ
「なんだこれは」
若干顔をしかめたものの、特に気にした様子もなく歩みを進め、ぷちっとその足に踏まれた蛙は、ひっくり返って空を仰ぎ、ギュエエエエ、と断末魔の悲鳴を上げ、潰れていく。
なんで出した!
その突込みを入れるか入れないかのうちに、辺りは急速に暗くなり、雨雲が立ち込めたかと思うと、一気に叩きつけるような集中豪雨が一面に襲ってきた。