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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
212/369

フォーリング・ザ・サン

戦闘シーン、若干の残酷描写あり。

 本来、生きているはずのない出血量だった。そう、本来ならば。


 辺りはじりじりと焦がされるように熱く、汗が流れてくる。臭気が増し、血が、ボコッボコッと泡立って真ん中にすうぅっと吸収され、鮮血を頭から流し倒れていた男はやがて、ゆらり、と起き上がった。


 青年、といった方が正しいだろうか。朱の混じる蜂蜜色の髪、同じような琥珀の瞳に褐色の肌、やたら逞しそうな体をローブ風というか、古代衣装っぽい白い服で包んだ男は、破損した頭頂から側頭部、そして顔に至るまでどくどくと、血を流している。


 その彼は、緊張の面持ちで注視しているシャロンたちに気づくと、ふっと華やかに笑い、軽く挨拶のように手を挙げた。


「燃え上がれ!!」


 同時にごう、と炎の渦が一直線に襲い来る。が、元々警戒していたシャロンたちは間一髪でそれを避けた。渦が勢いよくその後ろの家々をぶち抜き、あっというまに火がついて一気に燃え盛る。


「やあ、ここに誰か人が来るなんて久しぶりじゃないか。まあゆっくりしてってくれ」

 再び彼の操る炎がシャロンたちを襲う。


「言って、ること、とやってること、が違うだろ、が!」

 避けながらのシャロンの突っ込みも意に介さず、青年は笑いながら次々に家を燃やし始めた。


「いいぞ、もっともっと熱くなれ!この俺のステージにふさわしく!」


 話なんか聞いちゃいなかった。


 近づくのは危険そうだ……。男が火遊びに夢中の子どものように家を燃やして喜んでいるうちにと、アルに風の刃をいくつかその身体へ繰り出した。


 ザシュザシュッ


「ぅおッ!?」

 狙い違わず標的の腕、そして肩が切り裂かれ、その断面から灼熱色の液体が噴きこぼれて再び元に戻る。


「…………」

「…………」


 青年は振り向き……そして、目が合った。


「逃げよう」

「……ああ」


 男が瞳を輝かせ、とても面白い玩具を発見、とでもいうような笑みを浮かべるのと同時に、いったんリッツと合流した方がいい、と早口で言いつつ、シャロンは追い風を使い、アルフレッドとともに反対方向へ走り出す。


 なるべく見つかりにくい小道を選んで走る二人の後ろから、

「あはははははっ燃えろ燃えろ、もっと、もっとだ!」

折れた羽では飛べないのか、金髪褐色肌の青年が、あちこちを高く跳躍し、跳び移った建物を燃やし破壊しながら追いかけてくる。


 この世界には、まともな奴がいないのか!


 内心毒づきながら逃げるシャロンの目に、セイレーンたちが映った。このままいけば、確実に挟み撃ちにされる。


 しかし予想とは違い、セイレーンたちはこちらを見ると嫌そうに眉を寄せ身を翻した、と思った次の瞬間、後ろから火炎が放射され、数羽を巻き添えにした。


 ギュィイイイイッ


 炎を放った青年は、火に灼かれて悶え苦しみながら落ちていく鳥の乙女を眺め、うっとりと目を細めている。

「ああ、まるで自然にできた芸術作品のようだ……美しい」


 もの凄く異論のある言葉だが……。


 鳥肌が立つのをなんとか抑え、相手が立ち止まっている隙にと、シャロンたちはアイリッツと合流するため来た道を戻っていく。


あらかたセイレーンを撃退したアイリッツはカバンを拾い上げ、道の向こうから駆けてくる二つの足音に気づくと、そちらを向き、

「よお、早かったな、こっちはだいたい終わった……って、なんだあれ」

言いかけて動きを止めた。


 ドンッドガシャァアアン!バキッ


 走り来るシャロンたち、その後ろ、遠くで何かが建物にぶつかり、壊したり爆破しながら徐々に近づいてくる。


「リッツ!今から近づいてくるのが、おそらくここの大本だ!」

「……わざわざ連れて来なくても」


半目で呆れるアイリッツに、シャロンはぐっ、と詰まるも、

「何言ってるんだ。魔物、つまり、奴を滅ぼせるのは、おまえだけじゃないか」

と切り返す。

「うわ~、面倒くさそう……」

 そうぼやいてるうちにも、爆音は迫り、辺りに響くように哄笑しながら男が近づいてくる。話す二人の横でアルフレッドは黙って迎え撃構えをした。


「攻撃してもすぐ傷が塞がったんだが」

「ふーん……」

 アイリッツがボウガンを取り出し、ギリギリまで待つ。やがてシャロンたちのいる通りに、ドカッ、と男が血を流しつつ上から降ってきた。

「ていッ」

 放たれたボウガンの矢が、男を貫いた。同時にアルフレッドが飛び込んでいく。


「アルッ!」

「はははは、この程度では効かないな!」

 青年が笑いながら拳を突き出した。アルフレッドは紙一重で避け、次々に男を斬り裂くが、まったく動じず拳を叩き込もうとしたので、シャロンがその体に風を放った。


 金髪琥珀の瞳の青年は、今度はまったく避けようとせず、いかにもいい風だ、といわんばかりに立ち止まる。直撃したはずが……風は男のその髪を揺らしただけに終わる。


「さあ、次はどうする?」

 どろりとその体に刺さったボウガンの矢が溶けた。余裕を崩さす瞳を輝かせて見つめてくる青年の頭からはだらだらと血はこぼれ、その血が落ちると下の石畳がシュウシュウと煙を上げていく。


「金髪に褐色、血はマグマ。太陽だな」

「そうとも。俺は太陽の化身イーカルス!だから熱いのさ!」

 アイリッツの問いに拳を固く握り律儀に答える男。なんだか……倒せる気がしなくなってきた。


「イーカルス、ね……。ちょっと席を外してくれ」

 そう言うとアイリッツはカバンからなぜか卵を取り出し、宙に放る。その卵はすぐに孵り、中から真っ白な鷹が飛び出すと、風を切って空へと舞い上がった。


「こんなもの!」

 男は炎を放つが、鷹はひらりと避け、遠く彼方へ飛び去っていく。表情を歪ませそれを見ていた青年は、一度こっちをちらりと見……すぐに踵を返し鷹を追いかけていった。


「これである程度は時間が稼げる。セイレーンたちが逃げた方を追いかけるようにしたから」

 アルフレッドが黒く溶けた石畳を撫で、顔をしかめた。

「で、あいつはどうやったら倒せるんだ」

「……太陽に憧れ、羽を作って近づきすぎた挙句、墜落した少年の話がある。おそらく、彼はその具現だろう。未知への憧れ、手に届かないものへの挑戦、そんなものの象徴だろうな。複数の意識の集合体ってその分厄介なんだよ」

 ため息を吐くアイリッツに、業を煮やしたアルフレッドが、さっさと結論を言え、と催促した。


「オレのカバンにある道具で、半分ぐらいはいけると思う。ていうかおまえらの攻撃も効かないことはないから、ちゃんと活躍しろよ」

「言われなくても」

 憮然としたアルフレッド。

「ええと、私はどうすればいい?風が効かないなら……」

「まあ、さっきのは防御されただけだし、ふいをついてアイツの体を散らせばいい」

「……まあ、やってみる」

 シャロンは気合を入れ直し、再び剣を抜き握り締めた。その向こうから爆発がいくつか起こり、生き残りだろうか、数十羽のセイレーンが雲一つない青空を飛び慌ただしくこちらへ逃げてくるのがはっきりと見えた。

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